第24話 声にならないその言葉は

 朝食の後、ローナが部屋を訪ねてきた。父――ラルグの元へと案内するためだ。

 話を聞いてみるに、どうやら「娘を救った人間の顔を見たい」とか言っていたらいいが、果たしてどうなることやら。もしかしたらその場で殺されたり……なんてことは思わないでおく。


 ラルグがいる部屋までは、階段を降り、入り口から見て右。和也たちがいた部屋の真下にあった。


 「さて、ここだ」


 「こ、ここに……」


 どういう顔でここに入ればいいのか。緊張と恐怖が混ざり合い変な汗をかいてしまう。


 「そんな緊張するようなことでもないだろう。ほら」


 そんな緊張をローナは気にも留めず扉を開ける。


 「えっ!? ちょっと!!」


 ギギギと重々しい音の先に、男はいた。


 机に向かい、何やら本を読んでいた様子。背には無数もの本が並んだ棚が置いてある。まるで書斎のような部屋。男はこちらに気が付くと、本をぱたんと閉じて視線を向ける。冷たい視線が人間たちに深く突き刺さる。


 「……来たか」


 「父上、例の人間――私を助けてくれた人です」


 「名はなんと?」


 その言葉は和也たちに投げられていたようで、予想してなかったことに対して思わず変な声が出てしまう。


 「へ? あっ、か、和也です!」


 「ケイと言います」


 「そうか」と一言いうと。その男は立ち上がり


 「私の娘が迷惑をかけた。礼を言う」


 深く頭を下げる。


 憎んでいるであろう人間に対しても、感謝の気持ちは忘れない。そのような態度の在り方に対して、長としての威厳を感じられた。彼は再び椅子に座ると


 「この街は人間にとっては居心地が悪いだろう」


 「い、いえ……そんな……」


 世間話のつもりなのだろうが……言葉の節々にこちらに対しての嫌悪感を感じる。正直、すごく気まずい。


 「ローナから話は聞いていると思うが……ここの住民――エルフは人間のことをあまり好ましく思っていない」


 ローナは「しまった」という顔。反応を見るに、どうやら軽々しく人に話していい話題ではなさそうだ。


 「正直、今こうして面と向かっているだけでも昔を思い出し、はらわたが煮えくり返りそうになる。お前たちは悪くない、それを分かっていても」


 ラルグの手が小刻みに震えている。このままではあふれ出してしまいそうな思いを抑えんと。


 「……タイラントの話だが、どうやら予想よりも早くいなくなったらしい」


 ローナが目を見開く。何か言いたそうにしているのをラルグは制止して


 「滞在の許可は、タイラントがいなくなるまで、だったはずだ。……申し訳ないが、荷物をまとめてくれないか」


 彼の頼み。それは、この街から早く去れ。ということだった。


 何も、言い返す言葉はなかった。





 「この街で得られたことは結局何も無しですか……」


 和也が深くため息をつく。「そうですね」とケイは続け


 「安全に帰宅できるだけでも十分ですよ。もしここに泊まらなければ、死んでいたかもしれないんですから」


 ゴブリンとオークを束ねる王のようなもの、だったか。出くわしたらひとたまりもないだろうな、と、想像しただけで少し震えてしまう。


 「でも、次行く当てなんてないし……」


 「また酒場に戻ればいいんですよ。マスターは快く受け入れてくれるでしょうし……ヒナもきっと喜びますよ」


 あー……

 確かに「おかえり~!!」とキラキラした笑顔が目に浮かぶ。想像しただけで少しニヤッとしてしまう。


 まあ、これからのことはこれから考えればいい。ここに長居していたら、それこそ何されるかわかったもんじゃない。


 「それじゃあ、行きますか」


 入り口までの道はなんとなく覚えている。扉を開け、歩いてきた道をまっすぐ戻り、街の入口へ。途中、住民がひそひそとこちらを見ながら噂している。人間に対する思いの数々。それが聞こえてくるようで。


 「……結局、人間は仲良くできないんですかね」


 ケイは何も言わない。和也も、それ以上口を開くことはなかった。


 街の入口に着くと、とある女性の声が。振り向くと、そこにいたのはローナだった。


 「和也! ケイ!」


 「ローナさん! どうしてわざわざ……」


 膝に手をつき、荒い呼吸をしながら彼女は続ける。


 「最後に……一度話しておきたかったことが……」


 呼吸を整えると、彼女はそのまま目を合わせることなく


 「……ごめん」


 ただ、謝罪した。


 「お前たちは、私たちエルフが人間を嫌いな以上に、エルフを嫌いになった。いや、なると思う。……それでも、そのままでいてほしい。私を助けてくれた、その時のままでいてほしい」


 「な、何を……」


 突然の謝罪に思わず戸惑ってしまう。うつむいた顔からは涙が落ちる。それでも彼女は声を震わせながら


 「私が初めて会った人間。それがお前たちなんだ。怪我をして油断しきった私を捕らえることなく、ここまで返してくれた人間。だから……」


 それ以上は、言葉になっていなかった。時々彼女から漏れる声に、少し胸が締め付けられる。そんな彼女に、俺が掛けられる言葉は……


 「……嫌いになんて、なりません」


 「……っ?」


 「エルフという種族は嫌いじゃないですし、これからも嫌いになることはありません。私たちが嫌われているなら、ただ身を引くまでです。だけど、いや……多分、なんだけど……」


 言っていいものなのか。少し悩んでしまうが、もうどうにでもなれと


 「多分、心の底から人間を嫌っているわけではないと思うんです。部屋で過ごした際、そう思ったんです」


 本当に人間を心の底から憎んでいる。そうならまず生かしてはいないだろう。食事の時も、もしかしたら毒が含まれているのでは、なんて思ったりもしていた。しかし、そんなことは全くなかった。


 指差し、口に出すことはあれど、手を出すようなことはしない。関所の前の兵士は街を守るためだったとはいえ、最後にはローナの言葉に従っていた。一番人間を憎んでいるであろうラルグにも何かされるようなことはなかった。それはきっと長だからという理由だけではない。きっと何か別の理由が……


 「いつかまた会うことがあったら、その時はしっかり仲良くなれたら……なんて」


 柄にもない言葉を吐き、思わず照れてしまう。彼女は暗い表情を浮かべながら


 「いつか……な」


 その言葉を咀嚼するように噛みしめ


 「……その時まで、生きててくれ」


 「もちろんです」



 薄暗く、小雨が降る街。相も変わらずその悲しさは晴れることなく、すべてを包み込む。


 「それじゃあ」


 和也たちは手を振り、その街を後にする。


 彼女は、その手を振り返すことなく、ただ背中を見つめるだけだった。


 

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