第25話 欺瞞

 「はぁ……っ! はぁ……っ! なんだよこれ……っ!!」


 「喋ると無駄に体力を消費するだけです! 黙って逃げましょう!」


 「そ、そう言われたって! これ……っ!」


 突然だが、和也たちは走っている。魔物に追われているからだ。それも今日まで会ってきた魔物とは違うそれ。一般男性の五、六倍はあるであろうその身長。推定100キロは優に超えてそうなその体格。それに見合う、ずっしりとした金棒らしき武器。その危険性はオークの比ではないことは明らかだった。







 ――レグレを後にしてから、しばらく歩いた。ひとまずはコングレッセオまで戻ろうと考えており、そこまではまっすぐな道のため迷うことはない。


 「ゲームだったら、NPCが次の目的地を教えてくれるんですけどね。そんな都合良い展開があったらなぁ……」


 「そうでもないですよ? 自分から進むのを諦めない限り、何かしらの道は提示されているものです」


 「……そういうもんですかね」


 「そういうもんです」


 この世界に転生して思ったことがある。それは、前の世界――日本の時より、めちゃくちゃ話せるようになっていることだ。

 いや、正確には話さないといけないような環境が増えたと言えばいいのか……とにかく、自分が思ったよりコミュニケーションできる人間なんだということを知って、少し嬉しくなった。


 「ケイさんは、どこか次に行く予定あるんですか?」


 「まだありませんよ。とりあえずは酒場で情報収集をしようかと。昔のゲームだってそうじゃないですか? 手あたり次第話しかけまくって、次へ目的を見つける。ってね」


 ボタンを押しているだけでストーリーが進み、マップには目的が書いている。そんなゲームで育ってきた和也にはその話が共感できない。


 「……甘く見過ぎてたなぁ……」


 どうしてもこの世界を、現実とは切り離された夢のようなものだと思ってしまう。しかしそんなことは全くない。彼にとっては、ここがまぎれもない現実。そんな甘い話があるわけないのだ。


 自分に何ができるのか。ケイみたいにいろんな人に話しかけるのも手だが……それはまだ抵抗がありそうだ。酒場の客は怖い。


 最終的な目的は「魔王を倒す」ことなら、無理に人から情報を得る必要はないわけで


 「図書館的なのってないんですかね? コングレッセオってでかいからそういうのもありそうだけど……」


 「ああ、確かに。私の知る限り、街にはそういったものがなかったので、あるとしたら城の中とかでしょうか」


 よし、決まりだ。街に着いたら早速城に向かって――――









 何かが近づく音がする。人間の足音では決してない。ずっしりと、重い足音。


 人間の第六感は実に優れていたようで、会話をしている最中でも、を感知すると、すぐに警戒の姿勢を取り始める。


 目の前にはちらほら魔物がいれど、本能がそれらではないと告げる。左右も同様。となれば残るは―――


 「グガアアアアアアァァァ!!!!!」


 振り返ると、そこには見覚えのある緑色の魔物がいた。いや、色は似ていたとしても、ここまで大きいものではなかった。しかしこの既視感。



 ――ゴブリン、オークを束ねる王のようなものだ。近くの森に生息しているが、定期的にこうして平地に現れては旅人を襲うらしい



 まさか、これが……






 聞くだけですくんでしまいそうなその咆哮。しかし逃げなければ殺される。ケイとはぐれないように何とか足を動かす。


 「タイラントはいなくなったんじゃ……ないのかよ……っ!!!」


 「もしかしたら……騙されたのかも……しれないですね……」


 騙された? だとしたらなぜ彼女は友好的に接してくれた? なぜあの場で殺さなかった?

 ……いや、初めからこうするつもりだったのか。危険な環境にわざと人間を騙し、放り込むことで、街の外で命を落とさせる。人間の亡骸すら街の中に残さないように。


 互いに息を切らしながら逃げ続ける。しかし、逃げるのもままならなくなってくるくらい事態は悪化し始める。


 目の前にはこちらに向かってくる魔物。ゴブリンにオーク、どうやらタイラントの咆哮を聞いてこちらに近づいているようだった。――王という存在をどうやら舐めていたらしい。


 目の前をふさがれ、左右をふさがれ、後ろにはそれらを束ねる王。絶体絶命だった。


 「これは……まずいかもですね」


 「ケイさんがそんなこと言ったら、私まで絶望しそうになりますよ……?」


 一歩、二歩、三歩。背後から聞こえてくる音が少しずつ近くなる。周りの魔物もジリジリと詰めてきており、襲い掛かる機会を伺っているようだった。


 背中合わせでお互いを守る姿勢の中、ケイは


 「……何も抵抗せずにこのまま死ぬ。なんてのは嫌ですよね」


 「何を……」


 ケイは手を銃の形にし、目の前のゴブリンに照準を合わせ、風の魔弾エアバレットを放つ。


 「―――ッ!?」


 銃弾を撃ち込まれたゴブリンはそのまま倒れ、一つの突破口が現れる。ケイは和也の手を勢いよく引くと、その突破口めがけて走り始める。


 「――っと……これで囲まれた状況は脱せましたね」


 「それはいいですけど……みんなめちゃくちゃ怒ってますが!?」


 抵抗するとは思っていなかったのか、仲間が殺されたことに対しゴブリンたちは激しい怒りをあらわにする。タイラントも同じで


 「グガアアアアアアァァァ!!!!!」


 「こ、こっわ~……」


 「そんな腑抜けた声出してる暇はありませんよ? ほら、来ますよ」


 最初はゴブリンたちが。仲間の敵と言わんばかりにこちらへ突撃する。が、たどり着く前にケイがそれらを一掃する。


 ――負けてられない。和也は覚悟を決めると剣を鞘から抜き、前に構える。


 「……終わったら、エルフの奴らに文句言いに行きましょうね!」


 「ははは! それは名案です! ――行きますよ」


 為す術なくこの場で朽ちるか、王の首を取りし英雄となるか。


 「―――行きますっ!」

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