第44話 狂わされる行動

 「こいつ、さっきと雰囲気が……?」


 隙を見せない姿勢を取りながら、ケイの様子をうかがっているゴウキ。

 先程までとは口調も異なり、その落ち着いた様子から何を企んでいるのか観察するが


 「どうした? さっきまでの優勢とやらはもう終わりか?」


 ケイはそれに対して煽ってみせた。

 確かに、ケイに対して一方的に攻撃していたゴウキが、今は一歩引いて相手の出方をうかがっているのだ。様子が異なっているのは互いに同じだった。


 戦闘をただ眺めているだけだった和也とコトハの二人。和也は早く止めなければと考え


 「コトハさん! 早く二人とも止めなきゃ……!」


 「ですね……ゴウキ! 今すぐ戦いをやめなさい!」


 「るせぇ! 俺は久々にイライラしてんだ。こいつを殺さなきゃ気が済まねぇ!!」


 コトハの仲間であるはずのゴウキはその言葉を受け入れない。彼は目の前の敵に意識が向いているため、その邪魔をすることは誰にとっても不可能だった。


 「私の言葉が届きそうにない……どうしましょう……」


 「ふん、早く終わらせたいなら私が終わらせてやるまでよ」


 先に動いたのはケイだった。


 「竜巻トルネードッ!」

 

 足元に魔法陣を生み出し、そこから渦巻き状に上へと吹き上がる風を生み出した。ケイは何のためらいもなくその中心で高く飛び上がると、その体は段々と宙へ浮かんでいき


 「っ!? こいつ空を……!?」


 「今の私は龍。風に乗ることなど容易いものよ」


 そこにいたのは、地上から下々を見下ろすかのように君臨している男だった。両腕を横に広げ、掌には魔法を放つ準備がなされており、その矛先はゴウキへと向いていた。


 「貴様の能力など知ったことではないが……空への攻撃は到底出来まい」


 「……くそっ!」


 拳を強く握りしめ、やり場のないその震える怒りだけが彼を襲っていた。しかし、ゴウキはその程度の状況で屈する男ではなかった。

 しばらく下を向いていたかと思うと、いきなりニヤリと笑い始め


 「……コトハ、力を貸せ」


 「ゴウキ! あなたいい加減に―――」


 広場の入り口でただ茫然と立ち尽くしていた二人の下へ、ゴウキがいきなり近寄ってくる。



 ケイを狙えないと分かった男は、その目標を別のものに変えるまでであり―――


 「っ!? やめろっ!!!」


 「……そういうことですね」


 「宙に浮いてるだがなんだか知らねぇけどよ。まさか仲間を置いて帰るなんてことはしねぇよなぁ!!?」


 「っ! 和也っ!!」


 いきなりゴウキに首元を腕で思い切り締め上げられ、身動きが取れなくなる。その場を脱しようにも、その圧倒的な体格差がそれを許さない。

 幸い、呼吸ができる程度の隙間は開けてくれている、そこから思い切り叫んで助けを求めれば―――


 ―――いや、それは罠だ。

 空中戦では明らかにケイの方が有利。であれば、何とか地上にケイを引きずり下ろしたくなるはず。ゴウキは和也を捕らえ、わざと助けを求める余裕を与えることで、ケイに心理的動揺を生ませ、油断して近づいてきたところを……


 とにかく、ここに近づくのは危険だ。言うんだ。これは罠なんだと。


 「ケイさん来ちゃだめだ! これh「和也さん。静かにしてください」


 大声を出したその口元を封じたのはコトハだった。

 掌で思い切り押し付けられ、もごもごと抵抗するが、彼女はその手を放すことなく


 「和也さん、お願いです。あの人に助けを求めてください。そうすればあなたは助かるんです」


 返事を聞きたかったのか、彼女はその手を離した。


 「そんなことしたらケイが負けてしまう! ここはお互いに戦いをやめるんじゃなかったんですか!?」


 「……あまり騒がれる方が、こちらとしては迷惑なんです……ごめんなさい」


 「その腕を離しなさい」 その指示でゴウキは和也から離れ、自由の身となった。そこにすかさず、コトハが近寄り、その距離はわずか数センチであり


 「和也、私のお願いです」


 彼女と目と目が合う。1秒にも満たないであろうその時間は数秒、数分、それ以上に感じてしまうような幸福感。

 彼女に求められる喜び、それに対して答えてあげたい欲望。


 呼吸も忘れてしまうほどに見とれる彼女の表情。一人にさせたくない、守ってあげたい。そんな欲求がこぼれてしまうほどに溢れ出す。


 そうか、この気持ちは―――





 「ケイさん! 早く助けてくださいっ!!」


 「言われなくても分かっている!」


 その後、和也はケイに助けを求めていた。再びゴウキに捉えられる形となった光景を見て、早くどうにかしなければとケイに心の焦りが生まれていた。

 空中で悠々とこちらを見下ろしていたその表情は額に汗を浮かべた必死なものへと変わり、滑空姿勢でこちらへフルスピードで向かってくる。


 「和也、私が魔法を放ったら、そのタイミングで思い切り能力を使え。お前なら避けられるはずだ!」


 「わ、分かりました!」


 どうやら、こちらへ近づくことが無いように魔法で仕留める気だったらしい。それは和也の先送りにする力を信じての行動であり、避けた際の拘束されてない身体を救出する。ケイの作戦はそういうことだった。


 失敗は許されない、一度きりの作戦。ケイは滑空姿勢を維持したまま両手を前にかざし、その照準をゴウキたちに合わせる。

 掌には魔法陣が生まれ、そこに風の元素を集中させる。


 「! あいつ、こいつ諸共吹き飛ばす気か!?」


 この場でいつまでも和也を捕らえるのは危険だ。早く逃げようとコトハに提案する男だが、彼女はそれを許しはしなかった。


 「大丈夫です。あなたが傷つくことはないですから動かないで」


 一歩引いた位置からそう指示する彼女は、ただケイを見つめているのみだった。


 そうこうしているうちに、ケイの想定した元素量が魔法陣に集中され、魔法を放つ準備ができていた。


 「和也! 行くぞ!」


 ケイは、思い切り魔法を口にする――!


 「吹き飛べっ! 風の大砲エアキャノンッ!!」


 放たれた掌の大きさをゆうに超える程の大きな砲弾が、そこから発射される。

 風を纏い、段々と速度を上げてこちらへ目掛けて飛んでくるそれは、道中の風元素を巻き込み、その大きさを少しずつ変えていく。


 こんなの受けたら、ひとたまりもない……


 今能力を使ったとしても、不発に終わるか攻撃の意味を成さなくなってしまうだろう。まだ、ぎりぎりまで引き付けるのだ。


 「おいコトハ! ほんとに大丈夫か!?」


 「……」


 彼女は返事をしない。そんな彼女に怒りを覚え、少しずつその行動からは落ち着きが失われていくが、その場を動くことはなかった。であればこちらとしても好都合だ。


 「今だ! 和也!!」


 「分かりました! 先送―――


 その瞬間、和也の背後から声が聞こえてくる。


 「和也、お願いです。ゴウキを守って」


 その言葉を認識した刹那、能力を発しようとした和也に躊躇いが生まれる。

 言うことを聞かなければ。その思いが脳裏に浮かぶ。


 ドォーーーーン!!!!! と激しい音が鳴り、砲弾は勢いよくはじけ飛んだ。そして、それをくらったのは


 「うあぁぁぁぁぁっっ!!!!」


 和也だった。

 能力を使おうとしたところでコトハにそれを邪魔されてしまい、詠唱することなくゴウキの肉壁となってしまった。


 「……っと、お前も酷な女だな」


 「……邪魔するのが悪いんですよ」


 聞き覚えのある叫び声を聞いたケイは、すぐさまこちらへ駆け寄る。その場に倒れて動かなくなっている体を持ち上げ、必死に声をかける。


 「和也! なんで避けなかった!!」


 その油断を、暴君が許すはずがなかった。


 「来たなクソ野郎が! 死ねやぁ!!!!」


 その大声で自身が油断していることに気が付いたケイは、すぐさま背後に飛んで攻撃を避けようと考えた。しかし、そうしてしまえば和也はどうなる?


 その一瞬の考えが、さらに不利的状況を生み出し


 「ぅおらぁぁ!!!!」


 腕の隙間から和也の体が零れ落ちた瞬間、その腹部目掛けて素早い蹴りが飛んでくる。

 その威力と素早さは、先程の砲弾に匹敵――それどころか、それをも上回る威力であり


 「ぐあぁぁぁぁっっ!!!!」


 蹴られた体は一瞬で広場の反対側へと飛んでいき、建物に衝突する。

 壁に穴が行くほどの強さを耐えられるわけもなく、そのままケイは気絶した。



 そして、和也とケイ、そのどちらもこの状況を認識できる意識は持ち合わせていなかった。

 

 

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