第8話 チュートリアルは大事

 「やだぁ……戦うとかやだぁ……」


 「そんな子供みたいなこと言わない! ほら早く行くよ?」


 嫌だ嫌だと駄々をこねる子供の態度のような和也をヒナは引っ張って進んでいく。街中で泣きわめいている人物がいれば、もちろん注目されるがそんなのは今はどうでもいい。羞恥心より、自身の安全を求めるのが勝ってしまったのだ。


 「いやぁ、でもわかりますよ。私も最初戦うの嫌でしたもん」


 「転生前はたしか……『にほん』といったか? そこは殺伐とした戦いがなくて平和って聞いたぞ。そりゃそんな平和ボケした奴らがこっち来て戦えなんて、無理な話だよな。だけどここはイニティオ、普通に魔物が現れんだよ。戦うしかねえじゃねえか」


 ガハハと大きく笑うマスター。こちらの気持ちも汲み取りつつ逃げられない言葉も付け加える。あいつは鬼だ。そう確信した。


 とはいえ、別に戦うのは自分ひとりじゃない。そこにはケイやヒナもいるのだ。彼らの戦い方も参考にして自分の立ち回りを決めたらいいじゃないか。うん、我ながら名案。


 「そういえば、ヒナはどんな武器使ってるんだ?」


 それとな~く話を振ってみる。


 「お、聞いちゃう~?私の武器めちゃくちゃかっこいいんだから!」


 すでに武器を持っていたようで、バックポケットから取り出したのは二本のナイフだった。刃渡りは15センチ程度の両刃であり、柄の一番下には何やら輝くものが埋め込まれている。

 

 「これはね、私のために特注で作ってもらった特別な武器なんだよ!キラキラしてるのは風の魔法石でね、それはもうめちゃくちゃ強いんだから!」


 くるくるとナイフを回し自慢げにアピールしている。彼女はたしかラピッド神速というとんでもなく速くなれる力を持っていたはずだ。その二本のナイフと速さを活かしてバッタバッタと敵を倒す……うん、素晴らしい。


 「ケイさんはどんなのを使うんですか?」


 「はは、私にもタメでいいですよ。あと、私はこれといった武器が定まってなくて……その時その時で変えてるんですよ」


 「武器が定まってないって……そんなの戦いにくくないですか!?」


 「ははは。まぁ、一度見たらわかりますよ」


 実際今持っているのは背中に担いでいる弦楽器のみ。これが武器になるとは到底思えない。ヒナ同様何かすごい能力を持っているのだろうか。


 「さて、着いたぞ」


 「はい、らっしゃい!」


 街中に位置する露店、そこでは気前のよさそうなおじさんがニコニコと接客をしていた。


 様々な武器が並べられており、剣や短剣、槍といったものはもちろん、杖や弓、メリケンサックといったものもそろえられており、どういった需要にも必ず応えてみせるというおじさんの意志を感じた。


 「さて、周りの意見を聞いて自分のを決めようって寸法だろうが……決まったか?」


 「ギクッ!!!」


 やばい、バレてた。


 さて、自分の武器を決めなきゃいけないわけだが……実のところ決まってない。遠距離武器を選ぼうものなら追い詰められたときに困る。怖い。かといって近距離武器は目の前で敵と対峙するメンタルを持ち合わせていない和也からしたら到底無理……


 いや、待て。ヒナが前線で戦うとわかった今。一緒に前線で戦うことで、いざというとき守ってくれるのではないか。


 「よし! 決めた! 剣で! ……あまり戦わなくて済みそうなやつ!」


 「そんな武器ねぇよ……ったく、初めてならこれでいいか?」


 「毎度! 500ガルね!」


 マスターはガルと呼ばれる金貨を取り出し店主に渡す。そして受け取るのは一本の剣。某魔王を倒すゲームで言えば「はがねのつるぎ」といったところだろうか。剣をしまう鞘とベルトも一緒にもらい、マスターが慣れた手つきでそれを和也の服に取り付ける。


 あっという間に背中に剣を携えた一人の剣士がそこに誕生した。実力は皆無に等しいのにこの風貌。なんとなく今なら戦える。そんな気がした。


 武器の用意ができ、訓練の準備ができた。後は街の外に出るだけだと門へと向かう四人。


 「さて、お前さん。過去に剣術の経験は?」


 「えっと、学校の授業で剣道を少し……」


 和也は高校の頃、体育の授業で剣道をやっていた。基礎的なことを学んだだけだからそれが役に立つかどうかはわからない。というか、対魔物にこの経験が役立つとは思えない。


 「が……っこう……? わかんねぇがやったことあんならいけるな!」


 「そんな無茶苦茶な……」


 門の出入り口では兵士が立っていた。そこを通ろうとすると用件を聞かれたのでマスターは訓練のためだと伝えてそこを通る。兵士は和也のほうを見るとそっと微笑み、頑張ってくださいと小声で伝える。新米であることが透けたのか、少し照れながらも返事をして外へと出る。


 いくら外は魔物がいて危険と言えどさすがは大きい街の近辺、数々の商人が出入りしているということもあり、一定の治安は維持されていた。たまに襲い掛かる魔物がいたとしても、一定の防衛術は心得ているらしく、顔面目掛けてとびかかってきたゴブリンに対して、商人は持っていた槍で心臓を一突き。うめき声とともに魔物は姿を消す。


 「す、すげぇ……」


 「そりゃあ数々の街を行き来する商人です。弱かったら務まりませんよね」


 「この辺はちょっと少ないからもう少し奥へ向かうぞ」


 四人は奥へと進み街から離れた場所へ向かう。


 「さて和也さん。訓練の前にこの世界について教えておきましょうか」


 「あ、ぜひぜひ」


 「わかりました」とケイは返事をし、こほん、とまるで先生かのような咳払いをすると、続けて口を開いた。


 「まず、この世界には火・水・地・風・光・闇、六つの属性が存在し、それが大気中に浮遊してるんです。それを『元素』っていいます。その元素の結びつきによっていろんなものが形づけられてるんです。今私たちがこうして立っている大地は、地や水の元素によるものでしょうね」


 結びつきというのがよくわからなかったが、理科で習った構造式のようなものを思い浮かべたらいいという例でなんとなく理解する。


 「そして、それとは別に、すべての元素が同じ比率で混ざり合った特殊なもの―――『無』というものが存在します。今回重要なのがこれです」


 「重要、というと?」


 「無はすべての元素を含んでいる以上、特殊な性質を持ってるんです。簡単に言えば『命を創る』と言えばいいでしょうか」


 「命を創る……?」


 「構造式から外れた元素の結びつきは魔物の元となる姿を形成します。そこに無が加わることで、命が宿りしもの―――魔物が生まれるんです」


 元素の結びつきが姿を創り、無が命を与える。ということは、無は心臓のような役割をしているのだろうか?


 ケイは、先程商人が戦っていた場所を眺めながら


 「ちょっと遠くてわかんないかもですが、ゴブリンが倒れた後、宙にきらきらとしたものが現れたのに気が付きましたか?」


 そういえば、と、一番最初にゴブリンに出会った際、シグリアが倒したゴブリンが細かな粒子となって消えたことを思い出した。もしかしてあれが―――


 「―――元素?」


 「お見事です。倒れた魔物は元素の結びつきが少しずつ剥がれ、単一の元素となり再びこの大地に還元される。といった具合です」


 パチパチとケイが拍手をする。さて、ではどうやって倒すのか。と言葉をつづける。


 「先ほど無が命を創るといいましたが、魔物にとっては言葉通り、心臓の役針を果たすものです。コアと呼んでもいいでしょう」


 四人はある程度街から離れた場所にいつの間にかいた。そこではゴブリンが先ほどよりうじゃうじゃと生息しており、こちらを狙っているものも少なくない。そこに一匹、小さなこん棒を片手に走りながらこちらへ向かってくるもの。


 ケイはヒナに、一本ナイフを借りると戦闘態勢へ移る。


 「ちょうどいいところに。ここからは実戦形式で行きましょうか。魔物に対しての攻撃は、コアを狙ったもの以外は基本死なないと思った方がいいでしょう」


 ケイは、借りたナイフを構えると、飛び掛かるゴブリンの左足を切り落として見せる。


 人語ではないうめき声とともに足は吹き飛び、飛んで行った左足は元素となり消えていく―――が、本体の体はまだ大丈夫な様子だ。ゴブリンは床に倒れこみ、片足を無くしたことによりうまく動けないようだ。


 「ね?行動に多少の制限はかかっているけどまだ息はある。そして、ゴブリンのコアは人間と同じ、胸の部分にある」


 そのナイフはあおむけの状態であるゴブリンの胸を一突きする――――


 かすれ声のような声を上げ、それは消えていった。


 「……といった具合です。まずは体を攻撃し、動けなくなったところでコアを狙う。頑張ってくださいね」


 ケイはヒナにナイフを返し、先ほどまでゴブリンが持っていたこん棒を手に取ると、それを武器として構える。


 「さてさてさて、チュートリアルは終わったかな?」


 待ちくたびれた様子で、ヒナはナイフを両手に戦闘の準備をする。


 「……このチュートリアル、後半はずいぶんグロい演出があるんだな」


 「あはははは、仕方ないじゃないですか。これがこの世界の現実なんです」


 「まあお前さんは初めてなんだ。二桁でも倒せたら十分だ」


 「それじゃあ10体目標に頑張ります……!」


 ここまで来たら、やるしかない。背中から剣をを引き抜き両手で前に構える。


 大丈夫、初めての戦闘、チュートリアル。死ぬわけがない。


 和也は深く深呼吸をし、今にも逃げ出したい気持ちを押さえつける。


 「……―――行くぞっ!!!」

 

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