第20話 約束

 ラルグは、今でこそ教えを守る厳格な性格をしているが、昔は正反対な性格をしていた。魔法が大好きで、いつも様々な場所で魔法を放っては、誰かに怒られている始末。しかし、その魔力の高さには目を見張るものがあり、幼少期から次期長として期待されていた。


 「こらラルグ! あんたそうやっていっつもやんちゃして……っ!」


 「えへへ~! だってワクワクするんだもん!」


 首に付けるは火の魔法石。外は魔物が出るからと禁じられていたため、街の中でよくこうして遊んでいた。


 「あっこら! ……いつもこうやって逃げるんだから……」


 「はっはっは! いいじゃないか。まだまだ小さい子供。いっぱい遊ばせてあげたらいい」


 「だけどあの子が使ってるのは火の魔法ですよ? もし火事にでもなったら……」


 「心配するな。いくら魔力が高いとはいえ、まだまだ魔法を使いこなしていないんだ。せいぜい使えて小火ボヤくらいのもんさ」


 ラルグは幼い。まだ魔法も使いこなせていない。


 「全く……甘いんですから……」


 彼女が呆れた笑いを見せる。その目に映るのは曇りなき笑顔の少年。彼がどのような人生を歩み、どのような未来を創ってくれるのか。街のみんなはこれに期待を寄せて―――


 



 「女子供は先に逃がせ! 急いで火を消すんだ!」


 少年はただそこに立ち尽くし、涙を浮かべる。「こんなはずじゃなかった」と、一人言い聞かせるように。


 「ラルグ! お前も早く逃げろ!」


 「だって……僕が! 僕が……っ!」


 「そんなことは今関係ない! さっさと逃げろ! 死ぬぞ!」


 罪悪感、恐怖。二つの感情が彼の足を地面に縫い付ける。ただ目の前で燃え広がる惨劇を見続けることしかできなかった。


 「……マ……熱いよ……っ!」


 少女の叫び声。ラルグはその言葉をよく知っていた。縫い付けられた足が解け、彼女の元へと向かわせる。


 「―――っ!!」


 「ラルグ! そっちは逆方向……っ!」


 引き留める大人の言葉に目もくれず、火の中へと突っ込んでいく少年。


 「今……行くから……っ!!」


 幼く小さい歩幅。体も熱く限界を迎えそうになる。しかし、そこで大人しく引き下がるわけにはいかない。


 なぜなら、ラルグは彼女のことが――――





 「……おい! 見ろみんな!」


 一人の男が街を指差す。その先には子供が二人。ラルグと、彼が抱えている少女――シトラだった。


 「ラルグ! 無事だったのね……っ!」


 母親が真っ先に近づき抱擁をする。それは痛く苦しいほどに。


 「ごめんなさいみんな……それよりもシトラを」


 ラルグはシトラを大人たちに託す。まだ息はある。今は意識を失っているが、じきに目を覚ますだろう。


 「とにかく、これで行方不明の奴はいないな」


 今回起きた火事。それによって見失った者は一人もいなかった。最後の一人をラルグが救ったのだ。それは奇跡と呼んでもよかった。


 「ラルグ。お前のやったことはとっても悪いことだ」


 「……はい」


 少年の目に涙が浮かぶ。今から怒られるのだと。しかし、その大人は彼の頭をやさしく撫でて


 「だが、お前は誰よりも勇気を出してシトラを救った。……よくやった」


 再び彼の目に涙が現れる。しかし、それは先ほどとは違う涙だった。


 「ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ!」


 


 しばらくして、シトラが目を覚ます。


 「し、シトラ! もう大丈夫なの……?」


 ラルグは真っ先に彼女の元へ走る。しかし、彼女はそんな彼の頬を勢いよくはたくと


 「……馬鹿!!」


 頬が熱い。彼ははかたれた箇所をそっと触る。


 「なんでこんなことしたの! なんでみんなの街を燃やしたの! なんで……っ!」


 涙ながらに怒鳴る彼女。ラルグはその言葉をただ聞いているしかなかった。小さく「ごめん」とつぶやきながら。


 幸い街は全焼しておらず、大人たちの魔法によって火はすぐに消されることとなった。復興作業もすぐに終わり、ラルグも大人しく家に帰るよう促される。しかし歩く方向は家とは違う。コンコンとその扉を叩くと、少女が姿を見せる。


 「……何?」


 「あの、えっと……もう一回謝ろうと思って……」


 「……とりあえず入って」


 少女――シトラが彼に入るよう促す。階段を上がり、行先は彼女の部屋。


 「……座って」


 「うん……」


 敷かれたカーペットの上に正座する。沈黙が二人の間に流れる。


 「えっと……」


 それを破る言葉も思いつかない。どうしようかとあたふたしていると彼女が小指を差し出す。


 「……約束して」


 「約……そく?」


 「うん。エルフの教え『エルフの魔法は決して誰かを傷つけるためにあるのではない。世界と共存するためにある』 もう無闇に魔法を使わない、人を傷つけないって約束」


 今回の出来事で、魔法がどれだけ恐ろしいかを思い知らされた。思い人も失いそうになった。もうそんな出来事を起こさないようになるなら―――


 「分かった。約束」


 二人の小指は固く結ばれる。それが解かれると彼女はすぐに笑顔に戻り


 「じゃあさ、一緒に本読もうよ。これ、面白いんだよ?」


 棚にしまってあった本を取り出し、彼に差し出す。日が落ちるまで、二人の空間は続いていた。


 その日から、ラルグは魔法をめったに使わなくなり、次第に教えを重んじる、まさに長にふさわしい人物へとなり替わっていったのだった。





 ―――それが今、過去を忘れたかのように怒り狂っている。


 「シトラ……シトラ……っ!!!!」


 彼の元から皆がいなくなるのは早かった。エルフがいるとの噂を聞き付けた者たちがこぞって商人の元へ行き、そして買われていく。シトラがいなくなった後、ラルグが買われるのもそう遅くなかった。


 馬車に乗せられ、移動するラルグたち。頭に浮かぶは、どう逃げようか。どう助けようかということだけ。彼女を失いかけている今、奴隷として一生を終えようなど毛頭思っていなかった。


 「……おい、そこの奴! どけ!」


 馬車を操る者が、何か怒号を浴びせている。どうしたのかと荷台から顔を覗かせると、そこに映るのは魔法に貫かれ、死亡している男と、フードの男が一人。


 敵襲なのか。ラルグは逃げる体制を取るが、フードの男はそれを脱ぐ。そこにいたのは見覚えのある男――ラルグと言い合いしていた者だった。


 「……よおラルグ」


 「何でここに……」


 「俺がただ逃げるだけだと思ったか? ……お前が無事でよかったよ」


 男はニヤリと笑う。失いかけたと思っていた仲間と再会できた喜びに、思わず涙しそうになるが、ここは街の外。魔物もいる。感動で油断するわけにはいかない。


 「ほらよ」と男が何かを投げる。キャッチして、そこに見えるは地の魔法石。


 「お前の使いこなしている『火』じゃなくて悪かったな」


 「……嫌味か? それ」


 「はっはっは! ……目的は分かるだろ?」


 「ああ」


 男の考えていることなど、ラルグにとっては容易にわかることだった。


 ――エルフを救う。


 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る