第21話 そうして彼らは
数か月。二人は世界中を旅した。奴隷とされたエルフを救うために。自身がエルフと知られればまた逆戻り。そうならないようフードによって耳を隠すことも怠らなかった。その怪しい見た目も功を奏してか、表には出せないような情報もよく入手できた。
救われたエルフたちは、元居た街へといったん帰らせている。幸い馬車は奪ったものが多数ある。移動手段について困るようなことはなかった。
後救うべきは妻――シトラだった。
「……ラルグ、ここに一人奴隷として飼われているものがいるらしい。行くか?」
男は地図を指差しラルグに示す。どうするか、その決断に迷いはなかった。
「当たり前だ」
二人はフードを被り、目的地へと向かう。馬車を走らせ、休むことなく移動し続ける。月明かりが道を照らす夜更け。二人は必ず救うということを決意していた。
数日後。目的の場所へとたどり着く。さすがは金持ちといった見た目。その豪邸のどこかにシトラはいる。その扉に手をかけると、一人の男がその腕を押さえる。
「貴様。ここに何の用だ……?」
ここのボディーガードといったところだろうか。ラルグは男性の胸に手を当てると、その至近距離のまま魔法を放つ。
「ぐ……っ!? がぁぁ……!!」
「……行くぞ」
――魔法で誰かを傷つけることはしない
「約束、破ってしまったな……」
ギギギという音とともに扉が開かれる。開けてすぐにメイドが姿を見せる。男はメイドに近づくと背後に周り、逃げ出すことがないよう首元を押さえる。
「……ここで奴隷を飼っていると聞いた。場所を言え」
「――――っ!!」
メイドの目にはうっすらと涙が浮かび、声も出せないほどに驚いている。震えながら指差す先は地下。男は投げ捨てるようにメイドを解放すると、「行くぞ」と先へ進む。慌ててメイドが走り出したが、今はそれよりもシトラだ。ラルグも先へと進む。
冷たく暗いコンクリートの壁。足音が響く道を下りていく。底が見えてくると、何やら鉄格子のような部屋が複数おいてある空間へとたどり着いた。しんと静まり返ったそこは、まるで生き物がいるとは思えない。
「本当にここにいるんだろうな?」
「ああ、情報屋から仕入れたものだ。信憑性はあるはず……」
牢屋の中にはやつれて倒れている人間がいた。着ているものは服というより薄い布切れ。寝具も与えられない環境で、過ごすその姿は異様としか思えなかった。
「……こりゃひでぇな」
思わず乾いた笑いが出る男。しかし、今優先すべきはシトラ。ラルグは見捨てていくことを申し訳なく思いながらも先へ進んでいく。
かなり深くまで歩いた。明かりもなく至近距離のものを見るので精いっぱいの視界の中、妻を探す。大きな声を出せばすぐに気づかれるだろう。目を凝らしながら部屋を見ていく。
「シトラ……シトラ……っ!」
自分の性格とは正反対で、大人しく知性的。初めはそれが気になっていた。交流するにつれ、次第に明るい一面があることも知った。日に日に増えていく彼女の魅力。約束をしたあの日。そこからあの思いは確信に変わった。
「……」
暗闇にも慣れてきたところで、何やら声が聞こえる。泣いているような声。大人が出すには少々かわいらしい気もする。
「赤ん坊っぽいな……こんなところでか?」
「……まさかっ!」
ラルグはなにか心当たりがあるような反応を見せると、その声がする方まで走り出す。
突き当りにあったその部屋。鉄格子に掴まり内部をよく見ると、そこにはよく見知った顔――シトラが赤子を抱いて座っていた。
「シトラ!!!」
「その声……あなたなの!?」
赤子を抱えながらこちらへ近づく彼女。かなり痩せこけており、歩くのもままならない様子。暗闇でも分かる傷跡。どんなことをされていたのかは容易に想像できた。
「生きててよかった……っ!!」
「……だな」
思わずその場に崩れ落ちるラルグ。二人の再開を素直に喜んであげたいが、そうもいかないこの場所。男は注意深く来た道を警戒していた。
「……ラルグ。それ、壊せそうか?」
「当たり前だ」
ラルグが鉄格子に手をかけ、魔法で破壊する。その時
「侵入者が来たと聞いてここまで来たが……まさか、エルフが目当てだったとはな」
聞いたことのある声。聞くだけで怒りがこみ上げるその声。振り向くとそこにはシトラを買った金持ちの男と、ランタンを持った傭兵のような者たちがいた。
「お前……っ!!」
「あーあー何も言うな。お前の目的は分かる。この女に興味があるんだろ?」
まるですべてお見通しと言わんかのような嘲笑をしながら
「エルフの中でも一番美麗なものを買ったからな。傭兵の相手をさせてから少々傷は目立つが……」
「この下衆がぁっ!!!!」
明確な殺意を持って金持ちの男に魔法を放とうとする。しかし、近くにいた傭兵によって取り押さえられ、身動きが取れなくなる。
「ぐぁ……っ!!」
その拍子でフードが脱げ、エルフの特徴があらわになる。
「ラルグ!!」
「おおおぉ! お前もエルフだったとはな!」
シトラとラルグ。二人を交互に見ながら、男はある結論にたどり着く。
「お前、この子の父親だな?」
「っ!!!」
「図星か! 分かりやすくお腹が膨らみ始めたときは思ってもいなかったが……いざ生まれたら耳の長いエルフの娘ときた。こいつも育てりゃ慰み者くらいにはなるだろ。良かったな」
どこまでエルフを侮辱すれば気が済むのか。そう思っていたのはラルグだけなかった。
「―――っ!」
男がラルグを取り押さえている傭兵を魔法で貫く。あまりにも眩しいそれに、思わず周りの人たちは目が眩む。
「ラルグ、シトラと子供を連れて逃げろ」
「な、何を……」
ラルグの問いに答えず、男は鉄格子を魔法で瞬く間に壊してみせる。
「長、エルフの未来はお前にかかってんだ。ここくらい俺に任せてくれよ」
「傭兵! 何をしている! 早くエルフを捕らえんか」
「そう言われたって目が……っ!」
油断している傭兵たちを次々と魔法で貫く。かすかにうめき声を出しながらその場に倒れる傭兵たち。金持ちの男は動揺している。
「だ、誰か! 早く来ないか!!」
「今だ!」と、男はラルグ達に早く逃げるよう促す。
「『エルフの魔法は決して誰かを傷つけるためにあるのではない』俺には守れそうにないな。生きてたら、またどこかで再開しよう」
「―――ア……!」
ラルグは、そっと名前を呟くと、シトラたちを連れて走り出す。
「ま、待て!!!」
金持ちの男は情けなく叫び声を出す。行く手を阻もうとするのを、男が魔法で動きを止める。
「あなた……」
「……近くの森に馬車を停めてある。あいつがくれた時間を無駄にするな」
何か言いたげなシトラを無慈悲にもはねのける。あのままあの場にいたらもう逃げ場はなかっただろう。生きて逃げてくれることを祈りながら街の外へ出る。
馬車に乗って、エルフたちの元居た街に帰れば、みんなが待っている。しかし、またこうして人間がやってくるということも考えられる。再びこのような目に合わないためには―――
数日後、街へ戻ってきたラルグ達は、エルフを連れてその場を後にすることに。ここではないどこかへ。そうしてたどり着いたのは辺り一面薄暗く、小雨が降り続ける何もない平野だった。
高い魔力は、世界を変動させることも容易であることを知っていたラルグは、身に着けていた血の魔法石を用いて、その平野に対して魔法を放つ。
「―――っ!!!」
地面に亀裂が入り、何かが浮かび上がってくるような振動音。地面を盛り上げ、そこに地の元素を加えることで数百メートルの山を生み出す。それは円状に囲むように生成され、人が通る隙間を残して魔法は止まる。
ここに新たな街を創る。エルフだけが暮らす。もう誰も傷つかない、受け入れない街を。
数年かけて今ある形となったレグレは、危害が加えられることないようエルフ以外の立ち入りを禁じている。そのためなら魔法を行使することもいとわないそれは、まるで教えを忘れてしまったかのようで。
次第に、その街は「拒絶する街」と呼ばれるようになった。
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