第22話 レグレ名物?

 「――こうして新たな地にレグレが生まれ、この私『ローナ』が生まれたわけだ。人間との接触を禁じられ、街の中で一生を過ごすように言われていたのだが……今日は……」


 エルフの過去を話すローナは、どこか言葉をためらっているように感じる。和也は彼女にかける言葉が見つからず、ただおろおろするばかりだった。


 「『今日は』とは?」


 ケイが疑問を投げかける。


 「武器も持たずに外に出る。それも出るのを禁じられているのに。何かわけがありそうですが……」


 「それは……」


 数秒の沈黙の後、こぼれるようにぼそっと


 「……家出、的な……」


 「い、家出?」


 予想していない回答に思わず聞き返してしまう。


 「だ、大体父たちは私を束縛しすぎなんだ! 人間はエルフを道具としか見ていないだの、愚かだの醜いだの。それを聞き続けて育ったらむしろ気になるじゃないか……!」


 カリギュラ効果だっただろうか。やってはいけない、これはダメだ。そうして禁止されればされるほど、むしろやってみたくなってしまう心理現象。彼女に対して外出を禁じた結果、抑えられた欲求が今日になりあふれ出してしまった、ということなのだろう。


 「南に行けば、大きな街があるのは噂で知っていた。ちょっと入ってみるだけ、そう思ったが、まさか魔物に出会い、それも人間に救われるとは……」


 「聞いていた話と違う」と、混乱した表情。人間に対してマイナスのイメージを植え付けられていたのだから、その気持ちは分からなくもない。


 人間に対して負のイメージを持っているレグレの住民と、そんな人間に対して強い興味を持っているローナ。和也が出来ることは……


 「多分、ラルグさんたちの言う『人間』っていうのはごく少数だと思うんです。そこの誤解を解くことができれば、外出も許してくれるのかなって。きっと……」


 我ながら現実味のない提案。それは彼女も感じていたようで、首を横に振りながら


 「無駄だろう。今こうして人間を街の中に入れているだけでも異例なのに、もし人間と仲良くしようなんて言いに行ったら……」


 想像するだけでも恐ろしい。彼女は吐き捨てるように呟いた。


 彼女との雑談はかなりの時間が経っていたようで、和也のお腹からは、空腹を知らせる音が鳴る。


 「あっ……」


 それを聞いて彼女も気が緩んだのか、ふふっと少し笑いながら


 「そろそろ食事の時間だな。今こちらに食事を持たせる」


 彼女はそう言ってこの場を後にする。なんか、どっと疲れた気分になったのは俺だけではないはず。と、ケイを見つめると、やはり同じ気持ちだったようで


 「……」

 

 何も言わず、ただ下を向いていた。気の利いた言葉一つでも言えればいいのだが、生憎そういったものは慣れていない。沈黙の空気が流れる中、二人は食事を待っていた。


 数分後、トントンと音が聞こえる。「どうぞ」とそれを迎えると、そこにいたのは先ほどのメイドだった。


 「食事をお持ちしました。1時間後に皿を回収に来ます」


 淡々と伝えた彼女は、テーブルの上に食事を置き、そのまま退室する。


 料理を見てみると、サラダのようなものにスープ、パスタがあった。それと、これは……スイーツなのだろうが……


 「あの、これ、なんだと思います……?」


 和也が指さすそれは、青く透明なゼリー……いや、これがゼリーなんてかわいいものであっていいはずがない。だってこれは


 「ねえ動いてますよこれ! 絶対食べ物じゃないですって!」


 「これは……はい……」


 とりあえずこのゲテモ……スイーツらしきものはいったん置いておいて、ほかの料理に手を付けることにした。


 「「いただきます」」


 まずは、気になっていたパスタを一口……


 「っ! 美味しい!」


 ほのかに感じる酸味は思った通りトマトに近しいものだ。ということはこれはナポリタン的な何かなのだろうか。うまみもしっかりと引き出されており食べ進める手が止まらない。


 「転生者がこちらに料理を持ち込むという話を聞いたことがあります。この味もその一つなのでしょう」


 そういえば、ヒナも酒場にサンドイッチを持ち込んだという話をしていた。やはり転生する人物は、何かしらを持ち込みがちなのだろうか。


 「サラダもおいしいですし、まともな食事にありつけて安心した気がします」


 「ですね。人間を嫌っているのなら、毒くらい仕込んできそうなものだと思いましたが、それもなく安心ですね」


 いや、毒に近いものが……と、和也は先ほどの青い物体に目を移す。


 ……めちゃくちゃプルプルしてるけど!?


 「……この部屋風吹いてないですし、揺れてもいませんよね。なんでひとりでに動いてるんですかこれは……」


 「一つだけ仮説を思いついたのですが……聞きます?」


 「……嫌な予感しますがどうぞ」


 和也はごくりと固唾を呑むと、ケイの言葉を待つ……が、なんだか言葉をためらっているように思える。


 言うなら早く言ってくれと思いながら、その言葉を勝ち続ける。すぐに、ケイは申し訳なさそうに


 「……魔物、とか……」


 「っ……!!」


 ろ、ローナ!!!!!!!!!

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