第40話 二人きり

 女性に連れられて船に乗り込んだ四人は、それぞれ個室へと案内される。船内は思ったよりも広く、内部へ通ずる階段を降りると、そこには複数の部屋が広がっていた。

 客室のようなものもあれば仮眠室やキッチンもあった。ひとまず街へ向かう過程で困ることはなさそうで安心した。


 「長く歩いて疲れたでしょう。今日はゆっくり休んでください」 そう言ってくれた彼女に甘えて、少々仮眠をとることにした。久々のベッドだ~! と、ヒナが真っ先に部屋へとダッシュしていたのが少々恥ずかしかったが……


 扉を開けると、そこにはベッドと一人用くらいの小さなクローゼット、ベッドの隣に丸いテーブルがあり、ひとまず持っていた荷物を下ろすことに。背中に携えていた剣を無くすだけでも大分楽になるのだから、余程疲れていたのだということが分かる。

 窓が存在しないので、自分の現在地は部屋の中からは把握できない。女性も一日から二日程度はかかると思っていいと言っていたので、ひとまずは寝るのもいいだろう。


 起きたら潮風に当たりながら景色を楽しむのも良いな。なんてことを考えながらうつらうつらとしていると扉をノックする音が聞こえてくる。


 「……せん、起き……か……?」


 まったく、気持ちよく寝ていたというのに……

 寝ぼけていることもあり、何を言っているのか全然聞こえない。こういうのは適当に返事しておけばよさそうだ。


 「どうぞ~……」


 その声が扉の向こうに届いたのか、ガチャリとこちらへ入ってくる音がする。思い目をうっすらと開けながらその人物を確認すると、先程の女性、船へと案内してくれた人物だった。


 「え、えっと……やっぱり今はお邪魔でしたかね……?」


 「ご、ごめんなさい! 今すぐ起きます!」


 とんでもないところを見られてしまった。羞恥心から思わず飛び起きてしまう。二十歳を超えた成人男性が魅せちゃいけない姿だろうに……と思っていたが、それは杞憂だったようだ。


 「……ふふ。寝起きの姿、見ちゃいました」


 「……からかわないでください」


 小悪魔めいた彼女の言動に少し赤面してしまう。


 彼女を扉の前に立たせたままの状態だが、椅子があるわけではないのでひとまずベッドに座ってもらうことに。

 男女二人きり、ベッドに隣同士。こ、これは……


 「……」


 「……」


 ちょっと……まずいのでは……


 「え、えっと……」


 「はい! な、なんでしょう!?」


 声が上擦ってしまう。緊張しているのが見え見えだ。


 「そういえば、お名前聞いてなかったなって思いまして……」


 「あー……」


 言われてみれば。そんなことにも気づかないような状態だったなんて。


 「俺は和也って言います。えっと、よろしくお願いします」


 「私はコトハ、神葉 琴羽かみば ことはって言います」


 「……もしかしてコトハさんも転生者?」


 「呼び捨てでいいですよ。『も』ってことは、和也さんもなんですね」


 「ですね……」


 ここでまさかの転生者だったという事実。彼女は続けて


 「これから向かう街、どういった場所かご存じですか?」


 「いえ、初めて行くので全く……」


 「街の名前は『フォノスト』、別名『転生者の集う街』とも呼ばれてるんですよ」


 「転生者の、集う街……?」


 「はい、そこに住んでいる人の中にこの世界で生まれ育った人はいないんです。その代わり、私たちのように転生してきた人が暮らしてるんですよ」


 転生者の集う街、フォノスト。


 転生者が複数人集まり、地図上の大陸や島と隣接しない広い海に目を付けたのが始まりとのこと。魔法を用いて人工的に島を生成したというのだから驚いた。


 「最初に作ったのは船なんですけどね。それで旅をしていた時にぽつりと隆起している場所を発見して、それにつけ足して広げるように島を作っただけなので、全然すごくなんかは……」


 いやいやいや、謙遜の仕方がおかしい。しれっと発言している船を作ったというのも和也からとってみれば意味不明なのだが……


 「そして私たちは転生者同士情報を交換できる場所を創り出したんです。来たるべき時――魔王との戦いに備えて」


 「魔王と……」


 島を創り出して、そこで暮らしているというのだから、そこにいる転生者の数はそこそこなものだろう。その目的も魔王と戦うためということで、もしかしたら自分たちの知らない情報も知れるかもしれない。本を取り返したら情報収集もありだな、なんて考えていた。


 「和也さんも転生者なら目指すは魔王討伐ですよね。どんな願いを叶えたいんですか?」


 「俺の願いか……」


 思いがけない質問に、思わず言葉に詰まってしまう。


 考えてみればかなりの時間旅をしていたが、明確な願いというものは無いのかもしれない。

 自身にスキルがあった! という高揚感から始まったこの旅だが、最初いきなり転生した時思ったことは「元の世界に帰りたい」ということだった。確かに今もその思いは何一つ変わっていない。なら……


 「元の世界に帰る、とかですかね……」


 「……いいですね。シンプルで分かりやすくて」


 「な、なんですかその言い方!?」


 「ふふ。フォノストの人たちもそういった願いの方が多いんです。やっぱり慣れ親しんだ場所が一番ですもんね」


 ……なんか、不服。


 「そういうコトハの願いは何なんですか?」


 「私の願いは……」


 顎に手を当てて、しばらく考える素振りを見せたのち


 「……秘密です」


 「え、えぇ~……?」


 「やっぱりこういうのって恥ずかしいじゃないですか? だから、今は秘密です」


 「なんか、俺だけ言い損な気がする……」


 「ふふふ」






 …………


 ……


 気が付くとかなりの時間が経っていた。彼女とは気が合うのか、話せば話すほど、もっと知りたい、もっと知ってほしいという感情が湧いてくる。彼女自身の社交力もかなりのものであり、こうして誰とでも簡単に打ち解けられるような力は少し羨ましいな、なんて思ったりもした。


 「実は、こうして部屋に来たのも、和也さんと仲良くしたいと思ったからなんです」


 雑談も少しずつ終わりに近づき、沈黙が流れ始めたときに彼女はぽつりと呟いた。


 「仲良くって……えっ!?」


 和也が驚いたのは、彼女が仲良くなりたいと言ったことに対してではない。


 ふと彼女の方を向いたとき、その距離が明らかに縮まっていたのだ。部屋に来たときは1メートル程度あったであろう間隔が、気が付けば簡単に手に届く距離にいる。


 一体いつから? そしてなんで? いやちょっとまって近い近い近い近い。

 えっと、こういったときはどうするのが正解なんだ……? ふとした時に自身の女性経験の無さがこうして顕著に表れてしまうのだから本当に自分を呪いたくなる。


 「えっと……その……っ!」


 そんな和也の反応もお構いなし。彼女はベッドについている和也の手の上に自身の手を重ねる。


 「う、ぁ……っ!」


 「私の願い、それを叶えるためには和也さんの協力が必要なんです」


 何か言っているが、その言葉を処理するための余力はとっくの前に無くなっていた。

 重ねられた手は少しずつ上へと昇っていき、それが二つに増えたかと思うと両肩にそっと手を置き始める。


 顔同士が今にも触れてしまいそうな距離。唇の間から漏れる生温かな吐息がそっとかかるたびに鼓動が加速しているのが分かる。

 頭の中にうるさいくらい流れる心音。上昇する体温。朦朧としている意識の中でも、彼女から視線を外すことはできなかった。


 「協力、してくれますか?」


 もはや何も言えない和也。しかし、彼女はその言葉を待つことなく――


 「―――――っ」









 ――――――――――


 「よ~し、着いたぞ~!!!」


 「船に乗せてもらうことができて本当に助かりました。ありがとうございますコトハさん」


 「いえ、気にしないでください」


 船から降りた四人。そこに見えた景色に和也は既視感を覚えた。彼女は転生者が創ったと話していたが、まさかここまでとは……


 地面はコンクリートのように灰色の材質。その道を辿って見える先にはビルのようなものが建てられている。これは明らかに日本で見た景色に似ているのだ。


 「それでは……皆さんようこそ。転生者の集う街『フォノスト』へ」

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