転生者の集う街「フォノスト」

第41話 裏路地の対面

 「うわぁ~、これ横断歩道みたいだね」


 白い長方形型に描かれた図形が地面に塗られている。それを見ていると、別に車が通っているわけでもないし、信号機があるわけでもないのに、自然とその前に止まって左右を確認してしまう。


 「右見て……左見て……手を上げる!」


 ピンと手を上げてウキウキで先へと進んでいくヒナ。それをローナは不思議に思っていて


 「ひ、ヒナは何をしているんだ……?」


 「にほ……俺たちのもともと住んでいた世界ではそういう文化があったんです。まぁ、あの年齢になっても手上げてるのはヒナくらいのもんですけどね……」


 「彼女、純粋で良い子ですよね。高校生でそんな子少ないですよ」


 「高校生!?」


 どうやらコトハは船に乗っていた時、俺以外にも他の部屋も訪ねて交流をしていたらしい。俺すら知らなかったことを出会ってすぐの人が知ってしまうなんて……自身のコミュニケーション能力の無さにつくづく呆れてしまう。


 「さて、みなさんはこれからやることがあるんですよね」


 「はい」


 俺たち四人の目的。それは本を盗んだ男を見つけ出し、取り返すこと。


 「探し物、見つかるといいですね。それでは」


 コトハは軽く礼をすると、そのまま先へと進んでいった。和也たちもそのまま捜索を開始することに。四人固まって行動するのは非効率ということで、手分けして探すことに。と、そこに手分けするのにちょうどいい交差点が。


 「じゃあ私まっすぐ進む!」


 「じゃあ俺は右に行こうかな」


 「じゃあ私は左で」


 「わ、私はどうすれば……?」


 「ローナはいったん来た道を引き返してみて、見落としてるところが無いかどうか確認してみてください」


 ローナはそれに対して頷くと、そのまま四人は別々の道を進み始める。

 和也が進むべきは右の道。すぐに見つかるといいのだが……





 「……そりゃまあ、見つかるわけないよな……」


 歩き続けて30分くらいは経っただろうか。その間見える景色は朝の繁華街や商店街のような、静けさの中に見える賑やかさ、懐かしさがあった。その途中に逸れ違う人たちが、これまた既視感があってちょっと面白いなと感じてしまう。


 「この建物は……『INN』って書いてある」


 ここに住む転生者の中にもRPG好きな人がいることが分かった。本来の目的からは逸れてしまったが、ひとまず宿泊場所は困らなさそうで安心した。

 なんて、ある意味新鮮な気持ちを持って辺りを見回していると、和也は一つの一本道に注目した。


 建物と建物の間に続く道。光の当たらない薄暗い道。路地裏というやつだろうか。


 「こういう場所って、ゲームだとイベント起こる場所だしなぁ……」


 望み薄だが、今のところ何の手掛かりも掴めていない。こういうものに縋るのも悪くないだろう。その気持ちでひとまず入ることにしてみた。


 


 光が当たらない。たったそれだけで少し肌寒いような感覚を覚える。和也自身路地裏のようなものを歩くのは初めてだ。これから何が起こるのか、期待を寄せながら先へ先へと進む……


 ……と、たどり着いたのは一つの空き地。アンバランスに建物を建ててしまったことにより生まれた隙間。そんな場所。だが、そんな無意味ささえ感じてしまう場所に―――


 「……あれ、なんでここにいるの」


 ―――彼はいた。少年のような幼さを感じさせる見た目に黒いパーカーを纏った男。


 間違いない、彼こそが


 「盗んだ本を返してもらおうか」


 「嫌だよ。それに僕は待ち合わせをしてるんだ。邪魔しないでもらえるかな」


 彼は和也と目も合わせようとせずに、手で追い払うような動作を取る。それが妙に腹立たしかった。


 「……念のため聞いておくけど、それを返そうって気はある?」


 「もちろん僕らの目的を果たすことができたら返すよ。それがいつになるかは分からないけど」


 「目的……?」


 「君には関係ないことだよ。これ以上邪魔しないでよね」


 「先にその本を見つけたのは俺たちなのに……っ!」


 和也はそこで、背中の剣に手を伸ばす。そこで、ちょっと笑ったような反応を見せながらようやくこちらに振り向くと


 「へー、僕とやる気なの?」


 「お前はクーブさんを気絶させて本を奪ったんだ。やられても文句は言えないよな?」


 「ふーん、やれるもんならやってみなよ」


 ポケットに手を入れたまま武器を取り出そうとしない彼。


 舐められている。それを感じ取った和也は、彼に向かって走り出す。剣の柄を握りしめ、それを抜き出して切りかか―――


 「……っ!!」


 ―――ることができなかった。その理由は自分でも分かっていた。


 「あ~、もしかして人間と戦ったことないんだ」


 見透かしたように、見下したような口調で彼は和也を蔑む。

 それに対して何か言い返すようなこともせずに、ただ手を震わせている自分が少し情けなくなる。


 「……っ」


 「僕たちが住んでいた日本は、人殺しは犯罪なわけだし、躊躇うのも無理ないよね。だけどここは異世界なんだ。それとこれとを割り切れないのが――」


 彼はポケットから手を出すことなく、動かしたのは右足だった。

 それを腹部の辺りまで高く上げると、その足裏の和也の方に向けて


 「――君の弱い所だよ」


 そのまま勢いよく蹴り飛ばされる。

 鳩尾みぞおちを狙ったその威力は想像以上に強く、吐き気すら感じてしまう痛みにそのまま倒れてしまう。


 仰向けになった無防備な男を逃すわけもなく、男はさらに和也を追い詰める。


 「先に言っておくけど、君が悪いんだからね」


 彼は和也の胴体に馬乗りになるとそう言い捨てた。

 マウントポジション。圧倒的劣勢な状況に立たされているが、和也にそれを打開する力は無い。絶体絶命だ。


 いつの間にか彼はナイフを取り出していた。刃を下に向けて、その柄を両手で握りしめる。顔面目掛けて構えている彼からは殺意しか感じない。


 「――じゃ、さよなら」


 ――だが、その攻撃は受けるわけにはいかない。


 「先送りペンディング!」


 「っ!!」


 勢いよく振り下ろされた刃は、そのまま地面に深く突き刺す形となった。

 それは刃先が数ミリ欠けてしまうほどの力だ。そんな攻撃、受けたらひとたまりもなかっただろう。


 「……なんで、いないの」


 「それが俺の能力だからだよ」


 後方からの声。彼が振り向くとそこに和也はいた。


 和也の能力、先送り。それによって起きた現象はテレポーテーション。言葉を呟けば何かしら起こるのは分かっているが、その詳細までは分からない。一か八か、生きることを願って放った言葉は彼に瞬間移動を与えたのだ。

 

 「いつの間に……」


 「君が攻撃するたびに、俺はそれを避け続ける。君が俺を殺すことは不可能なんだよ、だから……っ」


 「だから、諦めて本を返せって言うの? もしかして、今自分が有利に立ったとか勘違いしてないよね?」


 和也の能力に対しても、「それがどうした」と言わんばかりの態度を取り続ける彼。先程と変わらない、どこか見下すような、他者を遠ざけるような態度。


 「要は攻撃が気づかれなきゃいいんでしょ? 僕の得意分野だし……!」


 一体何をするつもりなのか。和也は身構えるが、彼がとった行動はどの予想からも外れたものだった。


 「――孤独ステルス


 言葉を呟く彼。それは攻撃するための言葉ではなかった。


 辺りを見回し、どこかから魔法が飛んでくるのか、はたまた直接こちらへ突撃してくるのか。しかし、待てど彼は攻撃してこない。


 どうなっている? そう考えていた時、和也はようやく気が付いた。


 「――いない!?」


 彼の姿が消えていることに。

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