第32話 聞こえてくる声

 コングレッセオを出て西へ向かう。レグレへ向かった時と同様、迷うことなく進んでいく。敷かれた道の上を、ヒナは無邪気な子供のように走って進んでいく。


 「旅だ旅だ~!!」


 「一人で先に行ったら危ないよ~!」


 あっという間に遠くに行ってしまった彼女に対して和也は呼びかける。しかし、聞く耳を持たない彼女は、それどころか「早く来ないと置いていくよ」と煽る始末。思わず頭を抱えてしまう。ケイはそんな様子を見てニコニコと笑っていて


 「微笑ましいじゃないですか」


 「微笑ましいって……まるでお父さんじゃないですか」


 「お父さん……娘がいたら、こんな感じなんでしょうね」


 ふふふと彼は笑いながらヒナを見守っている。ローナはというと……


 「本当に……旅をしているんだな……」


 レグレの外を歩けているという事実に感動しているようだった。辺りをきょろきょろ見回しながら挙動不審。……あまりヒナと変わんないな。

 なんて、二人の新鮮な反応を見ていると、自分もちょっと前まではこうだったのかなということを思ってしまう。まったく知らない場所のはずなのにいつの間にか慣れてしまっている。慣れというものは怖いなとつくづく実感する。


 「あー! ゴブリンだ!」


 言わんこっちゃない。ヒナの声がこちらにも聞こえてくる。どうやら魔物と遭遇してしまったそうで、遠めにだがゴブリンが二、三匹いるように見える。だが、この程度の魔物など彼女の敵ではないだろう。


 「久々に戦うからね。ゴブリンだからって容赦しないから!」


 腰に付けられた革製のケースからは二本のナイフが取り出される。以前は持っていなかったケース。もしや旅のために用意していたのだろうか。

 くるくるとナイフを回して相手に対して武器を構え始める。ゴブリン達も飛び掛かるタイミングをうかがっているようで、両者の間に緊迫した空気が流れる


 ――先に動いたのはゴブリンだった。


 「―――ッ!!!」


 正面、右、左。三方向に分かれて持っているこん棒で殴り掛かる。それを脅威と捉えていない彼女は


 「神速ラピッド!」


 自身の能力を活かしてすぐさまバックステップをする。ヒナを捕らえていた攻撃は、対象を失って空ぶってしまう。空を斬った勢いでそのまま前のめりになってしまったゴブリンたちはそのまま衝突。彼女はただ後ろへ下がっただけなのに、いつの間にか形勢逆転。たった数秒の事だった。


 「はい、私の勝ち!」


 頭をぶつけて混乱状態のようなものになっているゴブリンを、ヒナは冷静にコアを狙って一、二、三振り。あっという間に戦闘が終わってしまった。


 「つ、強えぇ……」


 思わず漏れてしまう声。恐れるどころか、むしろ戦闘を楽しんでいるように見える彼女。その様子はケイも称賛していた。


 「彼女の能力の汎用性もあるのでしょうが、何より使いこなすのが早い。闇雲に攻撃するのではなく敵の行動を見切る冷静さもある。……ぜひこの能力を手に入れるに至った過去の話を聞きたいところです」


 ローナは彼女の戦闘を見て目をキラキラとさせながら拍手を送っている。こちらに気が付くと「いえい!」とブイサイン。タタタタと擬音が聞こえてきそうな走り方でこちらへ向かってくる。


 「ね! 心配なかったでしょ?」


 「お、俺より強い……」


 転生したのはヒナの方が先なのだから当たり前と言えば当たり前なのだが……何か悔しいと思ってしまう。


 「さて、ヒナが強いということも分かりましたし、先を急ぐとしましょう。日が暮れる前に野宿できる場所を見つけたいですしね」


 開けた場所で夜を明かすのは危険と語るケイ。他の三人も納得して先へと進んでいく。





 



 「さて、それっぽい場所に着いたけど……」


 木々が増えてきたところでちょうど夜も更け始め、そこで野宿を取ることになった四人。初めての野宿は最初は抵抗感があったものの、なれるとむしろキャンプをしているようにも思えて少し楽しかったと感じたのであった。


 さて、旅を再開してしばらく、すっかり一面は木々に包まれ、上を見上げると幾多の葉が空を覆っている。そこから少しだけ漏れている太陽が唯一の光源となっていた。左右に逸れて歩けそうな空間もなくなり、いつの間にか一本道となっていたそれを進み続けると、先程までとは違う規則的な木の並び方。左右にそれぞれ並んでおり、その間はまるで入り口だと言っているようだった。


 「明らかに怪しいな……これが『惑わせの森』というやつだろうか……?」


 「かもしれません。絶対にみんな離れちゃだめですからね。……特にヒナ」


 「何で私!? さすがにそんなことしないよ!?」


 ……先日の事例があるから信頼はしてないが、そんなことを言ったら彼女は怒ってしまうだろう。我慢我慢。


 「今のところマスターの言っていた霧とやらはありませんが……」


 確かに、と、和也は改めて周囲を見回すがなんにもない。気が狂うとやらの状態も起こりそうにない。想像していたよりも簡単に森を抜けられるのでは、とまで思ってしまう。


 「それじゃあ、行きますか……」


 先頭は和也。左右の木々が作り出した入り口に一歩足を踏み入れる。



 その瞬間だった。



 ――知りたくば、迷わず進め。




 「―――っ!?」


 突然脳裏に響く声。


 これは男性の声だ。低く、淡々と話すそれは棒読みのようにも思えた。そしてどこか貫禄も感じるその声。年配者であることは間違いない。


 突然の出来事に思わず頭を抱えてしまう。その場にうずくまってしまい、その様子から周りが心配し始める。


 「だ、大丈夫……」


 頭痛、というわけではなかったのか、すぐさまその声は頭からなくなる。いや、なくなったはずなのに、その言葉が、その声がずっと頭に残り続ける。もしかして、


 俺は、


 この声を、


 「知っている……?」

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