第31話 共に
窓から差し込む光で目を覚ます。その心地良さにもう少し眠りにつきたくなるが、今日は出発の日。ケイを待たせるわけにはいかない。
簡単に身なりを整え、部屋の扉を開ける。階段を降りると、そこではすでに席に座ったケイ、朝食の準備をしているマスターがそこにいた。
「おお和也、今準備してるから座って待ってろ」
マスターに言われるがまま席に座る。
「おはようございます和也。よく眠れましたか?」
「おはようございます。まぁ、いつも通りです」
なんてことない普通の会話。世間話をしながら朝食が並ぶのを待つ、が……マスターにしてはいつもより準備が遅いような気もする。
「あの……まだ用意できないんですかね……?」
ひそひそとケイに耳打ちする。それに対しふふっと微笑んだ様子を返すと
「キッチン、覗いてみてください」
なんでそこまで笑っているんだ……?別におかしい事なん……て
「ろ、ローナ!?」
キッチンにはマスター、ヒナ、ローナの三人がいた。一番張り切っているように見えるローナだが……いったい何を……
「ああ和也! 聞いてくれ、初めて料理というものを経験しているがとっても楽しいんだ!」
「『冒険者たるもの料理は最低限出来なければ』って張り切ってるんだよ! だからもうちょっと待っててね。絶対美味しいから!」
ヒナの太鼓判をもらうほどのローナ。何が何やらという感じだが、とにかく彼女が楽しそうで良かったと安心している自分もいる。
昨日の夜、一緒に寝るという名目で部屋に連れ去られた彼女だが、この様子だと上手く仲良くなれたのだなと思う。ヒナの初対面での打ち解けやすさはすでに知っている。人間にまだ抵抗があるかもしれない状態でヒナと接触させたのは、ある意味正解だったといえるだろう。
「お、おい! どうやったらそんな火柱上がるんだよ!」
「今すぐ魔法で……」
「す、スト―――――ップ!!!」
……大丈夫だろうか。
幸いひどい展開になることもなく、そこから約10分程度でテーブルの上に料理が並べられる。いつものようにサンドイッチにその他の付け合わせが用意されている。その中に一つ見慣れないものが。
「えーっと……このスープは?」
「ああ、それはローナが作ったやつだ。ほかの料理は手伝ってもらう形だったんだが……それは一人で作っててな。味は保証するぞ?」
皆が席に着くと、「いただきます」の声とともに料理に手を付け始める。和也もまずはスープから……
「ん、これは……」
これはレグレで飲んだ味だ。コンソメのような味がベースとなるそのスープは、決して具材が豪華というわけでもない。かといって質素なわけでもない、上品な味。この酒場でもう一度飲めるとは思っていなかった。
「ど、どうだろうか……?」
「美味しいですよ! レグレで飲んだ時と一緒です!」
「……これはな、私の母が作ってくれた味なんだ。私が幼い時からずっと親しんできた味。再現できていたなら何よりだ」
ローナの母、シトラといっただろうか。母が作る味を娘がこうして受け継いでいく。うまく言葉で表せないが……素敵だな。そう感じた。
「そういえば、父のラルグさんには会いましたが、母には会ってないような……」
「ああ、母は本を読むのが好きでな、いつも部屋で何かを読んでいる。まったく外に出ないわけじゃないんだぞ? だが、姿を見せることはめったにないな」
「ローナのお母さん、絶対綺麗なんだろうなぁ……こんなに可愛いんだもん」
ぷにぷにぷに……
昨日見た光景が再び繰り広げられる。されるがままに照れてる彼女。平和だなぁ。
「こ、今度レグレに帰ることがあったら紹介しよう。それに……その……」
もじもじと言いにくそうにしながら
「仲良くなった子も紹介したい……しな……」
「―――っ!! ローナ~!!!」
「食事中だぞこの野郎……」
マスターは呆れて怒ることすらできず、ケイはニコニコと食事を食べ進める。……俺もそうしよう。
うるさ……賑やかだった食卓も落ち着きを見せ、話題に上がるのはローナの今後について。冒険者として今後は自由に旅ができる。とはいえ、彼女自身どうすればいいか分からないというのも事実。
「好きに旅をしてみたらいいんじゃないでしょうか? ふらふらと歩いているだけでも新しい発見もありますし、今のあなたには魔法石がある。そう簡単に死ぬことはないでしょう」
「そういや和也、お前魔法石どうしたんだ?」
彼女の身に着けているネックレスが、王様から渡されたものと酷似していることに気づいたマスターが和也に問いかける。
「ローナに託しました。俺が持つよりも強そうですしね」
「王って……そんなに大事なものを渡したのか!?」
突然の事実に驚き、そんな大事なもの受け取るわけにはいかないとすぐさま返そうとするローナ。それを「いいんです」とはねつけると
「魔法の適正がある人にこそ魔法石はふさわしいと思うんです。それに、王様からはどのように使うかなんて聞いてないですしね」
ローナは魔法石を優しく握りしめる。何か思うような表情を見せると
「和也たちの旅について行く、というのは駄目だろうか……?」
「旅って……魔王を倒す?」
こくりと彼女は頷く。
「それは危険! ……だと思います。そもそもどういったものなのかすら分かってないし、死ぬかもしれないのに……」
「命を捨てる覚悟などとうにしている。……じゃなければお前たちを助けることなどしなかった」
「ローナ……」
「私は良いと思いますよ。この旅で私たちは様々な人と交流することになるでしょうから、『見聞を広める』という点では理にかなっている。それに、戦力は多いほうがいいですしね」
ローナの顔がぱぁっと明るくなる。
「それじゃあ……!」
ケイさんが言うなら。和也も
「はい、これからよろしくお願いします!」
和也が手を差し出す。彼女もそれに応える。
二人固くかわされた握手。これから旅は困難を極めることだろう。だとしても、この三人なら―――
「ちょっと待ったーーーー!!!!」
――――と、一人除け者にされている者が。
「私だけ仲間外れの展開じゃないこれ!? 一応私だって転生者なんだけど!?」
「あーーー……」
……なんとなくなのだが、ヒナはこれからも酒場を手伝っている。そんな気がしてた。ごめん。
「私だって魔王倒したいよ~! 願い叶えたいよ~!」
「えーーっと……」
いいんですか? そんな目線をそこはかとなくマスターに送る。
「好きにしろ。転生者である奴をいつまでもここで働かせるわけにもいかないしな」
あれ、思ったより冷めた対応。というよりこれは……
「分かった! マスターったら、もしかしてさみしい???」
「と、年寄りをあまりからかうな……!」
ヒナにからかわれ、いつもは見せない珍しい表情を見せるマスター。ずっと一人で酒場を仕切っていたのだろう。口は悪いが、彼女のことを娘のように大切にしているんだということもなんとなく伝わっていた。さみしくなる気持ちも分かる。
「心配しなくても、またここに戻ってきますよ」
「お前もだなぁ……」
少しだが、顔が赤いようにも見える。……これ以上からかうのはやめておこう。その食卓からは自然と笑いがこぼれていた。
「それじゃあ、行ってきますね」
「ああ」
ここからの旅は、そう簡単に戻ってくることはないだろう。それを予感した和也たちは二階の部屋をもう返すことにした。きっとこれからも転生者は現れる。いつまでも部屋を占領しているわけにもいかない。
「何かあったらすぐに戻ってこい。この街はお前らの味方だ」
「―――はい!」
和也、ケイ、ローナ、そしてヒナ。
魔王を倒すための本格的な旅が、今始まろうとしていた。
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