第17話 追い返されたのち

 レグレへと向かう旅。それは関所で追い返されるという形で終わってしまった。

 旅人という言葉がどうやら良くなかったようだが……


 「なんか……嫌なことされたとかかな……?」


 「どうでしょうね……ひとまず酒場へ戻りましょう。旅のことはそれから考えればいい」


 「ん~なんかムカつく! 大体、何かされたとしても俺らには関係ないってのに!」


 自分たちに関係のない怒りをぶつけられたことに対して、和也はすごく不満を持っていた。とはいえ今戻ったらどうなるかは目に見えている。ここはまっすぐ帰るしかなかった。


 「そういえば、ケイさんは何でここに来ようと思ったんですか?」


 「前も言いましたが、魔法の為ですよ。先程の二人、覚えてますか?」


 先程の二人、というのは関所にいた人達のことだろう。


 「はい、でもそれが……?」


 「あの二人、私たちを追い返すときに魔法を使ってたんですよ。それも知らない詠唱方法で」


 ケイが教えた魔法の使い方は、体内に元素を取り込み、それを魔力と混ぜ、放出することで魔法が成立するというものだった。


 「通常、魔力というものは、人間の体内に流れる力。血液のようなものです。しかし彼らの場合、その魔力を『魔法陣』という形で体外に出していた。そこにどんな秘密があるかは分からないけど、大きな力を秘めているのは確かです」


 「それを知りたかったということですか?」


 「ですね。レグレの住民が魔法に長けているという話は聞いたことがあったので、ぜひ今後の旅に活かそうと思いまして」


 「今はそれも叶わないわけですが」と彼は笑いながら話す。今後の成長に影響するのならば、それは和也にも関係あっただろう。その機会が無くなってしまったというのは本当に痛い。どうにかなればいいのだが……


 「って、あれ……」


 遠くを見ていた和也は何かに気づく。そこには魔物に襲われている人が。


 「―――ッ!」


 「く……っ! こんな時に限って……」


 彼女は戦う術がなく、じりじりと追い詰められる。このままでは危ない。今こそ魔法を使うときだろう。


 「どうしよう……! 間に合わない……!」


 しかし、その距離は簡単に間に合うものではない。いや、もしかしたら――


 「――ケイさん、俺の使った魔法、妨害としては完璧って言ってくれましたよね」


 「ですね。何をする気で?」


 その問いに答えることなく走り出す。目指すはもちろん彼女の元。死なせるわけにはいかない。


 「ちょっと! 和也!」


 「っ! はぁ……はぁ……」


 その距離ざっと500メートル。悠長に歩いている暇なんてない。かといって的野に運動をしてこなかった人間の全力疾走。さすがにこたえるものがある。だが


 「間に……合え……っ!」


 「――――ッ!!!」


 距離はだんだんと縮まっていく。


 300


 200


 100


 「行くぞ……っ!」


 和也は大きく手を振り上げ、意識を元素へと向ける。一度感覚をつかんでしまえば、無意識にならずとも自然と青い粒子が浮かび上がってくる。その元素を手に吸い込ませ、魔法を放つ準備をする。


 50


 「誰か……っ!」


 「そこの人! 助けに来ました!」


 25


 まだだ。まだ足りない。元素をより多く取り込み、より強大なものを放とうとする。


 体で何かが混ざり合う感覚。それは段々と熱を持ち始め、収まりきるにはさすがに限界を迎え始める。そして――


 「間に合った!!」


 和也は彼女を庇う様に立ち塞がると、その手を前に突き出し


 「水鉄砲スプラッシュ!!」


 それを勢いよく吐き出した。


 「――――ッ!!?」


 その水は魔物を吹き飛ばし、彼女から大きく遠ざけることに成功した。


 「全く、いきなり走り出したからどうしたと思ったんですが……そういうことですか」


 走り出した和也をすぐに追いかけたであろうケイは、あっという間に追いつき、大きく吹き飛ばされた魔物を見て意図を察する。


 手を銃の形にして、それに照準を合わせると


 「―――ッ……」


 魔法の銃弾で貫いた。


 「ケイさん!!」


 「相談もなしにいきなり行動するのはダメですよ。結果として助けられたからよかったですが……」


 「ごめんなさい……」


 「ですが、あなたにそんな勇気があるとは思わなかった」


 「見事です」と、ケイは和也の功績を称えた。


 「で、でも倒したのはケイさんですし……」


 思いっきり謙遜するが、内心めちゃくちゃ嬉しかった。お世辞ではない、訓練でもないこの環境で褒められたのだ。ようやく人の役に立てたようだった。


 「……と、大丈夫ですか?」


 和也はフードを被った彼女――長い白髪を覗かせる彼女に手を差し出す。が、それを勢いよく払いのけると


 「旅人の手など取ってたまるか!」


 そう言って何とか自力で立ち上がろうとするが、なんだかその足はおぼつかないように思える。


 「もしかして貴方、怪我をしているのでは?」


 「う、うるさい!」


 彼女は咄嗟に足を手で隠し始める。その行動はどうやら図星だったようだ。


 「もし良かったら……街まで送りましょうか?」


 「誰が人間の力などっ!」


 「でも貴方、見たところ魔法石も武器もないようですが……」


 「そ、それは……」


 戦う術もなく、怪我をしているため移動もままならない。そういった状態で、一人で行動するのは明らかに危険だった。


 「どこから来たんですか?」


 「……レグレ」


 「……それでは、そこまで私たちが護衛しましょう。いいですね?」


 「いいわけないだろう!」


 頑なにこちらの提案を受け入れようとしない彼女は、ついに立ち上がり移動しようとする。しかし、怪我の影響もあってか、すぐに崩れるように倒れてしまう。


 「くっ……!」


 「……ではこうしましょう。貴方はここから一人で帰る。私たちは”たまたま”道が一緒だった赤の他人。魔物が現れたとしてもたまたま私たちが倒しちゃう。それでいいですね?」


 「ふん……好きにしろ」


 そう言って彼女はすたすたと先に歩いていく。何とか同行を許された二人は、彼女に危害が及ばないよう注意しながら進んでいく。……ケイが何やら微笑んでいたのが気になったが。


 歩いて数分。再び関所の前まで来てしまった。先に到着していた彼女は、何やら男と話しているように見える


 「……ナ、外に出るなと言われていたはずだが……?」


 「うるさい。……こうして帰ってきたのだからいいだろう」


 ここまでたどり着けば問題ないだろう。再び無理やり追い返されるわけにはいかないと、こっそり帰ろうとするが、その光景を関所の二人に見られてしまう。


 「あっ! お前らまた来やがったな!」


 「ま、待て! その人達は……っ!」


 「どうやら殺されたいらしいなぁ……!」


 二人は再び魔法陣のようなものを出し、ぶつぶつと唱え始める。魔法を喰らうわけにはいかない。早く逃げようとするが――


 「待てと言っているだろう!!」


 ――彼女が、二人の魔法を止めた。


 「ローナ! こいつらは人間だぞ!」


 「そうだ! まさか人間なんかにほだされたんじゃ……っ!」


 二人の憶測が飛び交う中、彼女はそれらすべてを否定し


 「この二人は魔物から私を救ってくれた恩人だ。この場でそういった行動は慎んでいただきたい」


 「……長の娘がそういうなら」


 二人の足元からは魔法陣が消え、殺意がうっすらと消えていった。


 「命拾いしたな。さっさと消えろ」


 「……言われなくても」


 不満は残るが、もめ事を起こしては彼女の制止が無駄となる。大人しく再び引き下がることに――


 「大変だぁ! 『タイラント』が!!」


 後方から声が聞こえる。振り返るとフードを被った男性が一人。焦った様子でこちらに近づいて来る。


 「最近大人しくしてたと思ったらまた現れやがって……って、なんでこんなところに人間が!?」


 こちらの存在に気づくと、すぐさま距離を取られる。……ここまで来ると少し傷ついてしまう。


 「人間は気にするな。……それより、タイラントだ」


 「っと、そうだな。あの様子じゃ二日もあればすぐいなくなると思う」


 「ちょっと待って! タイラントって……?」


 ここまで慌てる程の魔物ならば、これから帰る和也たちも気にしなければいけないものだろう。何も知らずにいるのはまずいと思った和也は、思わず会話に口をはさんでしまう。


 「……ゴブリン、オークを束ねる王のようなものだ。近くの森に生息しているが、定期的にこうして平地に現れては旅人を襲うらしい」


 「襲うって……! 俺らこのままじゃ危ないじゃないですか!」


 「んなことは知らねえよ。せいぜい遭遇しないことを祈るんだな」


 「おい! それは言い過ぎだぞ」


 彼女が続けて提案をする。


 「……私の家に客間がある。タイラントがいなくなるまでの間、そこにこの二人を滞在させるのはどうだろうか」


 彼女の突拍子もない提案に、フードの男三人は思わず驚く。


 「おい! 何を考えてるんだ! 相手はあの人間だぞ!?」


 「そんなことは分かってる! ……だが、この二人は信用していい気がするのだ」


 「それに」と、彼女は空を見つめると


 「日も落ち始めている。このまま引き返すのは危険だろう。頼む、全責任は私が負う」


 簡単に中に入れるわけにはいかない。しかし、ここまで言われたら応じないわけにもいかない。男は返事をためらっていたが、とうとう


 「……どうなっても知らないからな」


 フードの男二人は扉を勢い良く押すと、レグレ内部へと続く扉が開かれる。


 「旅人、名前は」


 「か、和也です」


 「ケイです。よろしくお願いしますね」


 「そうか。ケイ、和也、着いてこい」


 彼女に言われるがまま、二人は後について行く。終わったと思われたレグレへの旅が、今再び始まろうとしていた。


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