第23話 部屋での一日
「和也、ケイ、食事は口に合うだろうか……」
ローナが様子を見にこちらの部屋へやってくる。彼女の目に映るのは、とっくに食事を済ませ、残るはデザート(?)を食すのみ。……そのはずなのになぜか格闘している情けない男二人組。
「ローナさん! なんですかこのやばいやつ! なんか動いてるし気持ち悪いですよ!」
「人間が嫌いだからってこんな仕打ち……とほほ……」
和也の本気の訴えに、ケイの演技臭いセリフ。ローナはため息をつきながら
「お前たち……『ジェラー』を知らないのか……?」
「じ、じぇらぁ? ジェラートじゃなくて?」
「むしろそれが何かわかんないが……ジェラーというのは、レグレの名物料理だ。本来はもっと大きい魔物であるジェラーを、魔法によって改良して食べられるようにしたものだ。ジェラーの特性である『分裂』によって、何回でも採取することができる食用「ストップストップストーーーーップ!!!」
このままだと熱く語りかねない。そうなる前に和也は強制的に止めた。
「本当に魔物を食わされそうになったとは思わなかったよ!!」
「なんだその言い方は! さっぱりした甘さとなめらかな食感がたまらないというのに……」
ローナは残念そうにジェラーを見つめる。ケイは何も言わないが、おそらく考えていることは和也と一緒だろう。こんな魔物食べないからむしろ食べてくれ……なんて思ってしまった。
「ほかの料理が美味しかっただけに、デザートが残念なのが悔やまれる……」
「そ、そこまでか……」
彼女は落胆した表情でがくりとうなだれる。慰め……というわけではないが、ジェラーを差し出してみると、ぱああと目を輝かせながらそれを食べ始める。……思ったより単純な人なのかもしれない。
「こほん……見苦しいところを見せた」
「き、切り替わるの早……」
この切り替えの早さは見習うところがあるな。
「もうすぐメイドが片付けに来る。私は自室に戻らせてもらおう」
「今日はありがとう」とお礼を伝え、彼女はその場を後にした。ローナの言った通り、そのあとすぐにメイドがやってきて、あっという間に皿を重ね持つと、瞬く間にその場から消えていた。仕事ができる人というのは素晴らしい。
「さて、私たちも休むとしましょうか。この部屋から出ることは難しそうですしね」
ケイはそう言ってベッドに座り始める。人間が嫌われている以上、下手な行動はできない。大人しく和也もベッドに腰を下ろすが……
「はぁ……」
「考え事ですか?」
「はい、ここの過去を聞いてしまったらどうしても……」
夜というのはダメだ。静かで落ち着いた空間の中では、様々なものが頭の中で渦巻き、自身を負の思考へと至らせる。先程の話を聞いた後では、その影響が顕著に表れていた。
「一生を街の中で過ごさなきゃなんて、かわいそうじゃないですか……」
「そうは言っても、原因は私たちのような人間にある。ましてやこれはレグレの住民、家族の問題。外野が口を出せるようなことじゃありません」
ですが、と彼は続け
「奴隷制度は、日本で過ごしてきた者には到底理解できないもの、ですよね。そんなことをする奴らと私たちを一緒くたにしないでほしい……そう思うことくらいは許してほしいですね」
「ケイさん……」
「和也の言ってた『誤解を解く』、それが出来たらいいんですが、何も思いつきそうにありません」
ケイは、はははと乾いた笑いを見せ、そのまま横たわる。なんだかんだ話しているうちに和也にも睡魔が襲い掛かっていた。自分の思っていた以上にどうやら疲れていたらしく、ベッドに横になると、そのまま深い眠りへと誘われた。
「……うございます」
聞こえてくる女性の無機質な声。夢にしては聞き覚えのある声なのだが……
「おはようございます」
「お、おはようございます……」
二度目ははっきりと聞こえた。これは夢じゃなく朝の挨拶だ。目を開くと、なんでこんなことをしなければならないんだと言いたげなメイドがそこに立っていた。
「ようやく目を開けましたか……」
これだから人間は……となにかぐちぐち嫌味を言われている気がする。聞いてないことにする。
「ただいま朝食をお持ちします。部屋から出ないようお願いします」
彼女はそう言って部屋を後にする。ケイはもう起きていたらしく、身なりを簡単に整え、持っていた楽器の調整を行っていた。迷惑にならないよう小さな音を奏でているが、それがまた安らぎをもたらしてくれていた。こちらに気が付くと
「ああ和也、おはようございます」
「おはようございます。……それは?」
「これはチューニングですよ。ずっと使っているとどうしても音が変になってしまうので、こうしてきれいな音が出るように調整しているわけです」
和也は楽器に詳しくないが、ケイがこの楽器を愛用しているというのはちゃんと伝わってきて、なんだか微笑ましくなる。
「楽器、好きなんですか?」
「楽器が好き……というよりは、思いが込められているものが好きなのかもしれません。音楽然り、文学然り、表面だけでは伝わってこないものに触れることで、初めてそれを知ることができる。それを皆さんと共有できるって、素晴らしいことじゃないですか」
……素敵だな。
読み聞かせが好評だったというのも頷ける。感性が豊かであるからこそ、本に込められた思いを伝えることができる。きっとそこの保育園で育った子供はいい子に育ったことであろう。
「和也もどうですか? 楽しいですよ」
「いやぁ、俺はそういうのよくわかんないので……でも、きっとそういう芸術的な趣味があれば人生楽しいんだろうな……」
和也はぼそっと呟く。
「まあ無理にとは言いません。あくまで自分の世界を広げる一つの手段と思っていただければ」
「ですね」と和也が相槌を打ったところでメイドが朝食を持ってやってきた。
「失礼します。朝食をお持ちしました」
テーブルの上に皿を並べていく。朝の料理も、どれも美味しそうだ。
「ラルグ様より、朝食を済ませ次第顔を出すように。とのことです」
連絡を済ませると、メイドは再びこの場を後にした。
ラルグといえば、ローナの父親だが、果たしてどういった要件なのだろうか。やはり、人間がこの街に入ったことが許せなかったのだろうか。
……心配していても仕方ない。とりあえずは腹ごしらえだ。二人は「いただきます」と、朝食を食べ始めたのだった。
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