第19話 奴隷の過去
私がこの話を聞いたのは、三歳の時だった。
山に囲まれたのどかな街。こことは違う場所で暮らしていた頃、皆から長と呼ばれてる父――ラルグ=フェグレスは、強く人間を恨んでいた。奴隷として虐げられた過去があるからだ。
エルフの種族は、生まれつき魔力が高い。そのため、魔法に秀でている者が多く存在した。――だからだ。その力が狙われたのは。
「へっへっへ……黙ってついてくればいいんだからよ……」
「やめろ! 我々はお前たちに協力するつもりなど毛頭ない!」
エルフの魔法は決して誰かを傷つけるためにあるのではない。世界と共存するためにある。たとえそれが襲い掛かってきた人間であれど、その考えを変えるつもりはなかった。
しかし、それが伝わることはなかった。
「魔王を倒すにはよぉ、少しでも戦力が必要なんでな。お前たちにはたくさん働いてもらうぜ……?」
彼らの目的は魔王。――倒すことで願いが叶うと言われている力を得るためだった。
必死に逃げようとする者ももちろんいた。しかし、当時エルフは数が多くない。そうして、逃げられることなく全員馬車の中へ放り込まれた。
「ラルグ! どうして抵抗しなかった!」
「我らの魔法は強大、簡単に放っていいものではない」
「このままわけわからん連中に連れられてもいいってのかよ!」
「……みんな、決して魔法を使うな。協力する気が無いということを示せばじきに開放してくれるはずだ」
「……そう上手くいくといいんだがな。ったく、ほんとお前も変わったな……」
エルフたちは馬車の中で話し合った。――決して魔法を使わない。人間の力にはならない。そう決意した。
しかし、父の考えはそう上手くはいかなかった。
「くそっ! また魔物が出やがった! おいエルフ! 早く魔法を使え!」
「……」
「おい! まだ協力する気がないってのかよっ!」
「ここは引くぞ! 急いで右に進め!!」
ただでさえ辛いこの状況。それは決して安らぐことなく、魔物に遭遇する機会も多かった。それでも、エルフたちは協力することはなかった。
最初は恐怖で怯えていた者たちも、次第にその感情は怒りや殺意に変わる。魔物に襲われたとしても、死なば諸共。そう考える者までいた。
それでも、魔法を使うことを許しはしなかった。
「……ラルグ。お前言ったよな、人間の力にならなければすぐに開放してくれるって。もう何日経ったと思ってるんだ!!!」
「……我らの力は世界を変える力。易々と使っていいものではないのは分かっているだろう」
「あーそうかい。だったらこのままみんな全滅しろってのかよ!!」
「……」
「何も言わないんだな。お前がそんな奴だとは思わなかったよ」
旅の中、仲間と言い合うことは多かった。野宿で人間が寝ている最中、いつものように言い合いをしていたある日、ついに単独で逃げ出す者が出た。――いつもラルグと言い合いになっている男だった。
「……やっぱいねぇ。おい! エルフが一人足りねえぞ! どうなってやがる!」
「分かんねぇ。……ったく、役に立たねえと思ったら次は脱走かよ。資金も底を尽きてきた、そろそろこいつら連れていくのも限界だぜ?」
人間の一人が提案する。エルフを置いて行こうと。戦力にならない者たちを連れて歩いても食料の無駄だと。
その場にいたエルフは喜んだ。ラルグの言った通りになったんだと。再び平和な生活が訪れるんだと。
しかし、そう上手くいくはずもなかった。
「……なぁ。いいこと思いついたんだが……」
――――――――――
とある街、路地裏を進み、人目につかない場所にそれはある。普通表向きには売られていない、売ってはいけないようなものもそこにはごまんとあった。
そう、例えば、『エルフ』とか。
「こんなにたくさんのエルフ……いったいどうされたんで?」
「うるせえ。……それよりも、早くこいつら買い取れ」
「分かっておりますとも。少々反抗的が過ぎますが、それはこれから私たちが直していけばいいですし、それが好みという方もいますからねぇ。でしたら……」
商人は、人間に対し多額の金額を提示する。それを見てニヤリと笑うと交渉に応じる。
掌に収まりきらないくらいのお金を受け取った人間たちは、その場を後にする。そこにエルフを置いて。
「……さて、あなたたちはこれから『商品』として頑張ってもらいますからねぇ……?」
商人は、エルフを物としてしか見ていなかった。抵抗しようにも、すでに手足を縛られ、身動きを取れない状態にある。魔法石も奪われ、魔法も使えない状態。もはや受け入れるしかなかった。
――どれくらい経っただろうか。長く日に当たらないでいると、不思議と時間経過がわからなくなってくる。それでも食料と飲み水は与えられているため、死ぬことはない。それが余計エルフたちを苦しめる。
それぞれ、個別に牢に入れられたエルフたち。中からはいつものように怒りをあらわにする声もあれば
「殺せ……殺せよ……」
「もうやだ……なんで……わたし……」
精神に異常をきたしている者もいる。どうにかしたいと思っても身動きは取れず、最近は、商人も客が来るか、食事の時以外は顔を見せることはない。前は、反抗的な態度を見せようものなら、鞭で打たれることもあったようだが、ここまで来ると、反抗しようとする考えなどとっくに消え失せていたのだった。
「さてさてお客様。こちらから降りていただければ……」
階段の音がする。客がやってきたのだろう。いかにも金持ちといった風貌の男と商人が一緒に降りてくる。
「おお、これは美しい……長い耳に白い肌。一度エルフを見てみたいとは思っていたが、まさかここまでとは……」
舐めるような視線を向けられ、嫌悪感を催す。そして金持ちの男は、女性のエルフを指差すと
「では……これを頂こうか?」
「かしこまりました。おい13番! 立て!」
商人が13番と呼ぶエルフへ近づき、リードのようなものを装着する。
「こちらで準備は完了しました。さて、お代の方を……」
「分かってるとも。ほら」
商人は、金持ちの男からお金を受け取ると
「……確かに。これでこのエルフはもう貴方様のものです。ご自由にお使いくださいませ」
「嫌だ……助けて……っ!」
助けを求める声。しかしそれは、紐を引っ張られることにより無理やり制止させられる。
「ぐっ……あぁぁ……!!」
「ふむ、抵抗するか……」
「も、申し訳ございませんお客様。躾が足りなかったようで……もしよろしければ別のものに……」
交換を提案する商人に対し、「いや、いい」と断ると
「このくらいの方が可愛げがあっていいだろう。それに、この綺麗さにはかなわないさ」
男が選んだのは、エルフの中で一番綺麗とされている女性――シトラだった。再び引っ張られ、階段を進もうとする男。しかし、彼女は最後の声を振り絞り、助けを求める。
「助け……ラル……グ……」
弱弱しい声、当然聞こえるわけもなければ、見えるわけもない。しかし、父――ラルグには、その声がしっかり届いていた。
「その声……シトラか……!?」
鉄格子ギリギリのところまで近づき、精いっぱいの声を出す。
「その声! シトラなのか!!?」
「あな……た……! たすけ……」
言葉を言いきる前に階段を上り終える男。彼女の声も遠くなり、叫び声を聞きつけた商人がこちらへ近づき、無知を片手にいつもの躾を行う。
ラルグの心は怒りでいっぱいだった。殺せるものなら殺してやりたい。決して人に危害を加えようということは思わないはずだったのに、その時だけ、誰よりも殺意が芽生えていた。それもそのはず。
シトラは、ラルグの妻だった。
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