2章 18.家へ行ってみた。
「あの家か?」
「恐らくここっす。この辺に大きな家はここしかないっす」
まだここから距離はあったが、異様に巨大な白い家が視界に映り込んできた。サーザント家の家だ。やはりサーザント家はこの辺りでは有名な貴族らしく、ほとんどの住民が家の所在地を把握しており、尋ねればすぐに場所を教えてくれた。クリスが一人で住んでいたあの住居からは、かなり離れた場所にはあったが、あれから荷馬車に乗せてもらったりしながら夕刻には辿り着いた。
そこには大きな門を正面に構える広大な庭園があり、その奥にはまた巨大な白き建造物があった。窓が多く並び、正面には玄関があり、大きな両開きの扉がはめ込まれている。シンメトリーの構造で出来た住居だ。夕日に照らされ、気品よく佇む屋敷だった。どっしりと重そうな鉄製の門の前には一人の男が佇んでいる。腰には剣がぶら下がっているようだ。恐らく門番の使用人だろう。
「流石、有名な貴族だけあるな……。これがサーザント家か……」
「みたいっすね……」
その壮大な佇まいに息を飲んだ。サンダリアンもゴクリと喉をならし、若干腰が引き気味だ。私達は今、この巨大な一族に乗り込み、自ら立ち去ったクリスを連れ戻そうとしている。たった二人で。
「ここからどうするっすか……?」
サンダリアンが不安そうに小声で尋ねた。
「この門を通り抜けてクリスと対面するしかない」
「そうっすよね……」
サンダリアンは覚悟を決めたかのように、背筋を正した。そして門番に向かってがちゃがちゃと甲冑を揺らしながら足早に駆けて行くと、「す、すみません、あのっすね……」と言いながら話しかけ始めた。あの男は何をやっているのだろうか。正々堂々と律儀に立ち向かっていく様はさすが剣士というだけある。だが私は剣士ではない。私なりのやり方でクリスを返してもらう。そんなサンダリアンを横目に見ながら、私はこれまでにない程に息を吸い込み、肺の中に一気に貯め込んだ。
「おい、クリスーーーー!!!!」
門の前にいる二人がばっと勢いよく振り向いた。先程までごにょごにょと押し問答を繰り広げていた門番とサンダリアンだ。二人で一緒になって目を見開き、口までも開けてあんぐりと固まっている。二人とも同じ、面白い顔だ。
「出てこいーーーー!! 君は何も背負う必要はない!!」
私は二人に構わず声を張り上げ、叫んだ。
「ちょっ、レイさん! 何やってんすか!?」
サンダリアンが血相を変えてこちらへ慌てて駆け寄って来た。門番も大慌てで「おい女! 何をやっている!」と言いながら一緒になって飛んできた。腰の剣の
「私達のことは気にするなああああ!! 私もサンダリアンも承知の上でここに来ている!!」
「やめろ! ここをどの家だと思っているのだ! 早く静まれ! さもないと……!」
叫び上げている途中で門番が腰から剣を抜いた。耳に触る金属音がやけに生々しい。だが、私は続けた。
「過去も未来も何があっても、クリス、君を支える! そう前にも言ったじゃないかああああ!! たまには私達に甘えてもいいんだぞおおおお!!」
「おい女、無視をするとは、覚悟が出来ているんだろな……!?」
すぐ隣で怒りで震える門番の声が聞こえる。明らかに殺気立っている。だが、私は臆することなくまた口元に両手を当て、叫んだ。今、私に出来る事はこれしかない。
「クリス!! お前はこの世界を揺るがす画家になるんだろ!? か弱いパトロンとカッコイイ剣士を置いて、引き返すのか!?」
「レイさん……」
それまでおろおろしていたサンダリアンの顔付きが代わり、ゆっくりと腰の鞘から剣を抜いた。門番の前へその剣を向け、腰を低くし構えると、力強く言った。
「そうっすね……! クリス君、俺達は君を必ず連れて帰る! か弱いパトロンとカッコイイ剣士として……!!」
次の瞬間、剣と剣が重たくぶつかった。サンダリアンが門番と剣をかち合わせ、睨み合っている。さすが名家の門番だけあって相手の身体付きは良く、突破は難関そうだった。だが、サンダリアンも負け地と門番に向かって雄たけびを上げ、何度も剣を振り上げて挑んでいく。
その時、庭園の奥にある玄関の扉が開いた。
「何事ですか!」
中から出てきた金色の髪を持つ貴婦人がこちらを見て、蔑むように叫んだ。背筋をすっとただしたその貴婦人の隣には同じく姿勢の良い男性も立っていた。彼も金髪だ。二人とも華麗な衣服に身を包み、その佇まいには気品が感じられた。周囲には腰に剣を携えた二人の使用人らしき者も控えている。
門番がサンダリアンの剣の打ち込みに耐えたまま、叫んだ。
「不審者です! クリス様と話がしたいと、この男が最初申しておりましたが断っていると、あの奇怪な女が突然叫び出し……!」
私のことをトチ狂った変質者みたいに言うのはやめてほしい。
「はやく追い返しなさい。加勢を」
次に男性の声が冷たく夕空の下に響いた。二人の周囲にいた剣士が、腰の剣を激しく揺らしながらこちらへ掛けてきた。その剣の
「二人とも立ち去れ……! さもないと……!」
最初に出てきた使用人の剣士は、剣を低く構えながら、サンダリアンと私へ向かって今すぐここから立ち去るよう、険しく命令し、急き立てた。サンダリアンはそれでも懸命に、クリスへ手を伸ばそうと必死に剣で挑んでいた。だが、今のサンダリアンでも、二人の剣士を同時に相手をするとなると、かなり不都合が多いはずだ。
金髪男女の二人は玄関の傍で、その様子を睨むように確認すると、そっと寄り添い合った。その時、気が付いた。金髪を持ち合わせ、あの身なりにあの佇まい。やはりあの男女はクリスの両親か。その時、玄関扉から姿を現した者がいた。今まで見たことのない華やかな衣服を身に着けてはいたが、どこからどう見ても私とサンダリアンが求めていた彼の姿だった。
「クリス!!」
「クリス君っ……!」
いつものふてくされた顔でこちらへ走り寄ってきてほしかった。だがそれは叶わなかった。
「レイさん、サンダリアンさん……、帰ってください。もう僕は、あなた達と一緒には、……いられません」
彼は一言だけこの夕日の下へ吐き出すように言った。その言葉は酷く冷淡に響いた。クリスは体の横できつく拳を握り、何かを諦めたかのように顔を下へ背けた。あどけなさの残る綺麗な顔を私達へ向けることは、もう無かった。
玄関扉は再び動き出し、ゆっくりと閉じられようとしていた。クリスのまだ大人になりきれていない身体がだんだんと見えなくなっていく。
「待て……! 私達の話を聞いてくれ……!!」
私は使用人に抑えられながら、必死に叫んだ。
「行くな、クリス……!」
私の必死な訴えが聞こえなかったかのように、親子三人は夕刻の日差しと共に、巨大な屋敷の中へ消えようとしていた。
その時だった。
「サーザント家の者達よ! ならば、自分の話を聞いてくれ!」
まるで窮地を救う戦士のように現れたのは、あの万能魔術士、バラスト・モルファーだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます