1章 10.仕事になるかもと思ってみた。
「もしこれが上手くいけば、きっとみんな、食べて行けると思うんだ」
「食べていける?」
「ああ、この世界でしっかりと生きていける仕事へ繋がる。しかも3人ともだ。もしかするとこの貧困生活からも抜け出せるかもしれないぞ」
クリスの自宅へ到着し、ダイニングで散髪と髭剃りの準備をしながら私は語った。
「ほんとっすか!?」
サンダリアンが腰から剣を下ろしながら、驚きの声を投げて来た。
「ああ。サンダリアンがもしこれを機に様々な仕事に在りつけるようになれば、肖像画を描いたクリスに返礼として金銭を与える事が出来る。そこで、クリスはサンダリアンの活躍があればあるほど、画家として名を上げる事にも繋がり、他の仕事もどんどん舞い込んでくるはずだ。あのサンダリアンの素晴らしい肖像画を描いた者としてな」
「なるほど……。それは確かに可能性は0ではないですね」
クリスがタオルやハサミ、剃刀など用意しながら同意を示した。
「そして私は画家、サーザント・クリスの『パトロン』として生業にし、生きる事にする」
「はああああ!?!?」
いち早く絶叫したのは、やはり目の前のクリスだ。同時に落としたハサミの先端が、木材の床にグサッと突き刺さった。
「嬉しいだろ? クリス君、君にもついにパトロンが付いたぞ!」
「いやいやいや何言ってるんですか? レイさん、パトロンの意味分かってます!?」
クリスは床からハサミを引き抜き、たっぷりと怪訝を現わした顔で問う。
「ああ、分かってるぞ。特定の作家を指示し、様々な面で応援する存在だ。何も間違ってない。私は君のことを応援したいと思っている」
「だからっ!! 何かがおかしいですって! レイさん一文無しって言ってたじゃないですか! パトロンというのは富豪とか、お金持ちがやることですよ!?」
クリスはハサミの先端をこちらへ向けながら、必死な形相で訴えてくる。危ないからやめてほしい。
「誰がそんなことを決めたんだ?」
「誰がって……、お金持ちじゃないと出来ないじゃないですか!」
「そんなことはない、名乗るだけだなら」
「名乗るだけって……。もうレイさんの頭の中ワケ分かんないですよ……」
途方もない程の呆れ顔のクリスへ私はこう述べた。
「いいか? 金が全てではないということだ。私は君の才能を素晴らしいと思っている。だからパトロンとなり、金銭の代わりに君へ様々な協力をする。前にも言っただろ? 全面協力すると。君が画家として名を上げ、ちゃんとしたそれなりの生活が出来るようになれば私への返礼として金をくれ」
「ええええ!?!? 逆に僕がお金を渡すんですか!?」
目をこじあけ、仰天する見た目も中身も金の卵、サーザント・クリス。
「もちろんそうだ! ただ私はこの家に置いてもらう身だ。贅沢は言わないし、君が渡したい時だけでいい。あ、その前にマイ乳押さえだな!! よろしく!!」
隣でずっと会話を聞いていたサンダリアンもクリスと同じように口をあんぐりと開けていた。
***
早速散髪と髭剃り体制へ入った。本来なら散髪はプロにしてもらったほうがいいのだろうが、そんな余裕も金も私達にはない。
「よし! サンダリアン! 早速その伸びきった髭を剃ろう!」
「外に洗面所がありますから、そこを使って下さい」
クリスからタオルや剃刀を手渡されたサンダリアンはいざ出陣といった様子で仁王立ちの姿のまま廊下の先にある洗面所へ出て行った。
「いよいよ、初パトロンからの初めての仕事だな!!」
もう言い返すことも、思考さえも放棄をしたような顔で私を見つめるクリス。今の内だぞそんな顔をしておけるのは。
「それで、パトロンさま、つるつるピッカなサンダリアンさんが出来上がったらどんな絵を描けばいいんですか?」
呆れ顔のクリスが画材を用意しながら、皮肉たっぷりに尋ねる。
「躍動感ある絵だ」
「動きのある絵ということですか?」
「ああ、そうだ。今にもその絵から飛び出してきそうなたくましい剣士の肖像画だ。サンダリアンには剣を持ってもらいポーズを撮ってもらう。背景は火山にしよう。ごつごつとした岩場や炎をサンダリアンの背中から燃え盛るように
「それってサンダリアンさん、確実に燃えてません?」
クリスが真剣な眼差しで、ごもっともなことを問う。
「実際はそうかもしれないが、絵だからいいんだ。人が描く絵というのは、記憶石のような、そのまま取り込むスキャン術で表現できないことを可能にするのが素晴らしい部分なんだ。私はそう思う」
すると、クリスは下を向き、両手の拳をぎゅっと握った。小さなため息をついたかと思うと、腹から声を出すように言葉を発した。
「レイさん……、僕もずっと同じこと思ってたんです」
「同じことを……?」
「はい……、記憶石が発掘されたのはつい5年程前なんです。そこから一気に色んな情報が記憶石に保存され便利な世の中になりました。記憶石が発掘される前までは、全てが紙へ書き込まれ、管理されていたんです。戦士カードの自画像もそうです。僕達のような画家は人々の肖像画を忠実に描くという仕事で溢れていたんです。それで画家達は生計を立てている人が多かった。けどっ、けれど……、記憶石が定着してからは誰もがもう、画家を必要としなくなったんです……」
クリスは悔しそうな表情を浮かべ、その大きな青い瞳が潤んでいるようにも見えた。
「だから風景画専門で描いていたのか……」
「そうです。この生まれ育った街の風景や野山が好きだったのもあるんですが……。記憶石は特徴として半径5メートルぐらいまでの物や音しか正確に取り入れることが出来ないんです。だから遠方に存在する取り込むことが出来ない風景画ならまだ需要があると思ったんです……。けれど、この有様ですよ。肖像画専門でやってる画家なんて記憶石が発掘されてからほとんど消えてしまいました。どんなに繊細に描写出来る技術があったとしても、記憶石の精密性には勝てませんからね……」
以前クリスが討伐ギルド内で、サンダリアンに戦士カードの自画像のことを尋ねて、肩を落としていたことを思い出した。緻密に描くことが出来る彼が、画家として評価されていない理由は、その『記憶石』が作ったこのご時世もあるのかもしれないと頭をよぎった。
「そういうことだったのか……」
私が短大生だった頃、似たような話を講義で聞いた事を思い出した。絵画は約500年もの間、宗教布教の為に美しくかつ繊細に描かれ続けていた。だが、ルネサンスをきっかけに貴族達が力を持ち、その者達は画家たちにこぞって自身の肖像画を美しく描かせていたという。医学にも精通していた画家、レオナルド・ダヴィンチがその時代の代表だろう。いかに美しく、よりリアルに描くのかが、一番重要にされていたのだ。
そこから19世紀、ついにテクノロジーの時代へ突入した。カメラが一般人にも次第に普及し始めたのだ。一気に写真というものが流行り出し、画家としての生命を奪われた者達も多かったという。精密に姿を映しとる機械が発明されると、同じく緻密に描写出来る技術を持った画家たちは用無しになってしまったのだ。
その時、とある芸術家がこう言った。
『今日を境に絵画が死んだ』
――だが、そこからアートしか出来ない世界が生まれたのだ。
絵にしか表現できない、決して写真では表現できない世界の絵画だ。用済みにされた画家たちは次なる開拓地を目指した。新しい世界へ更なる歩みを進めたのだ。
そして今まさに、現代の地球でも同じことが起きている。テクノロジーの更なる進化となるAI絵画が溢れ、地球に生きる画家たちも同じ窮地に立たされているのだ。
「だからっ、僕は画家として僕にしか出来ないことをずっと表現したいと探してて……! それが一体何なのか分からずいつも考えてたんです。けれどっ、もしかすると、今回の事で何か見つかりそうな気がします……!」
童顔の少年が少し大人びたようにも見えた。
その時、玄関のドアが大きく開いた。
「剃ってきたっす! 久々剃ったらスッキリするっすね!」
目の前には、ハイパワーポーズを取っているのか頭上に両手拳を突き上げている上半身裸なサンダリアンが降臨していた。つるつるピッカンなサンダリアン。後ろで一本にくくられた髪はまだあるが胸毛はない。
さすが剣士をやってることはある。上半身の裸体を見る限り、それなりに筋肉はあるようだ。そこまで細っこいもやしではないらしい。だが周囲の剣士と比べるとかなり細い部類に入るだろう。
「いいじゃないか! サンダリアン! 若返ったぞ!!」
「俺、まだ25なんっすけど!」
へらっと答えたネイチル・サンダリアン。意外にも結構年上だった。
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