1章 11.髪型のプレゼンをやってみた。

「よし! その長い髪もつるつるピッカンにするぞ!」


「え! つるつるっすか!?」


「あ、そういう勢いで、ということだ。少しは残すぞ、爽やかにな」


 髭を無くしたつるりんとした顔が一瞬不安そうに曇ったが、すぐに覚悟を決めた顔になった。


「レイさん! お願いしまっす! 俺、変わりたいんす!!」


 私は椅子に腰かけている上半身裸なサンダリアンの背後に立ち、いざはさみを持った。以前お金がなかった私はプロの美容師によるセルフカット動画を見まくっていたからきっと大丈夫だろう。自分の髪も自分で切っていたし。


 目指すは仕事の依頼者のマダム好みであるラズユーのような短髪爽やかト〇・クルーズ風イケメンだ。サンダリアンをなるべくそのような仕上がりにさせてみせる。


***


「ええええ!! なんすかこれ!!!!」


 散髪後、洗面所へ行って鏡を覗いたサンダリアンの悲鳴が遠くから聞こえる。すると私の隣に立つクリスが、引きつった表情のまま、囁くように伝えてきた。


「レイさん、流石にあの髪型はサンダリアンさんも怒るんじゃないですか……?」


 やばい。やってしまった。私の悪い癖が出てしまった。散髪している最中、ラズユーの髪型と全てを同じにしてしまっては個性も何もないと考えた。アイツとは何か違う点が少しだけサンダリアンには欲しかった。だからトレードマークを付けようとした。だが、ちょっとやり過ぎた感はあった。けれどもうどうしようもなかった。一度切ったものはすぐには生えてこないのだ。

 

 すると洗面所からこの部屋へ駆ける音が響いてきた。やばい、勝手にあんな斬新な髪型にしてしまってはさすがにサンダリアンも怒るかもしれない。


「レイさんっ! この髪型どうなってるんすか!?」


 血相を変えてこの部屋へ飛び込んできた。


「す、すまな……」


「最高じゃないっすか!!!!」


 狭い部屋の天井に拳を掲げて、なぜかハイパワーポーズで大喜びしている男が立っていた。


***


「いやー最高っすね~、さすがレイさん、頼りになるっす!」


「そ、そうか……?」


 どこから持って来たのか、サンダリアンは手鏡を持ち窓際のベッドに腰かけていた。しげしげと自分のニューヘアーを眺めている。

 

 その茶色の髪は左右非対称のアシンメトリーに仕上がっており、半分は片目が隠れるほど長く、彼の右の顔半分を覆っている。そしてもう片方はほぼ坊主という短髪を通り越した仕上がりとなっている。しかもこめかみにはハート型の剃り込み付きだ。そうこれが彼のトレードマークだ。


 そんな斬新すぎるニコニコサンダリアンの隣ではクリスもベッドに腰かけ彼を「そんな馬鹿な」みたいな引きつった顔をして見つめている。またまたその二人の前では突っ立ったままの私が、サンダリアンからの賛美を浴びている。


「あの、レイさん……、ラズユーさんと同じ髪型にするって言ってましたよね……?」


 クリスがベッドに腰かけたまま上を向き、ついに口走ってはいけないことを尋ねてきた。


「言ったが、全く同じではサンダリアンの個性が出ない。戦士カードでは目立ってなんぼなんだ。印象付けが大事なんだ。だから少し個性を出させてもらった」


「少し……? しかも全く違いません……?」


 それ以上突っ込むな……! 私だってネイチル・サンダリアンをト〇・クルーズにしたかった。だが、やはりそこはプロの美容師ではないという甘さが出てしまった。いや違う、これは個性というアートだ。大きなテーマに基づいた最高なアートなんだ……!


「いいか? クリス君。これは貴婦人マダムをサンダリアンの虜にするという、私のデザインアプローチが多いに詰まっているんだ。よし、コンセプトを説明しよう」


 眉間にしわを寄せて不審感マックスなサーザント・クリス。その隣ではワクワクとした表情で私の顔を下から見上げるネイチル・サンダリアン。ベッドにちょこんと腰かけた二人の前で私は出で立ち、8畳程の狭い部屋でマイプレゼンを始めた。


「ええ~それでは始めよう。この髪型は一見斬新に見えるが、この案件に置いて一番重要なのは印象付けだ。サンダリアンが仕事を獲得するためには数多ある戦士カードの中から依頼者に強烈な印象を与え、覚えてもらう必要がある。それは理解出来るな? そこでこの髪型の登場だ。ぱっと見ただけで衝撃を与える事になる。理由は明らかだ。誰もこのような髪型はしていないからだ。まずは覚えてもらうこと、印象を与えること。そう、ここから全てが始まるんだ」


 二人はベッドの前を行ったり来たりする私の顔を見て真剣に聞いているようだ。クリスは未だに不信感マックス顔だったが、サンダリアンに至ってはうんうん頷きながら聞いている。「そうっすね、そうっすよね」といった心の声が聞こえてきそうな勢いだ。


「そこでだ。私はこの髪型を編み出した。テーマは『光と影』だ 」


「光と影っすか!! しびれるっす!!」


 サンダリアンはもうたまらないと言った勢いでキラキラとした表情を浮かべた。隣のクリスは真意を確かめるように黙りこくって、変わる事のない怪訝な顔で聞いている。


「『光と影』、このテーマを説明しよう。見るからに彼の髪型は左右非対称になっている。私から見て彼の左顔の短髪部分が光、そして右顔の長髪部分が影だ。二人とも知っての通り、光と影は対比である。光は太陽のように大いに皆を導き、影は月のようにひっそりと皆を支える。この両面性を持っている彼こそサンダリアンだ」


「俺っすか!?」


 今にもベッドから跳び跳ねてきそうに顔を輝かせる奇抜になってしまった、いやさせられてしまった男、サンダリアン。喜びに溢れんばかりの顔だ。


「そうだ。君は太陽のように皆を明るく先導し、月のように皆を影ながら支えることが出来る。私はその才能を君に見たんだ。そしてそんな君にこそ相応しいテーマがこれだった」


「光と影、っすね!!」


「ああそうだ。それでだ。その手鏡で横髪を見てみろ、何がある?」


 サンダリアンは丸い手鏡を持ち、横目でこめかみにあるハート型の反り混みを嬉しそうに確認した。


「ハートっす!」


「ああ、まさしくそうだ。君の中には燃え盛る熱い『ハート』がある。それがある限り剣士としての誇りを失わず、皆へ君の愛を分け隔てなく注げるはずだ」


「うっす……!!」


 目の前のネイチル・サンダリアンは目をしばたたかせ、うるうるしていた。


「君を『ハートの剣士』と名付けよう」


 そう彼に伝えた時、隣のクリスだけはドン引きだった。だが私は腕を組み、お構いなしに言った。


「これこそがアートだ」

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