2章 3.術符の事を尋ねてみた。

「一度使ってみたかったんだ! 術符ってやつを!!」


 私は晴れ晴れとした空の下、駆け足の如く街中を突き進むように先陣を切って歩いていた。まさしく、今、とてつもなく踊りたい気持ちだ。背後からクリスが「レイさん! くるくる回らないでちゃんと前向いて歩いてください!」と言っている。


「レイさん、あの非常に言いにくいんすけど、術符使うの、やめてたがいいっす……」


 私の隣にそそくさと歩み寄ってきたサンダリアンが、申し訳なさそうに告げた。


「なぜだ?」


 そう彼に尋ねた時、サンダリアンの隣にやっと追いついてきたクリスがぴょこっと顔を出した。


「なぜって、術符を使った途端に攻撃どころか、逆にレイさんの身体じゃ吹き飛ぶのがオチですよ」


 足早に歩きながらクリスが至極当たり前かのように口を尖らせながら言った。


「どういうことだ? 詳しく教えてくれ。それを聞いた上で危険ならやめておく」


 私はこの世界に来た際、二人から術符や魔術の説明を受けた。魔術は生まれつき、自然の力を扱えるものしか行使出来ないという。例えば、火の力だったり、水の力だったりする。その能力のある者の中で魔術士になりたい者だけが、ギルドへ魔術士として登録し、仕事を請け負っているそうだ。だが、この世には術符という便利な道具があり、それさえあれば誰でも魔術は使えるという。この世界へ来て半年は過ぎているが、魔術士は戦士の中で割合が少ないこともあり、私は今まで魔術士という者に出会ったことはなかった。それにまだ術符という道具も一度も見たことはない。だから今日二人に案内してほしいと頼んだのだ。


「レイさん、いいですか? この世界に来た時、説明しましたよね。術符を使用するにあたって反動があると。魔術というものは自然エネルギーの固まりです。火や水、風や雷、氷などです。そのとんでもない力の塊が魔術士によって閉じ込められたもの、それが術符なんです。生まれつき自然エネルギーを操れる者は、魔術を行使する際、一度そのエネルギーを体内に取り入れ、身体になじませるようにきちんと循環させてから強力な魔術を発動させるんです。その行為を行わずに、魔術を使えない人間が術符だけを放ったらどうなると思います?」


 クリスはきっと眉を上げ、私を諭すように説明した。


「うーん、……いきなり巨大なエネルギーを放つだけの身体は耐えられない、とか? あ、反動が来るってことは、その術符を使った途端に体もその魔術によって吹き飛ばされる可能性があるということか」


「アタリっす!」


 サンダリアンが隣から目をキラキラさせ、嬉しそうに正解だと言う。


「なるほどな。身体が銃で、魔術が発砲する弾みたいなものか……」

 

 すぐ隣で「ジュウ?」と言い、怪訝そうに歩いているクリスが視界に入ったが、今はずっと気になっていた魔術のことで頭がいっぱいだった。弾に見立てた魔術を発動するための銃がこの身体だとしよう。その発砲技術を持つ身体は、この世界では限られた者達しか持っていないらしい。もちろん地球生まれの私にはそんな力はないはずだ。弾を発砲したいが、その銃がなければ元もこうもない。術符という代物で発動だけは出来るすべがこの世界にはあるが、銃としての機能がない体で行使すれば、それなりの代償がつくということか。


「ではなぜ、そんな危険なものが売っているんだ?」


 単純に誰もが思うであろう疑問を二人に投げかけた。すぐにクリスが答えた。


「主に護身用のためですよ。このご時世では自身でも身を守る術が何かと必要です。レイさんも半年ここで過ごせばだいたい把握しているかと思いますが、みんながみんな戦士を雇えるわけではないんです。ランキングの低い戦士でもそれなりのお金が必要ですし。そこで術符の出番なんですよ。術符は様々な威力のものがあって、比較的安価に手に入るものもありますからね。術符の脅威を知る敵に見せつけたりすればそれなりの脅しにもなりますから。魔物に脅しは効かないですけどね」


「魔物に使用するのか? その術符は」


「もちろん窮地の際は使うこともあると思いますよ。魔物以外にもです。機能としては十分なものですし。中には闇取引などで手に入れられると噂の、かなり強力な術符もこの世に存在しますが、この辺で簡単に手に入れられるものはさすがに反動で命を落とすような術符は売られていません。あ! 森にいたあの時の僕は術符なんて持っていませんでしたから! だってほら、あのっ、死ぬ気だったし……」

 

 途中まで得意そうに顎を突き上げながら喋っていたクリスは急に下を向き、ぶつぶつと言葉をフェードアウトさせていた。闇取引の術符も使ってみたい、と一瞬思ったが、きっと取引額が高騰すぎるだろうから、手が出せないだろう。


「では、この辺で簡単に手に入れられるという命までは落とさない術符を私は使ってみたいんだが!」


 クリスは私の言葉を聞くなり、大きなため息をまた一度出し、項垂れた。そしてサンダリアンといつものように困惑顔で顔を突き合わせ、口を開いた。


「……分かりましたよ。ただし、僕達も後方支援に回ります。レイさんの背中を支えます。言っておきますけど、これは比喩じゃありませんからね!」


 クリスは何かを思い出したのか、やたらと声を張り上げ最後を強調した。

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