2章 4.術符屋へ行ってみた。

「ここですよ。僕も普段立ち寄りませんが、幼い頃に何度か連れて来てもらったことがあるんです」


 店の前に到着した際、クリスが言った。クリスと私が暮らしている古びた一室は、比較的繁華街の近くにあり、術符屋まで徒歩圏内だった。クリスの住む集合住宅の家は年季が入り、かなりボロボロでガタついてはいるが、何かと立地が良いのは助かっている。そんな繁華街の路上に並ぶ一つの店。術符の専門店らしい。外観は渋い赤レンガで出来ており、ところどころ朽ちている姿はいかにも魔術を扱っているような術符屋らしい雰囲気を醸し出している。外からは店内が見渡せるような大きな古びたガラス窓が一つはめ込まれており、何やら様々な色の小石が並び、その隣には説明書きのようなポップ札が鎮座している。


 動かすとギっと鈍い音を立てるどっしりと重い木製のドアを開けると、薄暗い店内の中には更に数えきれない程のいびつな小石がガラスケースの中や、カウンターの近くなどに整列していた。あまり換気されていないのか、ホコリっぽくカビ臭い匂いも漂い、異様な空間に空気さえも重い気がする。


「いらっしゃい」


 ゆるりとした声が出迎えてくれた。奥の部屋から姿を現したのは、白髪交じりの老人だった。60代か70代ぐらいだろうか。肩まで伸びた横髪は乱れきっていたが、背筋はやたらと伸びきっていた。


「まさかこれが術符か!? 紙とばかり思っていたが、石だったのか!」


「そうですよ。これも記憶石の一つです」


 クリスが平坦に答えた。


「そうか、魔術士という者達が石に力を記憶させるというわけか! こんなところにも応用されているのか」


「そうっす! 記憶石はまだまだ研究段階で、日々色んな発見が見つかっているっす! そのうちの一つがこの術符っす! 石の色の濃さでだいたいの威力が分かるようになってるっす」


 サンダリアンが意気揚々と答えた。私が思っている以上に記憶石の力はまだまだ計り知れず、大きいのかもしれない。記憶石、それはクリスのような画家を苦しませているのも事実だが、この世を便利な世界へ導いている事も一つの事実だと痛感した。皮肉にも感じるが、一つの大きな力は良いも悪いも、どの方面にでも作用するものなのだ。


 一番年下だが、この中では恐らく一番しっかり者のクリスが店主へ尋ねた。


「すみません、威力が比較的弱めの攻撃魔術の術符を1つ買いたいのですが、何かおすすめはありますか?」


「そうじゃの……、これなんかは攻撃力は弱いが、火の力を宿し、それなりに相手を負かすだけのパワーを秘めておる」


 店主の老人はゆったりと喋りながらのらりくらりと歩き、数歩先にあった鎮座列から一つの小石をそっと掴んだ。荒れたごつごつとした掌の上で紹介されたのは、ほのかに赤に染まった小さな小石だった。色の濃さで術符の威力が別れるなら、この石は元の石の色である灰色にかなり近いものだった。だが、確かにうっすらと赤く染まっている。


「火の力!? まさかファイアか! 分かったぞ! これはファイアー!! って言えば発動するとみた!」


「そんなこと言わんでよい」


 じーさんの冷血な一言で私の興奮は虚しく片付けられた。おまけになぜかそこだけ早口だった。だが私はめげない。


「言った方が絶対かっこいい」


 ぼそりと独り言のように吐き出した私の内なる声が聞こえなかったのか、目の前のじーさんは続けた。


「発動条件はただ強く投げればいいだけじゃ。相手に向かってな。ただし分かっているかと思うが、発動した途端にそれなりの反動が己にも返って来る。これは比較的威力が弱い代物だが十分気を付けることじゃな」


 死亡フラグみたいなことを不気味に言い残したじーさんから、その術符を買い上げ、店を出た。


「魔術士という者はすごいな。色んな力をこの記憶石に込めているのか」


 白い布を巻いてもらったので見えはしないが、右手で握った術符を店の前で見つめ、呟いた。ついに手に入れた、術符を。喜びに満ちた私の手は少しだけ震えていた。


「魔術士と言っても、皆それぞれ得意不得意があるんですよ。火の力の行使能力が得意な魔術士は、対となる水の行使能力が不得意だったります。対となる能力を上手く使いこなせない魔術士が多いのが一般的です。ただし例外の人物も中には存在していて、その人物はこの街でも有名な上位ランクの万能魔術士で、名はバラスト、」


「さぁ! 使いに行くぞ!!」


 私はこの上なく興奮していた。今からやっと行使できる。待ちわびたこの世界の魔術を! 私ははやる気持ちを押さえられずに誰よりも先に森の方向へ向かって駆け始めた。


「ちょっと、レイさん! 僕の話聞いてます!?」


 後ろの二人へ振り向いた時、への字に口を曲げたクリスと、「待ってっす!」と言いながらにこやかに追いかけて来るサンダリアンがいた。

 


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