2章 2.戦法を聞いてみた。


 私は床にぺたりと下半身を広げたまま、同じく床の上に座り込んでいる二人の説明を一から順に受けた。


 どうやらこのようなことらしい。目的は私のバストサイズ。計画されていたその戦法はこうだ。私が寝ている隙にこの部屋へ忍び込み、声を凝らしつつ、サンダリアンが私の背中をベッドの脇からそろりと持ち上げ、その隙にクリスが背中の下にメジャーを素早く這わせ、渡らせたメジャーをぐるりとそのまま私の胸へ巻き、バストサイズを計るという方法だったようだ。実はこの戦法は二度目であり、前回はこれで成功したと言う。そう、先日二人から贈呈されたシンデレラフィットのあの乳押さえの理由だ。


 だが、実際はこの有様だ。サンダリアンがベッドの脇からおかしな体勢で私を持ち上げたせいか、私の身体を上手く持ち上げられなかった。そのせいで、下に屈みメジャーを渡らせることを目的としていたクリスと共に、しどろもどろしていた。その隙に私は目を覚まし、いや実際はまだ夢の中だったとは思うが、挙句の果てにサンダリアンの顔を右手で殴ったらしい。しかもグーパンチだ。普段鍛えている剣士のサンダリアンでも、この不意打ちの攻撃は予想出来なかったらしい。いやそこは訂正させてもらおう。殴ったのではない。当たっただけだ。たまたまだ。私が夢の中でこの上なく暴れていたという事実は言わないでおこう。


 しかし、このような経緯でサイズを計っていたとは。一度は成功しているのだ。二人とも江戸時代にでも生まれていたらきっと忍びの者とし才覚を現わしていたに違いない。そんなことを思いつつ、二人の赤ら顔をじっと見つめた。


「なるほどな。そんな難しい戦法取らずに私に直接聞けばいいだろ? それにサイズは前回計ったんだろう? なぜもう一度図る必要があるんだ」


「そっ、そんな直接聞けるわけないじゃないですか!! 僕だって男ですよ!?」


「その言葉は恋物語で言うイケメンの決めゼリフだぞ」


 クリスは「はい?」と怪訝そうに言いながら、若干の戸惑いを滲み出したまま続けた。一丁前にそんな言葉使ってカワイイ奴だ。


「だってレイさん、この間、夕食の最中に『私の胸、成長したかもしれない』って嬉しそうに言ってたじゃないですか!」


 隣でサンダリアンがそうだそうだと言いたそうに、真剣な面持ちでコクコクと頷いた。思い出した。サンダリアンも一緒に夕食を囲んだあの夜、確かに言った。


「胸の大きさは俺達には変わらなく見えてたっすけど、レイさん本人がそう言うのなら違いないって思ったっす! だから、そのっ……」


 再び口ごもるサンダリアンは年下のクリスよりもかなり歯切れが悪い。だが私が当時発した言葉は、二人が思うような意味では全くない。


「あの言葉は、料理がおいしい、と言いたかっただけだ。クリスの作った甘いかぼちゃのシチューが凄まじく美味しすぎたんだ。ほら、美味しすぎて私の胸、成長しちゃった、って。比喩だ、比喩。よくあるだろ? 目の前のメンズがイケメンすぎて妊娠しちゃいそう! みたいな」


「はぁ!?」


 クリスがすっ頓狂とんきょうな声を上げた。怒りと戸惑いと照れ、全てを足して3で割ったような顔をし、抗議した。


「どうしたらそんな表現方法が生まれるんですか!!」


「表現は自由だからな」


「うっ……」


 ぐうの音も出ないのか、急に黙り込んだ今、人気急上昇の画家、サーザント・クリス。隣のサンダリアンはなぜかクリスを励ますように「仕方ないっす」と言っている。サンダリアンはクリスよりもいつも寛大だ。何かといつも異議を唱えるのはクリスだ。彼は大きなため息を一つ吐き出すと、サンダリアンの言葉の続きを生み出すかのように一言紡いだ。「レイさんだから」と。


 そしてクリスがまたぽつりとつぶやいた。


「それはみんな自由だとしても、僕の表現を気に入らない人がいるのも事実です」


 温度のない寂しさがこもった言葉だった。


 このところ、二人の仕事の調子はかなり良い。昇り調子と言ってもいい程だ。剣士のサンダリアンはあれからも筋トレを欠かさず毎日行い、ハイパワーポーズも板についてきた。あのポーズが様になる者はなかなかいないだろう。おかげでか猫背もかなり緩和されている。そして護衛や討伐の仕事にもかなりの率で選抜されるようになった。剣士ランキングも少しずつ上がり続けているようだ。そして画家のクリスには、様々な者達から肖像画の依頼が舞い込み、今では順番待ちまで出るほどだ。彼なりの表現技術で絵と向き合い、描き続けている。だが先日、クリスの絵が気に入らず、立て続けに文句を言ってくる者達も出て来ていたのも事実だった。

 

 文句を言ってくる者は描く以前の段階で必ずこう言う。「俺も美男に描いてくれ!」と。女性なら美女に、と。

 

 サンダリアンの肖像画のように、とクリスは時折言われているのだ。もちろんクリスはサンダリアンをそのようなつもりで描いてはいない。あの表現は彼自身が心で感じたサンダリアンだった。それがただ結果として色になり、絵になり、現れただけだ。誰もがイケメンに、美女に描かれるわけではない。クリス自身がその人物から感じ取ったものをキャンバスに投影させる。それがイケメンや美女に仕上がるのかは到底誰にも分からない。おかげで激怒して絵を突き返されていることもあった。その度にクリスは憤慨し、そして少し凹んだ。「僕は美男子や美女を描くために筆を握っているわけではない」と。そこに目をつぶれば、二人とも順風満帆と言ったところだった。


「ということで、私の胸のサイズは変わっていない! もしかしてまたプレゼントしてくれるのか!?」


 意気揚々と木材の床からすくっと立ちあがり、少ししょげ込んでいるクリスに仁王立ちでこの喜びの言葉を冴え渡らせた。サンダリアンと共に私を見上げるように上を向いたかと思うと、すぐ様一緒に下を向いた。未だに紅ほっぺのサンダリアンは消え入るように言った。


「そうっす。このところ、俺もクリス君も前と違って仕事に困らなくなってきたっす。だから、レイさんにまた改めて恩返ししようって話してて……。それで、そのっ、ぶ、ブラのっ、サイズが合わなくなったのなら、それが一番いいだろうって……」


「そうか! それはまた楽しみだ! サンダリアンもクリスも仕事は順調そうだし、私も嬉しいぞ!」


 腕を組んだまま、口角を大いに上げ、にかっと笑って答えた。サンダリアンもクリスの事情は耳にしている。依頼者から批判を浴びたあの日、少し凹んでいるクリスの様子を心配したサンダリアンが私に尋ねてきたのだ。今の彼の発言はサンダリアンの心遣いというものだろう。


 今、私はクリスのパトロンとして彼のサポートをし、報酬の一部をいただいて生活をしている。もちろんまだまだ二束三文には変わりなく、贅沢な生活には程遠いが、クリスと私はどうにか一つ屋根の下で日々をやり過ごしていた。


 地球で暮らしていた頃に比べたら、電気もなくかなり不便な暮らしではあったが、現代の地球が便利すぎたのではないか、と最近は思えてきた。今では不便な暮らしにそれなりに楽しい刺激をもらいつつ、滞りなく過ごせていた。サンダリアンも何かとお礼だと言い、食べ物などをいつも分けてくれる。私は少しずつ貯金額も増やしつつあった。だが、まだこの異世界で何が起きるか分からない。必要なもの以外は極力買わないようにはしている。いつだってどの世界だってお金は必要だし、大事なものだ。だが、私はどうしても一つ欲しいものがあった。いや実際はそれを使ってみたいという衝動が抑えられずにいた。


「そうだ、二人とも! もし予定がないのなら今日は私に付き合ってくれ! 行きたい店があるんだ!」


「どこですか?」


 クリスが全身に付いたほこりやチリをはたきながら、床からふらりと立ち上がり、笑顔をまき散らす私と正反対の顔でふてくされたようにこちらを見つめた。


「術符屋だ! 使ってみたいんだ! 魔術をな!!」


 サンダリアンとクリスはこの発言になぜかとてつもなく眉をひそめたが、気にならない程にこの胸は弾んでいた。言っておくが、これは比喩だ。

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