1章 4.買ってもらう事に決めてみた。

「あ、あの俺、ネイチル・サンダリアンと言います……。さっきは泣いちゃってすみません……。あなた達のお名前はなんっすか……?」


 目の前の甲冑髭男は握手だろうか、右手をぎこちなく伸ばしてきた。頼りなく見えるのになかなかイカツイ名前だ。よほど私の胸が気になるのだろうか、ちらちらと私の胸へ視線を移しながら、私の顔とも会話をしている。どうやら彼らの目を覚まさせた効果があったようだ、ナイスだ、私のノーブラおムネ。


「星野レイだ。泣くのはいい、誰だって泣きたい時はある。だけど、ずっとそのままじゃだめだって言いたかったんだ」


「そ、そうっすよね、すみません……」


 サンダリアンは、シュンとして弱々しく答えた。さっきは思わず泣くなああああ!! と言ったけどな。そこはそっとどこかへ置いておこう。

  

「あ、あのサンダリアンさん、僕はクリスです。さっきはあんな酷いこと言ってスミマセンでした……。つい混乱して……。せっかく助けてくれたのに……」


「いいんだ、あのオークを俺なんかの強さで倒せたのは、奇跡に近いから……」


 二人ともしょぼくれてはいるが、ちらっちらっと何度もこちらに視線を泳がしている。するとクリスが申し訳なさそうに口を開いた。


「あ、あのレイさん、そのっ、僕はレイさんが死のうとしてるばかりに……。勘違いしちゃってすみません! あなたのち、乳押さ……、いわゆる『ノーブラ』という現状は、お詫びに僕がどうにかっ……」


 赤面しているクリスは頭を深く下げて謝って来た。金色のさらりとした髪が地面へ向く。挙動不審ながら私のおムネをどうにかするとまで言っている愛くるしい16歳の少年。ちょっと刺激が強すぎたかもしれない。


「いやもういい。だいたいどうにかって何だ? 買ってくれるってことか? 乳押さえ」


「そ、そのすぐにぜひ、贈呈させていただきたいのは山々なんですけど、今すぐにはっ……、僕、お金がなくてっ……、絵が全然売れなくて……」


 金髪少年は顔を真っ赤にしつつ、歯切れ悪く口をパクパクしながら言い淀んでいる。


「君、もしかして絵を描いているのか?」


「は、はい……。風景画を描いてるんですが、何を描いても画廊との契約も取れないし、誰も買ってくれなくて……。もう才能がないんだなと思って絶望しちゃって……。もう何もかも嫌になって……。それで昨晩、この森に来たらレイさんがここで寝ていたので……。てっきり僕と同じかと思い、僕も一緒にと……」


 どうやらこの少年はこの若さで画家らしい。私と同じ道を目指しているのか。いや、私はもうアートで食べていくのはほぼ諦めていたが。だがこの少年もアートが仕事として機能しているわけではなさそうだ。


「私が天国へ行きたがってるように見えるか?」


「……見えません、今は」


 もじもじしながらぼそっと伝えてきた。すると近くの無精ひげ男が口を開いた。


「少年、君も苦労しているのか……。俺は今日どうにかこのオークを倒したから、またこれで少しはまともな生活が出来る。だけど……、これからまた仕事にありつけるかさえも分からないし、お先真っ暗さ……」


 そう言って腰の袋から一枚の小さな白い紙を取り出した。その紙を先程串刺しにしたオークとやらの身体の上に置くと、段々とその紙は小さな青白い光を発し出した。すると不思議な事にあのどでかい図体の物体がまるでその小さな紙に吸収されたかのように一瞬で消えていなくなり、その小さな紙だけが落ち葉の上にひらりと残された。そしてそれは光を失った。


「なんだそのプリンセステンコー紙は!?」


「え、知らないんすか? 討伐依頼専用の回収紙っすよ? てかなんすか? その姫。レイさんの国の姫っすか?」


「昔、流行ったミラクルイリュージョンの姫だ。自ら地球外生命体と名乗っているらしい。いやテンコーの話じゃなくて、その回収紙ってなんなんだ?」


「なに言ってるか分からないっすけど、これは討伐依頼を請け負ったらもらえる紙っすよ。魔物を倒したらこれでさっきのように回収してギルドに渡すんすよ。そして報酬金もらって討伐依頼終了っす」


「そうなのか……」


 君こそ何言ってるか分からない。大昔、天地を揺るがしたというプリンセステンコーもこれは仰天するぞ。すると眉を寄せたクリスが不審そうに尋ねてきた。


「レイさん、ほんとに知らなかったんですか?」


「ああ、だって私、別世界から来たから」


「ええ!? まさか天界から来た神とかですか!?」


 クリスが目を丸くして仰天している。その可能性も実は少し考えてはみたが、とりあえず自分は人間なはず。恐らく。


「違う、たぶん」


「じゃあ、何者でどこから来たんですか!? どうやって!?」


 彼は急かすように次々に質問を繰り出し、信じられないと言った形相で大きな瞳を更にくりくりさせている。その姿がとても愛らしく見えた。私が神なら君は天使だなと言いたい。


「うーん、地球の日本って言えばいいか……? たぶん流れ星に別世界へ行きたいと願ったせいだ」


「流れ星!? そんな場所知らないですよ……、だいたいなんで言葉が通じてるんですか!?」


「分からない、流れ星のせいじゃないか?」


「さっきから流れ星流れ星って……、なんでそんなに呑気なんですか!?」


 なぜか激しく突っ込んでくる金髪天使。


「だって考えたって仕方ないじゃないか、分からないものは分からないし、考えたって答えが出るわけではない」


「それはそうですけど……」


「考えるのはこれからどう生きるかだ、君達もだろう?」


「そ、そうです……」


 図星を突かれたのか、下を向くクリスの傍らに立っていたサンダリアンも同じように下を向く。二人一緒に地面を向いてどよーんとした空気を背負っている。そんな二人の様子を見て、とあることを決めた。


「よし! 決めた!! 私の乳押さえ、二人に買ってもらおうじゃないか!」


 二人一緒に顔を上げた、目が点で。


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