1章 3.悩みを聞いてみた。

 がぶりとあのハイパー猪UMAからこの身体を引きちぎられる覚悟をした。少なくとも私は。だが何も起こらなかった。未だにガタガタとゼンマイ仕掛けのシンバル猿のように震えている金髪少年は私の腕にしがみつき「死にたくないですってええええ」と言いながらずっと顔を伏せていた。もう彼の自暴自棄な願望について考える事はやめた。


「ええっと、クリスだったけ? ほら、前を見ろ」


 恐る恐る顔を上げた金髪おさる、じゃなくて金髪少年は眼前の者を見てハッとして声を上げた。


「剣士さま……、が助けに来てくれた……!?」


 私達が襲われる瞬間、急にどこからともなく甲冑姿の男が現れ、ハイパー猪UMAを鋭い剣で一突きにしたのだ。私達はその男性の背中を唖然と見つめていた。UMAは息絶えているようだ。せっかく未確認生物を発見したが、自分らの命には代えられない、そう思うことにした。


「あ、ありがとうございます……」


 まだ顔も見えない背中を向けた男に一言感謝を伝えた。すると甲冑剣士はUMAに突き刺したままの剣の柄から突然手を離し、頭上に両手をバッと勢い宜しく掲げた。


「やったぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 何が起こったか分からない。なぜか雨を降らせる空に向かって超絶に叫び、喜び始めた。いやそこはかっこよく振り向いて「お怪我はないですか?」ニヤリ、とかじゃないだろうか。そして乙女な私はキャーっとなり惚れる算段なはず。この壮絶なシチュエーション的に。


「ついに、ついにやったぞおおおおお!! 俺は無傷で怪我しなかったぁぁぁぁ!!!!」


 それを自分に言ってしまうのか。あのUMAに無傷なのは確かに凄いが。しかしまだ彼は雨に打たれながら天へ向けて叫び続けている。


「あ、あの……ありがとうございました」


 もう一度そう告げた時、満面の笑顔を携え、やっとくるりとこちらへ振り向いた。一本に縛った茶系の髪を雨にぬらした青年だった。人当たりは良さそうな垂れ目付きの顔だ。年齢は私と同じぐらいのようだが、髭は長らく剃っていないのか無精髭が目立ち、顔色も良くなく、頬もげっそりしている。はっきり言ってしまえばあまり清潔感はない上に影は薄く、一度では誰からも顔を覚えられそうにない程のっぺりとした面持ちだ。背中も丸く猫背で、甲冑に着られてる感が半端なく、少し頼りなくも見えた。はっきり言い過ぎただろうか。


「今の見たっすか!?」


「はい?」


「俺がオーク倒したの見たっすか!?」

 

 そんな見た目とは裏腹なキラキラとした瞳を輝かせながら強烈な勢いのまま大声で問う青年。しかも今オークと言わなかっただろうか。まさか名前があるとは。未確認生物ではなかったあのUMA。なんだか悔しい。


「はい、おかげでなんともありません、このクリスも……」

「も~僕、死ぬかと思いましたよぉ~」


 いや君、つい先程まで死にたがってていたはずだよな。そんなことを思いながら彼の顔を見つめた。クリスは安堵した表情で、へなへなとそのまま地面にヘタレ込んでしまっていた。


「俺、初めて魔物倒したっす!  これで剣士のランク最下位からおさらば出来るかもしれないっす!」


「ランク最下位……?」


「そうっす!  魔物を倒せばどんどんランクも上がって、ギルドからの仕事もじゃんじゃん入って俺の人生花開くっす!」


 何言ってるのか全く分からない。とりあえず今分かることは、この世界には魔物がいて、なぜか日本語が通じて、何かのランキングがこの目の前の男に付けられているということだろうか。意外と結構理解しているかもしれない、私。


「剣士さま、ランク最下位なんですかっ!? それであのオーク倒しちゃったんですか!?」


「そうだぞ? すごいだろう?」


 かなりどや顔で少年に言い放った。


「何言ってるんですか! 全然すごくないじゃないですか! 剣士の最下位ランクって……!! 僕達やっぱり死ぬ瀬戸際だったんだ……!」


 え、そこは「すごいです!!」じゃないの? そんなことを思いながら、突然血相を変えて、涙を貯めながら目の前の剣士を罵り始めた少年。どちらに突っ込みを入れていいか迷った挙句、私はとりあえず黙っていた。しかしせっかく助けてくれたのに、そんなことを言ったらこの剣士は怒り出すのでは。


「そ、そんなこと言うなよ……。俺だって怖かったんだよ……? ずっとみんなから底辺剣士って馬鹿にされて……。そ、それでもこうやって勇気出して立ち向かったんだからっ、そんなこと言わなくてもいいだろおおお」


 え、なんで君も泣いてんの? そこは怒るとこじゃないの? もう私の心の中はオフライン突っ込みでいっぱいだ。


 私は今、二人の泣きじゃくる男に挟まれ、鳥の声がさえずりわたる中、そよ風が吹き抜ける森へ佇んでいる。しかもノーブラだ。いや、ノーブラの件はひとまず置いておこう。気になるけど置いておこう。


「あのさ、とりあえず二人とも泣き止みなって。何があったのか分からないが……」


 泣きじゃくる剣士にも、タメ語でいい気がするのでそうすることにした。すると剣士がばっと顔を上げてきた。


「え、俺の悩み聞いてくれるんすか……?」


 誰もそんなこと言っていない。


「え、まぁ、うん……、何があったんだ?」


 とりあえず、断る理由もなかったので、この剣士の話を聞くことにした。


「俺、小さい頃から剣士に憧れてて、必死に体力付けたり稽古したりしてこの職にどうにか昨年ありつけたんすよ……。けれど最下位から全然上がれなくて失業寸前だったんす……。家族にも面目付かないし、迷惑かけるばっかだし、だから今日やっと手に入れた討伐依頼の魔物倒せなかったらもう剣士やめようと思ってたっす……。でもさっきの見てくれたっすよね? 俺倒せたんす……。だからこの僅かな望みにまだ期待していいのかなってすっげー嬉しかったんすよ……。だけどあの子にそんなこと言われたからぁ……、ああ、やっぱ俺なんてダメ人間なんだって……、底辺から這い上がるなんて無理なんだ……」


 甲冑を身に着けた無精ひげの大の大人が、また下を向きめそめそ泣き始めた。


「ああああ、もう!! だから泣くなってえええ!!!!」


 私の威勢のいい大声に無精ひげ男はハッと顔を上げた。隣のクリスも体をびくっとさせて涙目でこちらを見つめている。


「だいたい君達悲観的すぎるだろ! 私だってなぜこんな場所にいるのかも分からないのに!! 見ろ、このムネ!! ノーブラっしょ!? これがどれだけ重要な事態か分かるか!?」


 二人ともぽかんとして私の胸を凝視している。もしかすると『ノーブラ』の意味が通じていないのかもしれない。だが私は目が点の二人に向かってお構いなく胸を張り、拳を心臓に突き立て、堂々と続けた。


「『ノーのブラ』、いわゆる『無し、乳押さえ』だ!! これがなければ、胸の形だって悪いし、身体の線も悪く見える! 歩けば揺れるし、走れば辛い!! 分かるか? そんな状態でこんな森にいるわけだ。私のほうが泣きたい!!」


 二人とも口は半開き状態だ。


「乳、押さえ……?」


 サンダリアンが小さな声を絞り出すように呟いた。


「ああ、そうだ。私がこんな有様なのに、なんでそんな自分のことばっか批判して、蔑んでるわけ? ちょっとは私見習って胸を張れ! ノーブラだけど!!」


 辺りは鳥達の美しい声だけがさえずりわたっていた。

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