1章 20.いい日だと思ってみた。

 次の日の朝、目がぼっこり腫れあがったサンダリアンがここへやってきた。


「かなり泣いたな?」


「レイさんこそ目、腫れてるっす」


「は、腫れてなんかないっ」


 私は慌てて顔を伏せた。


「レイさん、あの後泣いてましたよ。サンダリアーーンって言いながら」


「おい、クリスっ、言うなって言っただろう!?」


「レイさん、ありがとっす! 俺、もっとしっかり筋肉つけて強くなるっす!」


 両方の二の腕を上げて、マッチョポーズを始めた。「これもハイパワーポーズっすよね」なんて言いながら。いつものにこやかなサンダリアンだ。


「サンダリアン、泣きたい時は泣いていい。人生生きていれば凹む時だって、泣きたい時は誰だってある。逃げたい時もな。もしまたその時が来れば、私達をまた頼ればいいんだ、何度だってな」


 クリスもいつもの筆を持ち、くるくると起用に指で回しながら、「そうですよ」と生意気そうに言っていた。可愛い16歳の顔だ。


「レイさん……、クリス君も……。はいっ! またその時は宜しくお願いっす!!」


 誰だってうまく行くばかりではない。この世界の住人だってそうだ。少しずつ少しずつ自分の世界を変えていきながら、過去の自分を越えていく。微々たるものが積もりに積もって、いつか何かしらの答えが見つかるはずだ。私はそう信じたい。


「僕は絵の修復に入ります」


「ああ、クリス、よろしく頼む。ファミール家の依頼締切まであと2日だ。サンダリアンはとにかく基礎体力向上に戦力をもっと上げる努力が必要だ。そしていつもハイパワーポーズを忘れるべからず、だ」


 私はこの後ファミール家の息子アルフェンが、昔、サンダリアンが救った少年だったことを告げた。サンダリアンはそれはそれはとてつもなく驚嘆し、大喜びで、そんなにも自分を尊敬し、慕ってくれる人がこの世にいる事を信じられない様子だった。「嬉しすぎるっす!」と何度も言いながら潤んだ瞳で大いに歓喜した。


 実際、今のサンダリアンは最弱なのかもしれない。だが、あの赤毛天使アルフェン、そして私やクリスを魔物の危機から救ったことは紛れもない事実だ。彼はもしかするとまだ戦闘になれていないだけなのかもしれない。


「サンダリアンはもっと自信を持っていいんだ。何度も私達を危機から救ってきたのは事実なんだからな。例え己の弱さを痛感する日がまた来たとしても、そこだけはしっかり覚えておくんだ。そして思い出せ。自分には実力が備わっているとな!」


「なんか照れるっすね……!」


 今、恥ずかしそうにしている彼には勇気もある。ラズユーに挑んだ時の力強さ。気迫。どれを思い出しても、今後伸びる要素があちらこちらに点在しているではないか。


「君はもしかすると誰かを救う時、真の力を発揮するかもしれないぞ?」


「誰かを救う時っすか……。自分ではよく分かんないっすけど、俺、もっと力付けるために走って来るっす! ハイパワーポーズで走ったらもっと自信付きそうっす!」


「いやそれはさすがにきつ……」


 私が言い終わらないうちにもう外へ行ってしまった。まさか腰にずっと手を当てたり、空に拳を掲げたまま走り続ける気かだろうか。それともマッチョポーズか。


「何笑ってるんですか」


 クリスが隣の小さな画廊部屋でイーゼルの準備や油絵の具の準備をしながら、不思議そうに尋ねてきた。


「いや、今日もいい1日になりそうだなーと」


「今日もって……。昨日は散々な1日でしたけど……」


「感じ方は人それぞれだってことだ」


 最初は散々だったかもしれないが、こうやってまた3人で楽しく過ごすことが出来るようになった日である。それはきっと素晴らしくいい日だ。


***


 クリスがどうにか絵を無事に修復させた。その後、クリスは死んだように眠り続けた。それもそうだ。この2日ほぼ寝ずに絵を仕上げたのだから。


 エントリー締切ギリギリの日に、ついにサンダリアンの肖像画を記憶石に読み込ませた。新たなる戦士カードの出来上がりだ。これでこの世界の記憶石全てにサンダリアンの戦士カードは共有され、数日後には仕事依頼の結果も分かる。あとは待つのみだ。サンダリアンには引き続き筋トレを続けてもらい、更なる筋肉強化や剣の鍛錬を積んでもらった。


 後日、突然ドアをノックする音がクリスの自宅へ響いた。サンダリアンは筋肉強化の為に先程外へ出掛けたばかりだ。遅めの昼食を作っていた私は「どなたですか」とドア越しに尋ねた。


「先日お世話になりましたファミール家のアルフェンです。ご自宅がここだと伺いましたので先日の件で尋ねてまいりました」


「アルフェンだと……!?」


 あの仕事依頼をしているファミール家の赤毛天使の登場に心は沸きだった。先日の件とは、まさしくあの仕事依頼のことではないか。すぐ様ドアを開け、部屋へ通した。隣の画廊部屋からクリスもひょっこりと顔を出し、驚きを見せている。アルフェンを狭いダイニングへ案内し、小さな丸テーブルの前にある腰かけに座ってもらった。クリスと私はベッドの上へ二人並んで腰かけた。


「仕事依頼の件で、お話したいことがあります。喜ばしいお話と残念なお話、どちらが先に聞きたいでしょうか」


 なにそれ。なぜ洋画ノリ。


「いい話と悪い話って……! どういうことなんですか!?」


 クリスが彼の言動に突っ込みながら、急かすように訪ねた。


「実は……、今回の仕事依頼はサンダリアンさんにお願いしようと家族内で決まりました」


「えっ!!」


「それはほんとか!?」


 アルフェンのその一言にクリスも私も思わず歓喜の声を上げた。


「はい。母もわたくしも、クリス様が描かれた素晴らしい肖像画を見て、一目で気に入りました。幼き頃の自分を助けてくれた恩人だと知り、ますます熱が入っています。そんな肖像画を描かれたクリス様の支援者、レイ様というあなたの存在が大きい事も母に伝えています。大いに援助を受けていると。そんなお二人に支えられ、人望もあるハートの剣士、サンダリアン様の素晴らしさ、それにわたくしを窮地から救ってくださったという話や素晴らしい行いも、周囲に伝えているようです。ですが……」


 はい、キタ、ここからいわゆるバッドニュースか。


「ラズユー様がお怒りになり『あの肖像画の姿は嘘偽りだ、サンダリアンは弱くて意気地なしだ、皆騙されている』と私達にも、それに周囲の方々にも訴えるのです」


「やはりか……」


 アルフェンが深刻な表情を浮かべ、続けた。


「確かにあの肖像画は、実物のサンダリアン様と髪の色や瞳の色なども違いました。ですが、躍動感や力強さはまさしくサンダリアン様そのものでしたし、色自体にもよく表れています。あの作品はまさしく今までの『肖像画』という枠を壊し、次なる時代の架け橋になるとわたくしは思っています」


「あ、ありがとうございます……」


 誉められ慣れていないクリスは、小さな声でぎこちないお礼を言った。


「ラズユー様に今回の件は丁重にお断りさせて頂いたのです。また機会があれば仕事依頼をさせていただきたいともお伝えしたのですが、お怒りが静まらず、他にもおかしな噂を流し始めたのです」


 ラズユーがやりそうなことだな。


「他にも……? どんな噂だ?」


「はい、それが……、サンダリアン様には変な二人が付いていて、その二人のせいでこのような過ちが起こっていると」


「まさかその二人って……」


 私の発言に、目の前のアルフェンは眉をしかめ、ゆっくりと頷いた。


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