最終章 奇跡の可能性
最終章 1.お年頃だと思ってみた。
「レイさん、これ、持ってきたっす!」
「レイ君、お邪魔するよ」
サンダリアンが威勢の良い声で、玄関ドアを開けた。隣にはいつもの如く、黒いローブを身に着けたモルファーも一緒だった。
「二人とも、面倒かけてすまないな」
サンダリアンとモルファーの腕から大きな家具がこの部屋へ運び込まれようとしていた。無垢の木材で出来た真新しいダイニングテーブルだ。椅子も4脚ある。その家具からほのかに清々しい木の香りが漂ってくる。日に日にたくましくなってきているサンダリアンは、「これぐらい朝飯まえっす!」と言いながら、机と椅子を運んでくれている。彼はあれからまた剣士としての仕事に益々精を出し、着実に結果を出し、少しずつ剣士ランクの順位も上げ、身体付きも最初とは見違えるほどにたくましくなっていた。
モルファーはあれから、世界初の術符士として、仕事を請け負っていた。あのような
「どこに置くっすか?」
「ここだ。というか、ここにしか置く場所はないな」
私は今いるダイニングの中心部分を指差した。
「テーブルと椅子だけで部屋が占領されてるっすね……」
8畳程のダイニングしかない場所に既に台所にベッド、小さな丸テーブル、引き出し家具、椅子が1脚もあるのだ。いくつか隣の画廊部屋に持って行くとしても、その中へ4人用のテーブルに椅子を運べば、身動きがなかなかに出来ない程に窮屈な部屋となった。
「けど、これで、みんなで一緒に食事出来るっすね!」
サンダリアンがまた口を開き、キラキラした星を背負うように満面の笑みを私に向けた。効果音をつければパ~だ。モルファーも隣で照れくさそうに微笑んでいる。
「そうだな。また4人で夕飯を食べよう! なぁクリス!」
クリスが応答するかのように画廊部屋からひょこりと小さな顔を出した。今日も依頼者の肖像画を描いている。今日はモデルはおらず、仕上げ段階に入っているみたいだ。きなりの麻の服は絵の具だらけで、まるでカラフルなプリントが施されたようだ。あれはあれでなかなかオシャレかもしれない。日本であの服を着て彼が歩けば、なかなか様になる天使系男子だろう。
「そうですね……」
そんな天使はなぜか浮かない顔だ。あれからモルファーとは本当の友情をはぐくみ、何度かこの部屋の床に布を敷き、室内で夜のピクニックを開いた。クリスも始終楽しそうに会話をし、笑っていた。だが、今日は何か不満げだ。
「どうしたんだ、クリス。何かあったら言ってくれ」
私はクリスの顔を見つめた。クリスは一瞬躊躇を見せたが、覚悟を決めたかのように口を開いた。
「あの、レイさんは……、ここから出たいと思っていますか? その、あの……」
言葉が続けられないのか、下を向き、伏し目がちだ。私はすぐさま察知した。ついにこの時が来てしまったのだ。私がずっと懸念していたことが。
「ああ、いつかはこの日がやってくるとは思っていた……、クリスはお年頃だもんな……」
「え……?」
クリスはくりくりした青い瞳を大きくこじ開け、顔を上げた。
「ずっと気にしてはいた。もうすぐ17歳だもんな……。私がここにいつまでもいてはいけないと以前からは思っていた。だが、金銭的な事情もあり、ずっと甘えさせてもらっていた。すまない」
「いや、違っ……」
クリスが恥ずかしがっているのか、否定の言葉を投げかけるが、サンダリアンがそれを遮った。
「えっ! レイさん、ここ出て行っちゃうっすか!?」
「レイ君はここから出て行くのか……?」
モルファーも眉を寄せ、とてつもなく不安そうだ。
「いずれ出て行くとも言っていたしな」
「え! なんでっすか!? ここにずっとクリス君と一緒に住んでいればいいじゃないっすか!」
飼い主から置いて行かれるワンコのような顔で見つめてくる。そんな顔をされたら私だって悲しくなる。いや私は飼い主ではない、はずだ。しかもサンダリアンはここに住んでもいない。隣ではモルファーが何やら考え込むような顔をして黙っている。
「別に君達に会えなくなるわけではない。今後もクリスのパトロンとして関わっていきたいと思っているし、サンダリアンももちろん引き続き応援する。モルファーとももちろん今後も多く会いたいと思っている。だが、もうここにはいられない。なぜなら……、金髪天使に見える少年クリスは、大人の階段を着々と登っているわけで、それはつまり私が近くにいると金髪堕天使になる可能性が」
「違います!!」
クリスは突然声を張り上げた。先程とは打って変わって、眉は吊り上がり少し憤慨しているようにも見えた。
「クリス……。ここは異世界かもしれないが、ネバーランドではないという事は分かっているだろう? いくら大人になりたくないからと言ってそれを拒否することはピーターパン症候群と言って」
「だから、違いますって!! 何ワケ分からないことまた言ってるんですか! 僕が聞きたいのは、レイさんはチキュウという場所に戻りたくないのか、と聞いているんですよ!」
「えっ」
思いがけぬ返答に私は思わず固まった。
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