2章 7.握手をしてみた。
「へ?」
思わずまぬけな声が漏れ出た。クリスもサンダリアンもその場で微動だにせず、同じように目を点にしている。
「3人ともだ。……ダメか?」
急にシュンと肩を落とし、太い赤眉毛も寄せ、消え入るような声を出し始めた魔術士。おいおいおい、なんなんだ、さっきからのこのギャップ攻撃は。だが、そんなことを気にしている場合ではない。何を根拠に、いや何を理由に突然初対面の3人にそんなことを望んでいるのかさっぱり分からなかった。だがここでこの男性に「なぜだ?」と聞くのもなんだか今の彼には気の毒な気もした。それに恩人でもあるので、私は一言だけ返事をよこした。
「私はオッケイだ」
私の返答を聞くなり、突然に顔を輝かせ始めた名も知らぬマイフレンド魔術士。友達ならいつものように接しても大丈夫だろう。彼の背景には日差しがきらめき、急に陽光を背負い始めた、気がする。
「ぼ、僕も大丈夫ですが、やはり年も離れてますし敬語は使わせてもらいます。それでもいいなら……」
「俺も同じくっす……」
クリスもサンダリアンもたじたじになりながら、まだ違和感の渦の中でそう口にした。彼は私を助けた恩人であり、疑いを与えるような疑問のかけらを出すことは避けたのだろう。
「ほんとか! 感謝する!!」
先程の自身無さげな表情から打って変わって、突然に大声で歓喜の言葉を上げた。かと思うと、まだ草むらの上に座り込んでいる私達の傍で膝を付き、次々に3人の手を両手で取った。力強い握手だ。ぶんぶんと上下に勢いよく振り、その動きさえも身体に似て大きい。目をキラキラさせながら満面の笑みをこぼすマイフレンド。まるで生まれて始めて友達が出来たかのように、とてつもなく喜びに満ちた顔だ。こちらまで嬉しくなる。しかし名前も聞かずに友達になるとは、どこもかしこも規格外な男だ。
「マイフレンド魔術士、私はユアフレンド星野レイだ。パトロンをやっている」
「俺はネイチル・サンダリアンっす。剣士っす。俺が不甲斐ないばっかりに……。助かったす、ほんとに感謝っす!」
「ぼ、僕はサーザント・クリスです。画家をやっています……」
クリスはなかなかこの疑心暗鬼から抜け出せないのか、まだ挙動不審さを醸し出している。それもそうか。恩人といえど、いきなり友人になってくれとか言われたらこうなるのも仕方ない。しかし、私が今まで想像していた魔術士と全てが正反対だ。もっと陰険で憂鬱そうで、身体も細くて不健康そうで、色も白く、こんな陽気な者ではなく、マイナス思考の固まりのような者を想像していた。偏見すぎたかもしれない。
「いいや、サンダリアン君、君はよくあのオーク相手に耐えていた! その時間があってからこそ、自分はレイ君を助けられたのだ。この魔術士、バラスト・モルファーがな!」
「……バラスト・モルファー!?」
突然クリスが目を見開き、彼の名前を大声で復唱した。そして凝視している。
「クリス、マイフレンド魔術士、モルファーを知っているのか?」
私はすぐに質問を繰り出したが、クリスが答える前にモルファーが口を開いた。
「そうだ、自分が魔術士ランクの上位者、バラスト・モルファーである!」
またその場でわざわざ立ち上がり、腰に手を当て胸を張る姿がそこにはあった。背後からの逆光のせいかなんだか無駄にカッコイイ。そんな姿を唖然と眺めていると、クリスが私の耳元へ向かってヒソヒソと声を落としてきた。それは明らかに説教染みていた。
「バラスト・モルファーさんは、万能魔術士で有名なんですよ! 火と水とか対になる魔術をどちらも上手に使える者もいるってさっき僕言ってたじゃないですか! なのに、レイさん、術符に興奮して聞いてなかったでしょ! この辺の人達はみんな知ってるんですからね!」
それなりに私の耳の傍でわめき散らしている。彼の正体を知るや否や先程の疑心暗鬼はどこか彼方へ行ったらしい。
「クリス君、構わない。自分の事をまだ知らぬ者がいておかしくはない!」
相変わらずの勢いだが、嫌みには聞こえない程の清々しさだ。
「存じてはいましたが、お姿は初めて拝見したので気が付きませんでした。噂通りのお姿に、素晴らしい魔術でした……!」
「いやはや、間一髪ではあった! ただ自分はこのローブでレイ君の身体を熱風から守り、少々水の魔術を使い、彼女が受けていた反動を和らげただけだ。それだけのことだ!」
相変らず得意気にあの時の己の活躍をさりげなく全て事細かに説明している。なるほど、私をそのローブで庇い、火の術符の反動を水の魔術で中和したということだな。最後に私の視界が闇に包まれたのはこの黒きローブのせいだったのか。てっきりあの世へ渡ったのかと思っていた。さすがマイフレンドモルファー。友人になる前からイカす。
「モルファー、本当に助かった。私の命の恩人だな!」
「対したことではない、レイ君! しかし君がパトロンとは……。もしかして噂に聞く女性がパトロンとしてついている先鋭の画家とは……、クリス君のことだろうか?」
「ああ、きっとそうだな!」
私もモルファーに負けじと得意気に胸を張って答えてやった。
「若くて将来有望な画家だと噂で聞いている。表現に尖った部分もあってかなり先鋭的だとな!」
「ええ、まぁ……、そうかもしれません……」
クリスは少し頬を赤らめ、口ごもるように声を落としながら言った。するとモルファーはクリスの両手を唐突に取り上げ、盛大に尋ねた。
「もしよければ自分の肖像画を描いてくれないか!?」
クリスが目を丸くしながら、大柄なモルファーを見上げて言った。
「肖像画ですか!? 僕なんかがモルファ―さんを描いてもよろしいのでしょうか……」
「もちろんだ、報酬も弾む! だがひとつ。そのように己をないがしろにしてはいけない。君は君しかいない。唯一無二の存在だ! 君には君だけの才がある」
モルファーのその言葉は青空の下で強く響いた。
「は、はい……。すみません。そういえばレイさんにも同じことを以前言われました。ついうっかり……」
少し首をもたげ、項垂れている。クリスは最近、少々自信を無くしているようだった。
それなりの人気が出れば、またそこから試練は発生するものだ。それはもしかすると以前よりも更なる辛さを伴う可能性もある。底から伸し上がるだけでは済まない何かがまたその部分にはあるのだ。自信があるとかないとかは大した問題ではない。ただ自分を理由もなく「出来ない自分」として思う必要はない。それだけだ。モルファーはそれをとても理解しているようだった。
「クリス、最近ちょっと煮詰まっているだろ。断ってもいいんだぞ」
「そうか。もしやスランプというものか! なら無理はせたくはない! ……友人として」
今3秒ぐらいは貯めたぞ。先程の雰囲気とは打って変わって、突然はにかむモルファー。突っ込みたくなったが今はそのような雰囲気ではないことぐらい私にも分かる。
「い、いえ、そこまでではないと思います。ただ少し自信を無くしていただけで……。僕はばーちゃんと約束したんです。このアート界に革命をもたらすと……。そうだ、約束したんだ……! 万能魔術士、バラスト・モルファーの肖像画を描かせてください!」
クリスが体の横で拳を作りながら、まるで地の底から必死に這い上がるように顔を上げた。それでも全ての不安を振り払ったわけではないだろう。だがそこには一筋の光のような決心が滲み出ていた。
「さすが、私の見込んだ男、サーザント・クリス、だな!」
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