2章 6.九死に一生を得てみた。

「森の入り口付近で珍しくオークを見かけてね。普通はこんなとこにいないから、気になって追ってみたのだ。するとほら、君達のピンチを自分が救ったわけだ!」


 やたらと大声で快活に喋るなんだか全く自重を見せないこの男性。その上には真っ白な雲が漂う青い空。やはりここは森の外だった。


 見ず知らずのこの男を草の上に寝そべったまま、まじまじと見つめた。太陽からの逆光のせいか、顔ははっきりとは見えないが、草の上に片膝を下ろしている。その姿はどうやら全身が隠れるほどの長いローブを身に着けており、暗闇に包まれていた。ローブの中からはちらりと麻色のシャツと黒色のパンツとブーツが覗いている。ローブと同じ色である厚手の革手袋も身に着けていた。


「起きれるかい? 無理はしなくていい。何せ君は術符に呑み込まれそうになったのだから。そこを自分が救ったわけだ。九死に一生を得るとはまさにこのこと! 火傷はないか?」


 謙遜を一切見せないまま、私に分厚い革にまとわれた黒い掌が差し出された。


「大丈夫です、無さそうです。ありがとうございます」


 私の身体は今のところ特に異常がなく、彼の右手をぐっと握り、草の上から上半身をゆっくりと起こした。


「君はかなり危険なところだった!」


 何がどうなっているのか、よく分からなかったが、起き上がった瞬間、男の顔がはっきりと確認出来た。年は20代後半か30代ぐらいだろうか。赤茶の髪の頭部は短く切り揃えられた爽やかな大男だった。外仕事が多いのか健康的に焼けた肌と、瞳は赤に近い茶系の色だ。短めの太い眉に、目はどちらかというと釣り目気味だが、その明るさからかきつさは感じない。だが、何より一番に目に入ったのは両頬を覆いつくすように存在する大きな傷だ。皮膚が焼けただれたような凸凹とした痕だった。傷は古そうだ。以前火傷でもしたのだろうか。その傷のせいもあり、全体的な顔の雰囲気は強面でもあった。きっと今のように快活に喋っていなければ、必要以上に話しかけられないタイプだろう。そして身体は大きい。黒いローブの上からでも筋骨隆々が響いてくる。もしかすると筋肉は裏切らない、といつも言って筋肉の部位と会話をするタイプかもしれない。それ程に体育会系だった。剣士だろうか。いや、斧のほうが似合いそうだ。


 先程の言葉を聞く限り、どうやら私はこの大柄な男に助けられたらしい。あの術符を使用した直後、足が浮遊し、業火に呑み込まれそうになったところで、視界が真っ黒になった所までははっきりと覚えている。そこから意識が途切れたのか、その先は覚えていなかった。この男の影さえも見た記憶がない。


「魔術士様、本当にありがとうございます!!」


 クリスが大いに感謝を述べた。


「魔術士、だと……!?」


 私が目を丸くしながら膝立ちの彼を見つめると、急に立ち上がった。闇色の布が華麗にそよ風でなびく。それは威風堂々としたローブ姿だった。まさしくこれが正装だと言わんばかりに、ハリのある声で言った。


「ああ、そうだ。見ての通りだ」


 まさか体育会系ではなく、文科系だ、とでも言いたいのだろうか。いや待て、剣士や斧使いが体育会系だとしたら、魔術士は文科系なのだろうか、とふと小さな疑問が浮かんでは消えた。


「魔術士だったとは……。ではあのオークも……」

 

「いや、自分は攻撃していない。あのオークを倒したのはここにいる君だ。君の火の術符は見事に命中した。凄いコントロール力だ。術符はただ投げつけるだけでは敵にそう命中するものではない。窮地だからこその能力向上だったのかもしれないな! 火事場の馬鹿力というものだ。いや、君の場合は火事場の命中力か。何にせよ、自分は君のサポートをしたまでだ。少しの魔術を使ってな!」


 まるで演説をするかのように語った。なるほど、確かに確認出来た。遠くに横たわっている黒焦げのオークを。魔物といえど、私の感覚からは動物に近い。それを殺めてしまったことに気は引けるが、何よりサンダリアンが無事でほっとした。しかし、私が気絶している間に本物の魔術を使っている者がいたとは。その姿をこの目で見ていないとは、なんたる不覚。これは是が非にでもお願いするしかない。


「それはどんな魔術だったのでしょうか!? 詳しく教えてください!」


 私は思わず前のめりになり、彼へ興味と好奇心をたっぷり含んだ眼差しを送った。初めて出会った数少ない魔術士。魔術のことを詳しく当の本人から直接聞けるチャンスなんて、ほぼないだろう。


「よし、分かった! その前にお願いがある。その……」


 急に口ごもり始め、大きな図体を少しだけ小さくさせた。


「その……、自分と、……友人になってくれないか?」

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