2章 14.見せ場を奪ってみた。
「モルファーさん、あれから一度も討伐ギルドへ来てないらしいっす」
3人であの陰湿な討伐ギルドを出てから1週間後の今日の夕刻、サンダリアンが仕事帰りに甲冑姿のまま、わざわざこの家へ来てくれた。そして「レイさんに改・ハイパワーポーズを教えてもらうっす!」とクリスに言って、私を外に連れ出しこの件を伝えてくれた。天に両拳を突き上げるあのポーズをどう改にしていいのか、ちょっとまだ分からないが、今は考えるのはやめておこう。
「一度もか?」
私達は夕刻の買い物時間でせめぎ合う市場沿いの道を避け、ほとんど舗装されていない、でこぼことした土の小道を二人で歩いていた。時折誰かとすれ違う程度で、帰りを急いでいるのか私達を足早に追い越す者もいた。辺りは民家のようだが、人がほとんど住んでいないのか、とても静かな通りだった。そして、サンダリアンは私に改・ハイパワーポーズを問うことはなかった。
「今日、ギルドの職員がそう言ってたっす。だから俺からモルファーさんに、あの肖像画を早く変更するよう伝えて欲しいと……。戦士カードの内容変更は本人じゃないと出来ないらしいっす……」
「そうか……」
モルファーはあのパーティーの夕食以来、この家にも全く顔を出していなかった。私は両腕を組みながら歩きつつ、考えた。
彼はいつもクリスの家へ訪れる度に手土産まで持参し、私の荷物を持ってくれたり、パーティーの用意も手伝い、律儀で非常に親切な人間だった。別れ間際、何度も握手をしてあんなにも私達との別れを惜しみ、友人になれたことを非常に喜んでもいた。なのにだ。顔を出していないこの事実がとても不思議に思えた。あのパーティーから1、2度ぐらい顔を出さないほうが異様な気さえした。仕事が立て込んでいるのだろうか。それともまさか、彼の身に何かあったのだろうか。しかしモルファーは、上位ランキングに入っている万能魔術士だ。彼の身に何かが起こることはあり得るだろうか。そうでないとすれば、それは――
その時だった。何かが私の身に起きた。それだけは分かった。気が付くと隣の路地裏に連れ込まれており、誰かから私の左腕は痛い程に激しく掴まれいた。咄嗟にすぐさま両腕を取られ、背後で締め上げられた。思わずうめき声を出すと、直後、耳元でその一言が囁かれた。
「手を引け」
「な……!?」
声からして男のようだ。私の喉元には銀色に輝く刃物が揺らついている。だがなぜかそれは小刻みに揺れ動いていた。声の発生位置からして私よりかなり背が高いようだ。急に私が消えていなくなったことに気が付いたのか、すぐに探しに来てくれたサンダリアンは、私をこの路地裏で見つけるなり、素早く腰の剣を抜いた。
「……お前は誰だ! 彼女を離せ!」
サンダリアンが私の背後の男をきつく睨んだ。
「……お前もだ。ネイチル・サンダリアン。サーザント・クリスから手を引け」
「え……!?」
クリスの名前を口に出された途端、サンダリアンは目を見開き、困惑した。
「このパトロンの女がどうなってもいいのか……?」
その唸るような脅し言葉を聞いたサンダリアンは益々ひるんだ。どうしたらいいのか迷っている顔だ。銀のナイフは私の首元の更に近くで突き立てられている。だがここで私は気が付いた。まだ続いているナイフの小さな揺れを。先程より酷く震えていた。いや、ナイフを握る手が震えているのだ。私はそこでナイフの
「お前が誰であろうと、クリスのことを指図される筋合いは、ない!」
最後の言葉と同時に膝を大きく曲げ、助走をつけるかのように思いっきり飛躍した。私の頭は見事に相手の
「れ、レイさん……!? 何、やってるん、す……!?」
まだ事情を呑み込めていないサンダリアンは青冷めたまま泡を吹くような顔で両手で剣を構え、口をパクパクしている。ナイフを持つ大柄な男にいきなり頭突きアッパーカットを食らわした私の突拍子もない行動を目の前にして、軽くパニックになっているようだ。それもそうかもしれない。
「サンダリアン、まだ気が付いていないのか」
「へっ?」
普段から眉尻を下げた緩い顔が更にゆるキャラへ近付いた。せめて彼に、もう少し剣士としての見せ場を作ったほうが良かったのかもしれない。『俺はどうなってもいい……。その変わりレイさんを見逃してくれ……』など少々ピンチになりつつも言ってもらいたかった。いやしかし、この流れだとサンダリアンはあの世への階段を登りかけることになる。そうなるとまずいな。うん、非常にまずい。
「レイさん! 後ろっす!」
サンダリアンの見せ場を奪ってしまったことを猛烈に反省し、妄想まで走らせていた私を、彼は現実に引き戻してくれた。すぐ様後ろを振り向いた私は、先程まで自分を背後から縛り付けていた男を直視した。
私の頭突きアッパーカットがよほど効いたのか、中腰になりながらまだふらついている。その顔は黒いフードにすっぽり隠れていた。下を向き顎をずっとさすっていた大柄な男は、口元を歪ませたまま、こちらへ顔を上げた。目元は黒いマスクで隠されていたが、その大きな口元を見た途端、予想は的中へと変わった。彼を見つめ、私は端的に言い放った。
「やはりか。マイフレンド魔術士、モルファー」
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