1章 18.慣れないことをやってみた。
「もしかしてサンダリアンが15歳の頃に、魔物から命を救ったという5歳の幼子は君か!?」
「はい、その通りです」
彼こそがサンダリアンが剣士を目指すきっかけとなった少年だった。奇遇すぎる出会いに驚嘆しつつ、サンダリアンの肖像画が打ち出すテーマ『光と闇』、クリス自身の新たなるアートへの挑戦を熱く語った。目の前のファミール・アルフェンは真剣に聞いてくれ、私達に強く理解を示してくれた。
「しかし10年も時が経つのに、よくサンダリアンの顔が分かったな」
「10年前とそう変わられていませんでしたし、お顔に特徴もありますのですぐに気が付きました。それに、サンダリアン様はお名前も珍しいですからね。皆様の声を聞いてもしやと思い。まさかあのようなハートの剣士様になられていたとは……」
先日なったばかりだけどな。しかし10年前とそう変わらないとは、サンダリアンはどのような成長を遂げたのだろうか。そんなことを思いつつ、夢心地で遥か遠くを見つめるかのように、サンダリアンのことを思い浮かべ、とても幸せそうに語る赤毛天使を見つめた。
「昔、サンダリアンが君を助けた時、どんな状況だったんだ?」
普段、気弱なサンダリアンが一体どうやってこの貴族の赤毛天使を助けたのか、非常に興味があった。
「わたくしがまだ5歳の幼き頃、家族と森の奥地にある湖へ遊びに来ていたのですが、その時、綺麗な蝶を見つけました。私はその昆虫に夢中になり、追っていると親元からはぐれ、森で迷子になってしまったのです。すると魔物が目の前に現れました。牙をむき、唸りはじめ、今にもわたくしへ襲いかかりそうになったその時、現れたのです。そう、そうサンダリアン様です」
どこかで見たようなシーンだな。
「僕達と同じですね。実は僕達二人も、森でオークに襲われそうになった時、彼に助けられたんです」
クリスがそう答えた時、気が付いた。そうだ、私達もほぼ同じ境遇だった。
「それは奇遇ですね。あのお方は本当に強かった。今は強靭な戦士としてどこかで活躍しているかと思っていましたが、まさか今日お見かけ出来るとは……。あのようなたくましい戦士になられてわたくしは感激しました……」
目の前の美少年は、何か不思議なことを言っている気がする。
「ああ、確かに彼はどでかいオークから私達も救ってくれた、だが……」
「しかも優しい。なんて優しいのでしょう……。ラズユー様に勝ちをゆずるだなんて……」
「へっ?」
お行儀よく座る赤毛天使は、なんとも突拍子もないことを言い始めた。
「あのような公衆の面前ですからね。きっとラズユー様の剣士ランキングとプライドをお守りになったのでしょう。サンダリアン様はどうやらラズユー様よりランキングは下のようですが、敢えてその道を行かれていることぐらい、わたくしだって分かります。鍛錬の為に、精神も肉体をも鍛えられているのでしょう。全くもってあの方らしい英断ですね」
「いや、サンダリアンはっ……
今度は私の足をいきなり踏んで来た少年がいた。私の隣にちょこんと座っていた金髪天使が突拍子もない行動を始めたのだ。当惑した私は思わず彼の顔を見ると、なぜかその青い美しい海のような瞳でキッと睨まれた。溺れそう。
「そうなんですね! それはすごい、さすがサンダリアンさんです!!」
急に大声でサンダリアンのことを賛美はじめたクリス。おいおい、どうなっている。だがまだ足をぐっと踏まれ続けているし、段々圧力もかかって来ている。とりあえずここはクリスの話に合わせることにした。
「そ、そうなのよ~。私ももうびっくりしちゃって~。さすがサンダリアン様だわ~。もうほんと驚きよ~、ねぇクリスぅ~!」
いかん、かなり調子が狂う。なんだか口調もおかしい気がする。嘘を付くのは非常に苦手だ。だがここはどうにか乗り切るしかない。クリスとふいに目があった。私を見つめるクリスの顔は、同情さえ醸し出している。そんな憐れんだ瞳で私を見るな。直後、クリスが赤毛天使アルフェンへ言った。
「実はサンダリアンさんは、毎回あなた方の仕事依頼へいつも請け負い申請されているんですよ。毎回落選されていますが……」
「それは大変嬉しい限りです。そうであれば話は早い。ラズユー様には申し訳ないですが、わたくしはサンダリアン様にぜひお供をお願いしたいと思っています。ただ……」
「ただ……?」
私は思わず体を前のめりにさせ、次の言葉を待った。
「母がラズユー様を大変気に入っており、いつも彼へ依頼するのです」
やはりか、あの情報は間違ってはいなかった。
「ええ、サンダリアンさんからそう聞いています。毎回そうだと」
クリスが真剣な眼差しでそう言った。
「今回の依頼では、わたくしからも母へ伝え、力添えましょう。あのお方がわたくしの命の恩人だと知れば考えも変わるかもしれません」
「ぜひ、お願いします……!!」
クリスが前へ乗り出し、懇願するように伝えた。続くように、私からも強くお願いした。これは大チャンスではないか。なんという強運な男だ、ネイチル・サンダリアン。だが、当の本人がいない。あんなにコテンパンにやられたサンダリアンに、果たしてまだその意思はあるのだろうか。
そう話しているうちに、アルフェンの馬車がクリスの自宅へ到着した。アルフェンは私の手を引いて下ろしてくれた。まるでおとぎの国の姫になった気分だ。日本に住んでいては有り得ない体験だろう。なにこの世界。素晴らしすぎる。
「話を聞かせていただき、ありがとうございます。もし良い結果になったその時は、またお会いしましょう」
彼の馬車がほどなくして道の向こう側で小さくなった時、クリスがこちらへ振り向き、呆れる様に言い放った。
「レイさん、あの状況分かってます? サンダリアンさんの希望ですよ!?」
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