1章 19.夢を守ってみた。
「どういうことだ? だってあの赤毛天使はワケ分からないこと言ってたじゃないか」
そうだ、あの貴族の少年は、サンダリアンがラズユーよりも本当は強いと言っていた。わざと負けたと言っていたんだ。
「アルフェンさんは純粋無垢なんですよ!」
「はぁ?」
私はすっ
「足を踏んだのは謝ります。だけど、あの夢を壊したらいけないんです! サンダリアンさんをあそこまで慕って憧れている人がいるんですよ? あのお方がどれだけ稀な方か分からないんですか!? サンダリアンさんにとって、とてつもなく貴重で、唯一無二で、世界で唯一のお方なんですよ!?」
「確かにそうだな……」
クリスの言う通りだ。サンダリアンが若干コテンパンにされている感も否めないが、確かに彼にとっては、かなり貴重な人物に変わりない。あの子の夢を壊せば、サンダリアンの夢を壊すことにもなりかねないかもしれない。なぜならファミール・アルフェンの中にはサンダリアンが夢見る、全てがクールでかっこいいサンダリアンがいるのだから。
「サンダリアンさんにこの事を伝えれば、また元気なサンダリアンさんが戻ってきてくれるかもしれません。だとすればレイさんも僕も、まだまだやれることもありますし、今よりもっと前を向けます。まだ頑張れるんです、頑張れるはずなんですよ、僕達は……」
必死で、そして真っすぐに伝えてくる彼の言葉が、全身に染み渡るようだった。
「……そうだな、クリス、君の言う通りだ」
クリスは泥水が染み渡った絵画をそっと握りしめると、自宅への階段をゆっくりと登り始めた。私より少し先を歩くクリスを見上げる。まだあどけなさが残る少年の背中だ。だが、その小さな背中を見つめた時、なぜだか少し頼もしくも感じた。
「と言うかレイさん、ほんとに僕より5つも上なんですか?」
「おい、レディに向かって年齢のことなんてナンセンスだぞ? それに私は前しか見えない立ちなんだ。だから嘘もつけない!」
「ああ、だからさっき喋り方が……、はぁ~」
「おい、ため息を付くな! しかも途中まで言ってやめるな!」
また大きくクリスが2度目のため息をついた。その時私は思った。彼はもしかしてサンダリアンのことで落ち込んでる私をこんな戯言を言ってまで、励ましてくれているのではないかと。
「なーんだ、クリスったら、かわいんだからっ!」
「えっ、いきなり何ですか」
前で階段を登るクリスがこちらへ振り向き、眉を寄せた。
「そんな困り顔したって、おねーさんからは何も出てこないぞぉ~」
「ほんとにどうしちゃったんですか……。レイさんってほんとにワケ分からないですよ」
「ええ~、だから褒めても何も出てこないだから~」
「……」
なぜか、もうそれ以上何も言わなくなった金髪天使クリス。無言を貫き、階段をそそくさと登っていたが、もうすぐ階段を登り終えるところで、急に立ち止まった。
「どうしたん……」
クリスの背中から声を掛けた瞬間、彼の目線の先に、誰かがいるのが分かった。
「サンダリアン!!」
いたのだ。彼がクリスの自宅前に。
「レイさん、クリス君……」
汚れ切ったサンダリアンは、疲労が溜まった顔で私達の名前を弱々しく呼んだ。そして腰元でぎゅっとこぶしを握り締めたかと思うと、またゆっくりと口を開いた。
「お、俺……、さっき二人と別れてから色々考えたんす……。やっぱりラズユーには敵いっこないって。どんなに自信付けたって、どんなに見た目変えたって、やっぱ俺はオレで……変われないって……。もうやめようって思ったっす。剣士の道も。この挑戦も……。それでもう全てが楽になれるなら、こんな思いをするぐらいなら……、そう何度も思ったんす。もう諦めようって……。けどっ、けど……、やっぱりどうしても苦しいんす……、ずっと苦しいんすよ……! このままだと俺、悔しすぎて……!」
腕で顔を何度もぬぐうサンダリアンの足元には、涙がぼたぼたと落ちていた。
「サンダリアン……」
私はそっと彼の元へ近付いた。クリスも同じく私と共に歩み出た。
「気がつくとやっぱ俺、ここに来てて……」
そう告げる彼の震える左手の拳をそっと両手で握った。そして真っすぐと彼を見つめた。
「まだ諦めてないぞ、私達は」
「そうです、サンダリアンさん」
顔を上げたサンダリアン。真っ赤に腫れた水滴だらけの茶色の瞳と、私の目が合う。
「レイさん、クリス君……。いいんすか、俺なん……」
「その言葉は禁止だぞ」
「あ……」
ふっと私が笑うと、サンダリアンも少し笑った気がした。すると、汚れ切った絵画をぎゅっと握り締めたクリスが力強く言った。
「まだ時間はあります、やり直せます……!」
その言葉にサンダリアンは、ほのかに赤みが差したような顔色を浮かべた。私は彼の左拳をまたぎゅっと握りしめ、お互いの意思を確認しあうように再び目を合わせた。
「ああ、私達はまだやれる……!」
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