1章 17.理解者に出会ってみた。

「ファミール家とは、仕事依頼をギルドへ定期的にしているという、あの貴族の家か!?」


 私が単刀直入に問うと、笑顔で「そうですよ」と伝えて来るう麗しき少年。やはりか。ということはこの少年はいつも、ラズユーに護衛をされて森を抜けている張本人だということではないか。これはまさか大チャンスではないだろうか。私の中の悪魔が一瞬囁く、『ダークな取引を』と。いや待て。今はそれどころではなかった。当の本人のサンダリアンがあの調子ではうまくいくものも進まないではないか。どうやらクリスも同じことを考えていたようで、同時に顔を見合わせたが、すぐさま落胆の色を見せた。


「ここで立ち話も申し訳ないので、どうぞわたくしの馬車へお乗りください。ご自宅までお送りします。その間によければサンダリアンさまのお話を聞かせてください。そしてクリス様がなぜこのようなことをされているのかも」


「僕の事、やはりご存知なのですね」


「ええ、もちろんです。サーザントという珍しい苗字、それに金色の明るい髪色。この二つの特徴を持つ者は、サーザント家の皆様以外に恐らくいらっしゃらないかと思いますので」


 柔らかく微笑んだこの赤毛天使は、どうやら同じく貴族であるサーザント・クリスを知っているらしい。


「そうですか、ですが……、馬車へお邪魔するわけには……。僕達、酷く汚れていますし……」


 私達は先程の騒ぎのおかげで、身体中を泥水や土でまみれさせていた。クリスが困惑気味でそう伝えた時、すぐさまアルフェンは口を開いた。


「ああ、汚れなどは気になさらず。存在するモノ全てはいつかは滅び、朽ちていくのですから」


 なにそれ、かっこいい。どこまでもスマートすぎるだろ。そんな気高い言葉に甘えて、私達は馬車へお邪魔することにした。アルフェンはサンダリアンと何か関わりがあるみたいだ。もしかすると、サンダリアンの活力になる情報かもしれない。彼の今後のためにも聞いておきたい気持ちもあった。


 私達は4人乗りのきらびやかな豪華馬車へ座り、がたごとと心地よく響く車内でクリスと横並びで座った。アルフェンは、どうやら街へ買い物へ出掛けた帰りだったらしい。偶然にも民達が群がっていた現場に居合わせ、一部始終を目撃したとのことだった。


「わたくしは普段、定期的に森を抜けて絵画を習いに行っているのです。ですので、少しばかりアートの知識は持ち合わせています。クリス様が描かれたサンダリアン様の肖像画、あの作品はきっと大きな意味を持っておられるのですよね……?」


「はい……!」


 クリスの返事は、芯を貫き通すかのようだった。


「写実とは違う、独自の色彩での表現。クリス様の挑戦にわたくしは大変感銘を受けました。あれこそ、記憶石には不可能なものです」


「ありがとうございます……」


 泥水に汚れた布で包まれたサンダリアンの肖像画をぎゅっと抱き締めるクリス。アートに理解ある者に出会うことはそれ程ないだろう。きっと嬉しいはずだ。


「あの、もしかして……、ご実家を出られていらっしゃるのですか?」


 目の前に座るアルフェンは、言葉を選びながら慎重に彼へ尋ねてきた。


「はい、そうです……。あのまま家にいたら画家への夢は断たれてしまいますから……」


「そうですか……。そこまで情熱を捧げられるとは、アートはやはり素晴らしいものですね。わたくしの師匠も、常日頃口々に言っております」


 赤毛天使はそう言うと、神々しく微笑んだ。やはり私の目に狂いはなかった。天使。そんな神の使いへ、気になっていたことを尋ねてみた。


「君がそこへ通っているのは情操教育の一環だとサンダリアンから聞いている。しかし、わざわざ危険な森を抜けて行くとは凄いな」


「わたくしの絵の師匠は足が悪く、なかなか外出が出来ない状態にあり、自身が出向いているのです。ですが、それに見合う以上の素晴らしい教育を受けております」


 アルフェンは誇らしげに師匠を語った。


「きっとすごい師匠なんだな。私もアートが大好きなんだ。いつか逢ってみたい、なぁクリス」


「はい、この記憶石が普及した中で、まだそのような活動を続けられている方がおられるとは……。自分にとっても非常に嬉しいことです」


「今度紹介させていただきますよ。肖像画を見なくなった今のこのご時世に、未だに新しい表現を探索されて描かれている方の存在を知れば、非常に喜ばれるでしょう。もしよろしければサンダリアン様の肖像画について詳しく教えていただけませんか?」 


「よし! クリスのパトロンでもある私から説明しよう! このテーマをな! だが、なぜそこまでサンダリアンにこだわっているんだ?」


 先程からやけにサンダリアンに固執しているので、ずっと気になっていたのだ。するとアルフェンは口を開いた。


「サンダリアン様は、私の命の恩人なんです」


うっとりと目を揺らめかせ、そう告げた。

 


 

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