1章 16.笑顔を作ってみた。
「俺、やっぱ変われないっす」
サンダリアンは一言だけそう告げた。
あの後、私が何を言っても彼は口を開かず、「一人になりたいんで」と言い、泥にまみれた剣を拾い上げると、この場から去って行った。それ以上は私もクリスも何も言えず、何も出来なかった。
あんなに陽気だったサンダリアン。自信を少しずつ取り戻そうとしていた彼も、先程の惨劇に心が折れてしまったのだろうか。彼はここで剣士への道を完全に閉ざしてしまうのだろうか。今の私には彼の行く末が全く分からなかった。
「クリス、君も大丈夫か……?」
「僕は平気です。ただ、絵が……」
クリスは見るも無残な姿になってしまったサンダリアンの肖像画を、泥水の水たまりからそっと救い上げた。そして愛しい人をまるで抱くかのように、ぎゅっと胸に寄せた。美しく黄金に輝く前髪の隙間から見えた彼の青い瞳は、涙をたくさん貯め込んでいた。
「……ラズユーが言ってた通り、この絵は本来の肖像画とはかけ離れています。だけど、それは今まで無かったから……、それだけなんです。新しいものを世に出すというのは、そういうことだと……。これは僕にとっての賛美で……」
「クリス……」
ため込んでいた涙は頬を伝い、まるで奈落へ落ちているようだった。けれど、その時クリスは言った。
「僕、諦めないんで」
絵を抱きしめたまま、力強く彼は述べた。そして続けた。
「画家への道も、サンダリアンさんのことも、あなたとのことも」
そのパンチある一言に、私は心底救われた気がした。彼はまだ折れていない。
「クリス、ありがとな……。だが、泣きたい時は泣いてもいいんだ。最初にもそう言っただろ?」
私は無理やりにでも笑顔を作った、つもりだった。
「レイさんが、泣いてるじゃないですか」
「だって、クリスがそんなこと言うからぁ……!」
こうなるともう止まらない性分だ。次々に涙が溢れて出てくる。鼻水もどばどばだ。こんな私を見て、彼はどうしたらいいのか分らないのだろう、クリスはただ泣き止むのをそっと見守ってくれた。違う、そうじゃない。君はここで乙女の私をぎゅっとするところだろうが。
「あの、すみません」
クリスかと一瞬思ったが、顔を上げると全く違う少年だった。
「どなた……?」
高級そうな白いレースのハンカチを私に差し出してくれている。思わず私の可憐な声が出てしまった。目の前にいる少年は、肩まではつかないが、少し癖の残る赤毛の長髪男児だった。身なりはかなり整っている。細身のスタイルに合わせた、スリムなグレーのチャコールストライプのパンツがとても似合っている。清潔感溢れる白シャツと、体にぴったりフィットしたジャケットがまた華を添えていた。そのせいなのか、先程の紳士的な振舞にもどこか気品あふれる雰囲気が漂っていた。
「先にその美しい涙を拭いて下さい」
「え……? わ、分かった」
やばい、想像以上だ。『美しい涙』とかそんなさらっと言える男子、二次元でしか見た事ない。私はそっとハンカチを受け取り、鼻水を拭いた。本当は噛みたかったが流石に天使二人の前でそんなことは出来なかった。赤毛天使は金髪天使より少し年下に見えるが、あまりにもスマートな物言いに思わずどもってしまった。こんな若い少年に照れるだなんて、私もまだまだだな。
「先程のあなた方の様子、全て拝見させていただきました」
「街を騒がして申し訳ない……」
そう言うと、彼はにっこりと微笑んだ。
「僕は運命の出会いを果たしたようです」
「えっ?」
いけない。そんな、いきなり歳の差結婚だなんて。異世界転移でも流石に急速展開過ぎる。
「気持ちは嬉しいが……、ええ~、私は21歳の乙女でして~君と恐らくかなり年がぁ~」
やはりここは大人としての対応を。
「サンダリアン様と!」
「ええ~~」
***
「レイさん、21歳なんですか?」
もしかすると少しの間、時間が止まっていたのかもしれない。うわの空だった私に、クリスが突然尋ねてきた。
「あれ、言ってなかったか?」
「聞いてませんよ、サンダリアンさんよりも4つも下じゃないですか」
「だから何だ。年齢なんてただの数字だ」
「そうですけど……」
クリスはなぜか納得がいかない表情だ。もしかしてこの世界では年功序列が重要なのだろうか。
「サンダリアン様はもう25にもなられるのですね。嗚呼、あれから10年が経とうとしています……」
急に物思いにふけり出し、語り始めたセンチメンタルな赤毛の少年。綺麗な顔立ちの癖に、もうひと癖あるようだ。
「えーお取り込み中、申し訳ないが、君の名前を先に教えてくれないか? 私は星野レイだ、そしてこの金髪少年はサーザント・クリスだ」
「ああ、ご無礼を。申し遅れました。わたくしはファミール家の跡取り、ファミール・アルフェンと申します」
「ファミール家ですか!? まさか……」
隣のクリスが思わず驚嘆の声を上げた。『ファミール家』、何度かこの耳で聞いた家の名前だ。そうだ、今、思い出した。
「ええ、先程あなた方がお話されていたシャンド・ラズユー様には、大変お世話になっております。厳格な貴族であるサーザント家の跡取り、クリス様」
彼はスマートにそう伝えると、クリスに向かってにっこりと微笑んだ。
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