1章 15.あいつに反撃してみた。

「やっぱこのポーズで歩くと気分いいっすね!」


「そうだろう、そうだろう!」


 私はサンダリアンに、どやっとした笑みをこぼしながら言った。

 賑わいを見せる昼の街。昨晩雨が降ったせいか、地面は至るところに水たまりが出来、ぬかるんではいるが、街の賑わいを反射させ、キラキラと輝いているようだ。


 両隣の路面には様々な飲食店、市場、店などが立ち並び多くの人々が行きかっている。街の中心付近なのかもしれない。そんな中、数歩先を歩くサンダリアンは意気揚々と腰に両手を当て、仁王立ちのまま歩いている。猫背の背中もピンと伸び、風格さえあるようにも見える。


「僕、なんだかどんどん恥ずかしくなってきたんですけど……」


 私の隣では、白い布に包まれた絵画を両手で大事に抱えているせいもあるのか、今度はクリスが猫背になっている。以前はハイパワーポーズなサンダリアンへ向かって、「かっこいいですね!」とか言ってた癖に、あまりにも彼が街中であのポーズばかりするせいか、今度は羞恥心が勝ってきたらしい。それもそうだろう。周囲を見渡すと、確かに私達は注目の的だ。そんな中、気にも止めず仁王立ちポーズで歩き続けている男がいるのだ。さすがなハートな剣士、サンダリアン。


「おい、しっかりしろクリス! 君は今からこの世界に一石を投じるんだろ!? それに私との約束も忘れていないだろうな?」


「も、もちろんですっ」


 若干顔を赤らめ、しどろもどろのクリス。乳押さえの約束はちゃんと覚えているようだ。


 すると目の前を歩いていた威風堂々なサンダリアンの歩みが急に止まった。

 

「あいつは……」


 彼の視界の先を見て私は呟いた。そこには、会いたくない奴が口角を片方だけ上げ、立ちはだかっていた。


「ラズユー……さん」


 サンダリアンがそう言った矢先、大柄な男は目を細めた。


「お前、もしかしてサンダリアンか!? 嘘だろ……!?」

 

 サンダリアンを一指し指で刺し、今にも腹を抱えて転げ周りそうな勢いだ。


「どうしたんだ、その髪型、ついにトチ狂ったか!?」


「違う! これはアートっす!!」


「あーとぉ!?」


 すぐさま、サンダリアンは反論をしたが、相手は全く動じていない。声が裏返えるほどに、皮肉たっぷりの疑問符だ。


「そうっす! 俺はハートの剣士っす!」


「ハートの剣士ぃ!? 何言ってんだ? お前、頭大丈夫か!?」


「俺はまともっす!」


「そう言ってる時点でもうまともじゃないんだって! だいたいお前がどんな変な髪型にしたって何も変わんねぇんだよ! ハートの剃り込みしても、どんな格好に変わったとしても弱くていくじなしには変わらねぇ! お前はお前でしかないんだ! 分かるか? だいたいアートなんて意味の分からないことを抜かすんじゃねぇ!」


 ラズユーがジャンピングキックをお見舞いしたい程に、胸糞悪い言葉をつらつら並べた瞬間、前に出た男がいた。


「……アートは意味が分からないものではないです。決して」


 クリスがラズユーの前に出ていた。


「お前は確か、この間、奴と討伐ギルドにいた画家のガキか。どうせ売れていない画家だろ? ははっ」


 ラズユーが小馬鹿にした言いぐさで言い放った。


「おい! 二人を馬鹿にするな! サンダリアンは以前のままではない! それにこのクリスには立派な支援者がいるんだからな! この私というパトロンが!!」


 クリスが悔しそうな表情を浮かべた時、私は胸に手を押し当て、思わずクリスの前に出た。どうしても黙ったままではいられなかった。


「はぁ~? パトロ~ン!? 男装してる奇怪な女がか~!?」


 明らかに私達を馬鹿にしている。クリスは肩を小刻みに震わせながらも反撃に出た。


「……例え僕が名もなき画家としても、このサンダリアンさんの姿には根本的な意味があるんです!」


 クリスは今もずっと大切に握りしてめいる肖像画をぎゅっと抱き締めた。そんな彼は、懸命にその絵画の存在の意義を訴えようとしていた。


「意味だとぉ? はっ、そんなダサいヤツの意味なんて聞きたくもない。そのまま奈落の底で仲良く3人で討伐ごっこでもしておけよ」


「おい、いい加減に……」


 脳内の血管が切れそうになった私がそう言いかけた時、ラズユーがクリスの肩をどつくようにどんっと強く押した。すぐに彼は地面へ豪快に尻もちを付いてしまった。その拍子にずっと大事に握りしめていたサンダリアンの肖像画が、手の中から滑り落ちた。包まれていた布がサラリとはげ落ち、二次元化されたサンダリアンの自画像が、雨でぬかるんだ地面の上で露わになった。


「おいおい、これはなんだ~?」


 ラズユーが興味あり気にキャンバスを拾い上げ、深々と見つめている。だが顔は明らかにニタ付き、心底ハラワタ煮えわたる表情だ。


「サンダリアンさんです……!」


 ぬかるんだ地面に、へたり込んだままのクリスが下から睨みながら言った。


「はぁぁ? これがサンダリアン? 嘘つけ。肌の色も髪の色も違うじゃねぇか。瞳は赤だとぉ? だいたいこの背景の黒の炎ってなんだよ。お前が描いたのか? はっ、こんなの炎でもなんでもねぇし、肖像画でもねぇ。だいたい自分の顔なんて、記憶石に読み込んでもらえれば即解決だろ? 画家の仕事なんぞ、記憶石に取られて終わりじゃねぇか。お前もよーーく分かってんだろ? なんでこんな意味ねぇことするんだ? 全く理解出来ねぇな」


 吐き捨てる様にそう言い終わると、奴はとんでもないことをした。キャンバスを近くに会った土色で濁った水たまりの中へ投げ込んでしまったのだ。


「絵が!!」


 クリスが慌てて土色の水たまりへ駆け寄り、キャンバスに手を伸ばし掴み上げようとした。だが、大きな足によってその行動はふさがれてしまった。ラズユーの巨大な足によってその絵は汚れた水たまりの中へ固定された。ラズユーは満足げに笑いながら、絵を踏み続けている。


「足を離してください……!!」


「おい! その汚ない足をどけろ!! ふざけん……」 

 

 クリスに続き、完全に何かがプツリとした私がそう言いかけた瞬間、あの男が前に出たのだ。 


「もうそれ以上はやめるっす」

 

 サンダリアンだった。腰を低くし、右手には剣の柄をぎゅっと握っている。明らかな戦闘態勢だった。


「サンダリアン……」


 私は彼の名を呟いた。サンダリアンの顔はいつものへらりとした顔と違い、怒りに満ち、燃えているようだった。


「おいおい、お前、まさか俺に剣で挑もうっていうのか!? 何度も笑わせるな……!」


「それ以上、この人達を侮辱すると俺が許さないっす。その足をどけろっす」


「最弱のお前が俺に指図すんのかぁ!? おいおい、お前ちょっと見た目が変わったからと言って調子に乗ってんじゃねぇよ……!!」


 耳触りな金属音を立てながらラズユーは剣を抜いた。サンダリアンとは比べ物にならない程に大剣だ。それに続くようにサンダリアンも抜剣した。


 ほぼ同時に走り寄り、ぬかるんだ地面を弾き、水たまりは波紋を作った。両方同時に剣を振りかぶった。鉄と鉄同士が金切り音を立て重くぶつかり、鋭くつんざくような金属音が街中に広がる。周囲がざわめきだし、私達の周りにはどんどんと人だかりが出来始めた。


 ふいに嫌な予感がした。これは危険ではないか。今のサンダリアンは果たしてラズユーに勝てるのだろうかと。


「くっ……」


 サンダリアンがラズユーの大剣からの攻撃に、苦しそうな息を漏らす。明らかに彼はラズユーに押されている。顔をゆがめ、ヤツの大剣に耐え忍んでいる。それもそうだ、体格差がありすぎる。


「おいおい、ご立派な勇者様よ~そんなもんか~? こっちはまだ全然余裕だぜ? 力なんてちーっとしか出してねぇぞ~?」


 じりじり背後に押し出されるサンダリアン。ここで一度剣が引かれ、もう一度ラズユーから大きく振り上げられた攻撃が降り注いだその時だった。


 彼の手から剣が空高く飛んだのは――


「サンダリアンさん!!」


 クリスの叫び声のような一声が街中に響く。


 最後の一撃により、ラズユーに剣ごと派手に弾き飛ばされたのだ。サンダリアンの身体は背中から地面へ激しく打ち付けられた。私達はサンダリアンへすぐに走り寄り、無惨にも転がった彼を抱き上げた。


「サンダリアン、大丈夫か!?」


 泥水で汚れた姿のサンダリアンは、酷い疲労感を見せ、息も荒かったが意識はあった。だが、何度も名前を呼び、幾度となく声を掛けたが、サンダリアンは終始無言だった。ただその表情だけは、戦いの疲労と共に今まで見たこともない悲愴感を抱え込んでいた。その時ラズユーの憎たらしい声が響いた。


「おい、サンダリアン!! お前がどんなに見た目を変えたって、強くはなれねぇ! 分かるか!? そんな戦士ごっこはさっさとやめろ!! 目ざわりなだけだ! オレがとっておきのいいことを教えてやる。人は変われねぇ!!」


「お前っ……!!」

 

 私が地面から立ち上がり、言い返そうとしたその時、先刻まで剣を握っていたあの右手が、私の目の前を塞いだ。


「もういいっす」


「サンダリアン……?」


 そう彼に声を掛けた時、ラズユーは皮肉たっぷりに笑いながら去って行った。

 

 その姿をただ茫然と3人で見送るしかなかった。

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