1章 14.心で感じてみた。
「レイさん、レイさん!!」
遠くからまだ声帯が整っていないような、くすぐったい声が聞こえる。
「朝ですよ! いつまで寝てるんですか!!」
「へ?」
目を開けるとそこには金髪青眼のコントラストが眩しい太陽のようなきらびやかさを持つ少年が立っていた。
「え、天使? お迎え?」
「もー、何言ってるんですか!! 寝ぼけてないでさっさと起きてください! サンダリアンさんも、もう来てますよ!?」
「サンダリアン……?」
思わずがばっと起き上がった。ここで目の前の天使とおでこごっつんハプニングと行きたいところだったが、残念ながらそうはならなかった。クリスのサッと避ける反射神経は意外と素晴らしく、とてつもなく速かった。
「君、戦士の才能もあるんじゃないか?」
「はい?」
朝からしかめっ面をしている金髪美少年の背後には、個性極まる斬新なハートの剣士、ネイチル・サンダリアンが顔をのぞかせていた。今日は甲冑姿ではなく軽装だが、腰にはしっかりと剣を刺している。
「おはようございまっす! レイさん!」
「ああ、おはよう。二人とも」
先日の出来事が瞬時に蘇って来た。私はガ〇ダムのシャーさながらの赤い流星に願ってしまった為に、なぜかこの世界に来て、悲観的すぎる少年だった食えない画家サーザント・クリスと共に森で魔物オークに襲われ、ランク最下位剣士ネイチル・サンダリアンに助けられ、乳押さえを買うために、いや他にも色々あったが、クリスによってサンダリアンの肖像画を完成させるに至った。だいぶ略ったな。ま、いいか。
「あの、すみません……。僕、あの後急に寝ちゃったみたいで……。ベッドも本来ならレイさんが寝る場所だったのに……」
クリスをベッドに寝かせた昨晩、本来ならクリスが寝ると言っていた画廊部屋のソファーで私は朝まで寝ていた。だいぶ寝坊したが。
「気にするな。あれだけの作品をこの短期間で仕上げたんだ。それに元々あのベッドは君のものだ。私は居候の身だからな、気を使わなくていい」
「分かりました。けれど最初に言った通り、このベッドは使っていいので」
なぜか照れくさそうにそう言うと、サッとキッチンへ向かって朝食の用意を始めた。可愛いヤツだ。
「すごい……! なんだこの朝ご飯は!!」
ダイニングの小さな丸机に目をやると、たくさんの食材がずっしりと置かれていた。何かの肉の塊、数多のパン、新鮮な野菜など、どれもキラキラと輝いて見える。昨日の昼食以降、何も食していなかったせいもあるだろう。
「サンダリアンさんが持って来てくれたんですよ。オーク討伐依頼の報酬が入ったそうで。これで一時は食材に困らなさそうです」
「あの時は二人がいてくれたから討伐出来たみたいなもんっすから! これはほんのお礼っす」
よく考えれば、あの時の私達は完全に囮だった可能性もあるのか。まあいい。過ぎ去ったことを深く考えるのはやめておこう。
「ありがとな、サンダリアン。めちゃくちゃうまそうだ!」
「サンダリアンさん、有難くいただきます。ここ最近まともに食べられなかったんで……」
育ち盛りなのにそれは大変よろしくない。いつも気になってはいた。
「クリス、君がまともな食事を毎日食べられるよう、はやくこの状況をどうにかしてなくてはいけないな。……あの絵がそのきっかけになると私は信じている」
机に並べられた食材達を小分けしながら、朝食を用意するクリス。干し肉らしきものを薄くスライスし、フランスパンのようなものに葉野菜と共に挟んでいく。私は皿や飲み物などを用意することにした。
「あの絵、僕が画家として……、今出来る事を注ぎ込んだんです」
クリスは動かしていた包丁をピタッと止めた。目線はまな板へ落ちたままだ。
「ああ、そう感じる」
「すごかったっす!! めちゃくちゃ俺かっこよくてびっくりしたっすよ!」
私の背後からひょいっと興奮した様子で顔を出し、発言するサンダリアン。
「よし、説明してもらおうか、この奇怪なアートの意味を……」
クリスは小さく頷くと、サンドイッチを人数分完成させ、皿の上に置き、静かに口を開いた。
「……色です。僕は色で僕なりの絵を表現したかったんです」
やはりそうきたか。
「確かに斬新な色使いだ。これはサンダリアンの色、そのものではない。何か理由があるんだろう?」
「はい。僕は……、記憶石には決して出来ない事を取り入れることにしました。いや、やりたかったんです。それは『色認識』です」
クリスが描いたサンダリアンの肖像画に目を向けた。構図は私が言った通りのものになっている。たくましい戦士として描かれている躍動感あるネイチル・サンダリアン。彼の上半身がメインに描かれ、銀色の甲冑を身に着け、深紅のマントを羽ばたかせ、鋭い目つきと共に、剣を空へ掲げている。今にもキャンバスから飛び出してきそうな臨場感だ。
背景は私が伝えた通り、火山だ。幾度となく油絵の具が重ねられ、その凸凹した岩石や炎の質感が命を宿したようにも感じられる。逆光に描かれているため、彼の表情には荒々しさも感じられるが、背後から影がかかり、ミステリアスな部分も見え隠れし、陰影ある肖像画になっている。まさしく『光と影』だ。だが、確実にリアルと違うのは、そう色だった。
「サンダリアンさんの髪は茶系、瞳も同じく、そして日に焼けた肌の色を持っています。ですが、その部分をそのまま描くと僕の表現は記憶石と全く同じものになってしまいます。火山や炎もそうです。自然の色にこだわる必要なんてない。レイさんが言われていた『光と影』をテーマにし、絵画だからこそ、僕だからこそ、心で感じる色を描く。それが今回打ち出したアートなんです」
まさしく『フォービスム』での表現だ。
『フォービスム』とは、カメラが登場したすぐ後である20世紀初頭、フランスで起こった美術運動の一つだ。ルネサンス以降、写真のように目に映る写実描写の色身ではなく、心が感じるままに描かれる色彩を表現することを言う。
その表現の設立者とも言われるのが『アンリ・マティス』だ。彼はフランスの画家であり、20世紀を代表する巨匠とも言われている。『色彩の魔術師』と呼ばれ、絵画の他に、彫刻、版画、切り絵などのアート作品を生み出している人物だ。『フォービスム』を代表する作品の1つに、自身の妻を描いた『緑の筋のあるマティス夫人の肖像』がある。その作品は当時のアート界に衝撃を与えたと言う。
クリスは続けた。
「戦士カードではまず依頼者に印象を残さなければいけない、レイさんはそう言われましたよね。だから僕は考えたんです。記憶石の通りに色を塗っては写実に変わりないと。そこで絵画でしか出来ないことを考えました。……以前からずっと考えてたんです。記憶石がこの世に出現してから僕に何が出来るのか。――その絵が答えです」
クリスは自身が描いたネイチル・サンダリアンの肖像画を強く凝視した。彼もまた『アンリ・マティス』と同じように模索していたのだ。マティスはカメラと戦い、彼は記憶石と戦おうとしている。自分だけのアートを追い求めて。
「なるほどな、だからサンダリアンの肌は青白く、髪色は銀髪なわけだな。瞳の色も赤い。しかも炎は黒とときたか」
「はい、そうです……!」
ちょっと待て、冷静に考えると元よりだいぶカッコよくなってないかこれ。イケメン・サンダリアンになっているぞ。確かにサンダリアンをカッコよく盛りに盛って描いてもらう計画だったが、思わぬ方向へ転がってしまった感がかなりある。
アンリ・マティスは、『フォービズム』を使い、一見奇怪に見える色彩表現を妻の肖像画に使ったために『自分の妻を公開処刑にしている』とまで言われた。その原因となった『緑の筋のあるマティス夫人の肖像』は賛否両論を巻き起こし、酷評までされた。これもきっと物議を
「よし、クリスの思いはよくわかった。言っておくが覚悟は出来ているか?」
「……もちろんです!」
彼はこの言葉の意味をきっと誰よりも理解しているのだろう。このアート界、いやこの世界に一石を投じる事になると言うことを。
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