最終章 5.サンダリアン

「俺はハートの剣士、サンダリアン!」


 茜色の日差しを木々の隙間の中で受ける中、今日も玉のような汗を吹き出しながら、この森で銀色に輝く剣を奮う。あの人に言われたように時間さえあれば素振りを行い、筋力強化に励むのが日課だった。その度にこの言葉を口にすると、不思議と力がみなぎってくる。だから今日も叫ぶ。


 あの人と出会ったのは、俺が剣士として最後だと思っていたあの日だった。あの時はそうだと思い込んでいた。あのオークを倒すまでは。剣士として最下位ランキングにずっと留まり、まともな食事にも在りつけず、身なりさえも整えられなかった自分に、何も希望さえもなかった自分に、やっと依頼された仕事だった。


 そんな絶望の中、結果的にあの二人を助けたことになり、それからあの人やクリス君からたくさんの手助けを受ける事になった。悩みを聞いてくれ、俺を何度も励ましてくれた。戦士カードの改善から始まり、身なりを整えてくれ、こんなにカッコイイ髪型にまでしてくれた。それに最高の称号まで与えてもらった。つまり、俺はハートの剣士、サンダリアン。


 ふと素振りを止めると、そっと左のこめかみに手を触れた。じょりっとした心地よい肌触りがとても好きだった。ハートに刻まれた剃り込みだ。いつもあの人が定期定に整えてくれる。そこへ触れているとなぜか心から落ち着く気がした。


 あの人は俺にハイパワーポーズまで伝授してくれた。そのポーズをする度に、風船のようにしぼんでいた気持ちが、ぱんぱんと膨れ上がるように力がみなぎった。泣いて笑って、ここまでやってきた。以前、心が折れかけたこともあった。だけどあの人は言った。「まだやれる」と。


 今の俺はこれまでにない程に活力に溢れ、生きる楽しさを知った。あの頃が嘘だったように、毎日が輝いていた。それもクリス君やあの人のおかげだった。モルファーさんとも友人になれ、これからも4人で笑って、時々泣いて、また笑って、そんな日々がこれからもずっと続くかと思っていた。まだまだ俺は強くなれる、心からそう思っていた。


 だけどあの人はこの世界から消える――


 俺は知っていたじゃないか、ずっと。あの人の住む場所は元々ここではなかったと。たまたまここへ辿りついてしまっただけなんだ。だから生まれ故郷へ戻るのは当たり前なんだ。そうだ、当たり前なんだ。


 何度も自身に言い聞かせながら、汗を無数に流し、息を切らし、剣を振った。くうを何度も何度も、切った。


 こんな想いは打ち消したかった。いつまでも弱いままではいけないと思った。俺は強くなる。もっと、もっと強くなる。剣をいつもより激しく、幾度となく振り下ろした。だけど切れない。何度そうしても無駄だった。目の前のくうだけは意図も簡単に切れるのに、なぜか自身のこの想いだけはどうしても断ち切れなかった。


「俺はハートの剣士、サンダリアン、のはずっ……」


 そう口に出せば出すほど、なぜか胸が締め付けられ、息が苦しくなり、心臓がドクドクと音を経て鳴り響いた。視界さえもかすみ始め、汗なのか何なのか分からない程にじんわりと暖かいものが頬へ染みわたり始めた。


「ハートの剣士は、こんなんに負けちゃだめっ、すね!!」


 誰に言ったわけでもない。だけど、言わずにはいられなかった。もしあの人がここにいれば、笑って「そうだ、その域だ!」と応援してくれるはずだ。


 いつの間にか素振りを止めてしまっていた。誰もいるはずのない森の中を茫然ぼうぜんと見つめていた。あの人との原点の場所。俺を応援してくれ、ここまで導いてくれた人。


 気が付くと、自分の足元には雫がぼたぼたと滴り落ちていた。今だけなら流していいかもしれない。汗に紛れてきっと誰も気が付かないかもしれない。


「レイさん、これは汗っす……、だって俺は……、強い、ハートの剣士……」


 今のうちにたくさん出して置けば、もうすぐやってくるあの夜に、強くてカッコイイ姿であの人を送り出せるかもしれない。それがきっとあの人への恩返しだ、そう思った。ぎゅっと目を一度閉じ、そして広大な空を見上げた。


 そこにはいつかあの人と一緒に見た一番星が煌めき、鳥の鳴く声と、風のそよぐ音、そして自分の嗚咽おえつだけが響いていた。


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