2章 12.パーティーをしてみた。

「ちわっす! モルファーさん!」


「やぁ、サンダリアン君! 討伐の仕事だったんだろ? 二人から聞いているよ。ご苦労だったな!」


 モルファーがサンダリアンの大声に負けない強さで返答した。夕方になりサンダリアンが意気揚々と仕事を終え、ハイパワーポーズのままこの家へやってきた。腰に剣をぶら下げてはいたが、甲冑から着替えたらしく、緩やかな麻のシャツを着ている。彼の出現と同時に、一気に和やかな空気が部屋を包んだ。サンダリアンは意外とムードメーカーかもしれない。


「レイさん、これよかったらどうぞっ! 今日の討伐も成果報酬だったんで、俺張り切って、頑張ったっす!」


 以前のサンダリアンはもういないと言ってもいいだろう。目を輝かせ、私に褒めてくれと言わんばかりに嬉しい報告をしてくれる。その度に私まで嬉しくなり、つい二人で大声で喜んでいるといつもクリスに注意される。「この家の壁は薄いんですよ!」と。だがいつものように「やったな! すごいぞ!」と言いながら、少したくましくなったサンダリアンのこんがりした腕から茶色の大きな袋を受け取った。大きさに比べて以外と軽い。


「いつもありがとな。これはなんだ?」


 中身を覗くと、甘くて香ばしい香りが私の鼻孔をくすぐった。


「お菓子っす! 食後に食べたらどうかなと思ってっすね!」


「これは、……シフォンケーキではないか! この世界にもあるのか!」


 私は久々に見たその柔らかくふわふわな筒状の物体を慎重に取り出した。今ではもう果てしなく懐かしい香りだ。この世界に来てからお菓子のような贅沢品は口にしていない。想像しただけでよだれが溢れそうだ。これにはやはり自家製、じゃなかった自生ミントティーを淹れるしかない。


「レイさん、ここにこれを敷くんですか?」


 クリスが布団代わりにも使っている白いタオルケットの布を持ち、疑問符を浮かべている。


「ああ、そうだ。この部屋に敷いてくれ。その上に食べ物を並べるからな」


 キッチンを備えたこの部屋は8畳程の広さで大きなテーブルや椅子なんてもちろんない。そこで私は考えた。さすがにベッドが移動出来はしないが、いつも使っている丸テーブルや持ち運べそうな家具は画廊部屋へ移動させ、極力このダイニングを広くした後、布を敷き、ピクニックスタイルで食卓を囲うのもいいのではないかと。客人に床で食べさせるのはどうかとも思えたが、一式家具を揃える金銭の余裕も部屋の広さもなく、皆で食事をする方法はこれしか思い浮かばなかった。


「おお、ピクニックみたいで楽しそうだな!」


 モルファーは愉快そうに言いながら、クリスと一緒に敷物の布を木材の床へ敷いてくれた。


「すまないな、このような形で。本当は大きなテーブルと椅子があればよかったんだが」


「何、気にすることはない。斬新であり、こちらのほうが楽しそうじゃないか! さすが先鋭の画家の家だけある!」


 いつもの如く声を張り上げながら布を敷いた後、クリスやサンダリアンと一緒に手慣れた手つきで出来上がった料理を白い敷物の上へ次々と置いてくれた。先程からやたらと気遣いが出来る男だ。


 そこからは床の上で様々な料理を囲んで賑やかなパーティーとなった。酒もなく、決して豪華な食事とはいかなかっただろう。だが、床の上で大きな体を揺らしながらモルファーの傷だらけの顔は心から楽しんでいるように見えた。その時彼は自身のことも色々話してくれた。


「自分は、今年で30になる。10代の頃にこの地へ家族と共に渡り、そこから魔導士の仕事を生業にしている」


 他にも彼はこう言った。今では万能魔術士と言われているが、彼が自然エネルギーをきちんと操れるようになるまでに多大な時間がかかったこと。その修行の中で、この顔の火傷を作ってしまったこと。彼はサンダリアンが土産として持って来てくれたシフォンケーキを美味しそうに食べながら言った。決して暗くはならずに、明るく軽快な姿だった。私の自生ミントティーのおかげかもしれない。


「魔導士と言っても色んな種類がいるが、自身は鍛錬により全ての力を操れる万能力を修得することが出来た。自然エネルギーを体内に循環させ、行使するにもコツがあってな。顔の傷もその時についたものだ。だが、これが最も自分の誇りとするものだ」


 力強く、堅固けんごの身体にふさわしい物言いだった。


「それに魔術を操れる者は家族で自分しかいないのでな、随分羨ましがられている!」


「珍しいですね、魔術の行使能力は家系で受け継がれていくとよくお聞きします」

 

 彼の言葉にクリスが不思議そうに言った。


「ああ、だいたいはそうだ。だが、自分のように突発的に生まれる事もあるというわけだ!」


 なるほど、ハー〇イオニーみたいなものか。そんな地球生まれの固有名詞を思い浮かべながら、ハハっと自生ミントティーを片手に持ったまま上機嫌に笑うモルファ―をしげしげと眺めた。大丈夫だ、お腹は下していないようだ。


 しばらくするとパーティーはお開きになった。片付けをしつこく手伝うと言うモルファーをどうにか説得し、渋々了承をした彼の背中を私達は見送った。彼は所有している馬で訪れたとのことで、近くに停めているからここで大丈夫だと言い、私達の見送りを玄関先までに留めた。


「今日は楽しい1日であった! 明日討伐ギルドへあの素晴らしい絵を早速登録しようかと思っている。クリス君、自身の肖像画を描いていただき大変感謝している。……君達と友人になれて本当に嬉しく思う」


 彼は体内から絞り出すようにそう言い、別れ際、私達一人一人にきつく握手を交わした。その手は顔に負けないほどに傷だらけで、彼の今までの鍛錬が刻印されているようだった。そんな彼は名残惜しそうに表情を緩ませていた。別れた後も、その大きな体は何度も私達に振り向きながら手を振り、やがて暗闇の中へ消えた。一番星が美しく光る灯の夜だった。


「前からも思ってはいたが、やはり清々すがすがしい男だな」


 クリスの家へ続く階段を登りながら背後のサンダリアンとクリスへ振り向き言った。


「そうですね、あんなにも上位ランクの魔術士なのに。自信家だけど、全く嫌みもない人で。それにあんなに明るい方だったとは思いませんでしたよ。噂では正反対だったので」


「正反対だと!?」


 私はその言葉が思いのほか衝撃的で、背後のクリスに噛みつくように言った。答えたのは彼の隣でやはりハイパワーポーズで階段を登るサンダリアンだった。


「そうっすよ。寡黙で必要以上に人と関わらない魔術士って俺もよく聞いてたっす!」


「噂は独り歩きしますからね。全く違う情報が広がる事はよくありますよ」


 クリスがうんざりしながら、付け加えるように言った。そのことに関して私達はラズユーの件で嫌なほど思い当たる節がありすぎた。噂はあくまでも噂だ。それが決して真実とは限らない。恐らく彼の見た目のせいもあり、そんな噂が生まれてしまったのだろう。彼もまた上位ランクの世界で、様々な障害と戦いながら日々を過ごしているはずだ。噂など、定かではないことに一喜一憂はなしだ。例え彼がどのような性格だとしても、信じたいものがあれば信じればいい。それでもし痛い目に遭う日が来たのならば、またその時はその時だ。


「そうだな!」


 私はクリスの青い瞳を見つめ、力を込めて言った。

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