1章 23.表現をしてみた。
頭上高くに登る太陽がやたらに眩しい昼下がり。キリミア王国の首都であるこの街イハルーンは、今日も賑やかな活気に包まれている。
話があるとのことで、噴水の上がるきらびやかな広場でファミール家のアルフェンと待ち合わせをすることになっていた。私はそんな側で戯れる水を眺めながら、これまでのことを思い出していた。
あの日、サンダリアンが倒れた後、茫然と立ち尽くしていたままのラズユーは、城の兵士達に連行された。風の噂では、どうやらラズユーは剣士ランキング3位から酷く落ち、ファミール家や私達への殺人未遂容疑で投獄されているとのことだった。
私達は事情聴取を受けるはめになったが、この街イハルーンで力を持つ貴族であるファミール家の発言もあり、サンダリアンは正当防衛として判断され、私達はお咎めを受けずに済んだ。そして彼の剣士ランキングは上昇し、最下位ではなくなっていた。
私達はついに成し遂げたのだ――
サーザント・クリスの画家としての力、そしてネイチル・サンダリアンの影なる努力でこの仕事を掴み、迎え撃つライバルへ正々堂々と挑んだのだ。
「話ってなんっすかね」
いつもの軽い口調での声が背後から届いた。振り向くと、あの戦闘時の姿や表情が嘘だったかのように、へらりと笑う彼がいる。ここまで走ってきたようで肩を揺らし、息を弾ませていた。サンダリアンも今、この噴水広場へやってきたのだ。
あの時倒れたサンダリアンは、城が管理する病院へ運ばれ、数日の間療養した。どうやらあまりにも神経を張り詰めさせ戦っていたせいか、ラズユーを負かせた後、急に緊張の糸が切れ、倒れたらしい。口調まで変わるほど神経を尖らせ、私達を守ってくれたハートの剣士、ネイチル・サンダリアン。以前より少しかっこよく見える。
「サンダリアンさん、ちょっと待って下さいよ~」
息を切らし、ゼーゼーと走り寄って来るクリスも姿を現した。右手には小ぶりな茶色の紙袋が抱えられていた。今日は3人ともアルフェンに呼び出されたのだ。
「あ、クリス君、ごめん!」
「もうサンダリアンさん、どこでもハイパワーポーズで走って行くんですから~。僕は戦士じゃないんですよ、こっちの身にもなってくださいよ~」
「クリス、戦士ではないなら君はなんだ?」
「画家です……!!」
彼は私の問いに、カラフルな絵の具を多く飛び散らした服を見せびらかすように、堂々と言った。
「もちろんそうだよな! 今後も素晴らしい作品を期待する! 私は君のパトロンとして変わらぬ支援を続けよう!」
「はいっ、今後も宜しくお願いします!」
クリスが眉をピッと吊り上げ、やたら真面目に返事をする姿がカワイイ。まさしくアート界の天使。
すると近くを通りかかった若い女性が、サンダリアンへ恥ずかしそうに話しかけ、握手を求めた。どうやら彼のファンのようだ。
「サンダリアンもなかなか有名になったもんだな」
「レイさんとクリス君のおかげっす!」
サンダリアンは剣士ランキング3位のラズユーを打ち破ったという、あの騒動から一躍有名になり、なんとファミール家から仕事を引き続き任せられることにもなった。しかも定期契約でだ。息子であるアルフェンの森での護衛仕事を継続的に得られるようになったのだ。これで定期的に安定した収入も入ることになる。
すると、すぐ様サンダリアンは、私とクリスにその収入の半分もの金額を渡すと提案してきたのだ。そんなにもらえないと二人で断ったが、彼はいつものようにへらっと笑い、『二人のおかげで今があるっす』と言ってくれた。
「どこ行ってたんだ?」
ここへ来る途中、二人は寄るところがあると言い、道を外れ、私は先にここへ辿り着いていた。
「あ、これ、レイさんに買ってきましたから。約束通りに」
「まさかこれは……!!」
クリスから手渡された紙袋を慌てて開けると、なんと純白な乳押さえが出てきた。
「まさか、君達二人だけで買ってきたのか……?」
「そうっす。約束してたんで!」
「男に二言はないです」
クリスが胸を張り、得意気に答えた。
「クリス君、店内でずっと赤面してたっす!」
一丁前にかっこつけたクリスへ向かって、サンダリアンが水を差した。
「ちょっ……! それは言わないでって、さっき言いましたよね!? だいたいあんな下着だらけの空間にいて普通ではいられないですよ!! それにサンダリアンさんも人の事言えなかったじゃないですか! 大きさのこと聞いてる時だって……」
ぎゃあぎゃあと顔を赤くしながら言い合う二人。この二人には、私の願いさえ叶えてしまう力があるらしい。
――よし! 決めた!! 私の乳押さえ、二人に買ってもらおうじゃないか!
もう遥か昔のようにも感じる。あの言葉を二人に伝えた時のことを。彼らはあの言葉をしっかりと覚えていたのだ。しかも下着店へ男二人で入り、買ってくるとは想像以上の勇気の持ち主だ。きっとこの世界では安価なモノではないだろうに。鼻の奥がつんとしてきた。涙出そう。私は感極まりそうなところで「着けて来る!!」と言い、「え?」と発する二人を残し、素早くその場を立ち去った。
人影のない細い路地へ入り、辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、早速がさごそとおムネに付けてみる。
「嘘だろ、シンデレラフィット……!!」
付け心地も最高だ。あの二人はいつの間にか私の胸の大きさを把握していたらしい。いやもしかするとうんと考え、このようなサイズに行き着いたのかもしれない。なかなか隅に置けない者達だと心底思った。女を知らないような顔をしてなかなか見込みのある男達だ。
私は久々に胸を優しく締め付けるこの感覚に思いを馳せた。いや胸を寄せた。これこそが女に生まれた醍醐味。
いざ出陣! という気分で元の場所に戻っていると、遠くから赤毛のアルフェンの姿を確認した。どうやら待ち合わせ場所に到着したようだ。あの二人と何か話し込んでいるようだった。
「おーーい! アルフェ……」
手を振り上げ、そう言いかけた時だった。クリスの様子がおかしい。なぜだか下を向き、顔を上げようとしない。
「え、どうしたんだ……!?」
彼はアルフェンの前で立ち尽くしたまま、手で何度も顔をぬぐうような仕草をしていたのだ。
「まさか、泣いているのか……?」
何が起こっている、なぜクリスが泣いている。全く予測もつかず、駆け足でその場へ戻った。シンデレラフィットの純白乳押さえのおかげで、あの頃のようにもう胸が揺れない。豪快に走れた。ナイス乳押さえ。
「どうしたんだ!? クリス、なぜ泣いてるんだ!?」
「レイさん……」
クリスは目を真っ赤にしながら、私の顔を見るなり、右手の手の平を差し出してきた。そしてゆっくりと広げた。その手の中を覗くと、一つの輝かしい丸いコインがあった。金貨のようだ。
「僕のっ、ばーちゃんがっ、ばーちゃんが……!!」
泣きじゃくっていたためか、そこから上手く説明出来ず、言葉を詰まらせた。
「クリス様、わたくしから説明をします」
代わりに口を開いたのはファミール家の跡取りの赤毛天使、アルフェンだった。彼は続けた。
「実は……、わたくしの絵画の師匠は、彼の祖母であるサーザント・ミラ様だったのです」
「え……?」
私は目を見開いた。どういうことだ。状況を上手く把握出来ずにいたところ、アルフェンは続けた。
「彼女はわたくしに貴族とばれたくなかったのか、旧姓を使い、絵画の指導をしていたのです。まさかサーザント家の女性だとは思わず、サーザント・クリス様のご活躍を伝えたら急に涙を流され……。わたくし自身も大変驚きました。そしてこの金貨を渡してくれと申されたのです。これは、ばーちゃんからの支援ではなく、お礼だと言ってくれと。これからもこの世界のアート界に革命をもたらしてくれと」
するとクリスが、自身で握っている輝かしい金貨を涙目で見つめ、肩を震わせながらどうにか口を開いた。
「ばーちゃんはっ、僕と同じ夢を持ってたんです……。小さい頃からずっと……」
クリスが泣きじゃくりながらも、ゆっくりと告げ始めた。
「だけどっ、やっぱり叶えられなくて……。ばーちゃんはサーザント家へ嫁ぎ、その人生を捧げました……。それはそれで幸せだったと……。けれどっ、記憶石の出現で落胆したばーちゃんをずっと僕は見てました……、知ってました……。そんなばーちゃんを僕は見ていられなくて……! 僕はっ、僕は……、ばーちゃんの叶えられなかった夢を叶えるんです……!!」
スイッチが入ったかのように、さめざめと更に泣き続けるクリス。けれども、その言葉にとてつもない情熱を感じた。
彼の手の中にある美しく黄金に輝く金貨には、クリスの祖母サーザント・ミラの想いがしっかりと込められていた。
私はクリスのか細い肩に右手を置き、力の限り伝えた。
「これからもぶちかますぞ。私達なりのアートを! 表現はいつでも自由だ。誰もがな!!」
「……はいっ!!」
クリスが水滴に濡らした顔をしっかりと上げ、威勢のよい返事をくれた。
そしてその横で、サンダリアンが潤んだ瞳で、私達へ微笑みを見せてくれていた。
「さぁ、今が泣く時だぞ。この為にずっととっておいた涙だ」
私は彼らに伝えた。そして二人は私の顔を見て声を出し笑った。自分にこの言葉を使うことになるとは思いもしなかった。
「ありがとな……!! 乳押さえもっ!!」
私は彼らへ飛びつき、二人の肩を引き寄せた。いきなり抱き着かれた二人は、驚きつつもはにかみながら微笑んでくれている。隣のファミール・アルフェンも優しく私達を見守ってくれていた。
「また、これからだ」
二人にそう言った。
サンダリアンはどんどん強靭になり、精神さえもまだまだたくましくなっていくだろう。
クリスもまた、新たなる表現を見つけ、アート界をゆるがし、進化し続けていくだろう。
そして私はクリスやサンダリアンのような夢追う者達を支える者として、支援者となり、この世界で生きていく。
今ならはっきりと言える。これが私が探し続けていた夢、そして仕事だ。
新しい夢と新しい私、そして仲間。
異世界でのアーティシズムが今、幕を開ける――。
1章 「アートの可能性」
完
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