2章 表現の可能性
2章 1.清々しい朝を過ごしてみた。
「ちょっと、サンダリアンさん、何やってるんですか!」
「え、何って、レイさんのここのサイズ計るんだろ?」
「いや、そうですけど! そんなあからさまに胸をっ……、あ、違いますって! レイさんはなぜかうなされていてこの世のものとは思えない程に奇妙な雄叫びを上げていて、心配になって慌てて様子を見に来た設定だって、僕、言ったじゃないですか!」
「あ、そうだったな、すまない!」
何やら遠くから聞き慣れた声が響いた。ヒソヒソと話す声だったが、なぜかはっきりと聞き取れた。私は今、どこもかしこも真っ白な
「どうしたんだ、二人とも。そんなに焦って」
声をかけたはずだが、二人ともこちらに見向きもしない。5メートル程しか離れていないのに、二人とも反応をしないのだ。しかもなぜかこれ以上近付けない。何なんだ、この空間は。魔術か何かのせいなのだろうか。
「クリスっ! おい、サンダリアン!」
両手を口元に当て拡声器のようにして声を張り上げたが、何度叫んでも無駄だった。二人には私の声が全く聞こえていないようだ。声を落としたまま困惑顔でヒソヒソと会話を続けている。
「よし、俺がまたレイさんを一瞬持ち上げるからその間に背中の下に置いてくれっ」
「え、ちょっと、そんなにあからさまにしたらレイさん起きますって!」
私を持ち上げる? 起きる? 何を言ってるんだ、この二人は。私はここにいるし、起きてるぞ。
「一瞬だし、きっと大丈夫なはずだ。この間もこれで上手く行ったし……」
「いや、この間はサンダリアさんの看病で疲れ切って寝てたから……」
サンダリアンがラズユーとの戦闘後に寝込んでいた時のことだろうか。確かにあの時期は彼が入院していた病院へ何度か足を運び看病を行った。だが、この間とは。いつの話をしているのかやはり不明だ。
「どの道この方法しかないんだ。こんなによだれを垂らして熟睡してるし、きっと行ける、はずだ!」
「えええええ」
クリスの項垂れた声が響く中、自分の口元をすかさず触り確かめた。出てないぞ、よだれなんて。それに熟睡どころか寝てもいないし、ここにいる。サンダリアンめ、失礼なヤツだ、全く。と言いたいところだが声が届かないのなら仕方ない。
「よし、クリス君、準備はいいか?」
「わ、分かりましたよ……」
何やらクリスはサンダリアンの意見に渋々了承した。それを確認したサンダリアンは、闘志を灯したかのようにふと体中に力を込めたのが分かった。
「……せーの!!」
サンダリアンの掛け声が聞こえた瞬間、自身に妙な浮遊感を覚えた。しかも首に何か重力のような圧がかかった気がする。背中も不思議とじんわりと暖かくなり、人肌のような温もりを感じる。何ともしれない奇妙な感覚に見舞われた時、あの二人は一瞬で靄の包まれ、目の前から消え去ってしまった。そして残された彼らの、ヒソヒソとした声だけが周囲へ響いた。
「もう少しっ、背中っ、上げないとっ、入らないです、よっ!」
「わ、分かった」
クリスだ。かすれた声だったが、酷い焦りと必死さが伺えた。サンダリアンも何やらヒヤヒヤと応対しているようだ。同時に段々と増す自分の首の違和感と火照るような背中の熱も無視出来なくなってきた。そんな中、彼らの四苦八苦している音色の元をきょろきょろと探索したが、辺りの景色は白一色で全く変化する様子もない。
「一体どうなっている……?」
体中を駆け巡るおかしな感覚もあり、どうしようもないこの状況に頭を抱え――、ても仕方ないので、とりあえずその場でもがくように拳を振り上げ、地団駄を踏むように暴れた。
「え、ちょっとサンダリアンさん、上げすぎっ、上げすぎですって! え、なんかレイさんの様子がおかしいですよ! いつもより!! あ、頭がっ、あらぬ方向にっ……、よだれも逆流してますって! うあっ!!」
なぜか驚嘆するクリスの声がこの白き空間に響き渡った時、私の意識はそこから遠退いた。その時、自身が握り締めていた右手の拳が何か柔らかいモノに当たった気がした。
「ぶっ!!」
サンダリアンの奇怪な叫び声が耳元を通過した。同時に鈍い衝撃がなぜかこの身体中を駆け巡った。そこからどんどんと視界は広がっていき、先程の白い靄空間は一切無く、いつもの見慣れた木材の天井が視界に入った。
鳥の可愛いさえずりが外から聞こえる辺り、どうやら朝のようだ。そこで気が付いた。何やら私のベッドは蠢き、低いうめき声を発している。明らかに異常事態だ。私は昨晩、確かにベッドで寝ていたはずだ。今、私が寝ているのはベッドではないというのか。現在の寝心地は非常に悪く、体の節々もなぜか痛い。そして右手もズキズキする。全ての様子がおかしい。段々と意識がはっきりしてきた時、先程のうめき声は理解出来る言語へ変化していた。
「クリス君、す、すまない……」
「……も~、だから言ったじゃないですかぁ」
サンダリアンとクリスの声だ。どうやら二人は私の下敷きになっている。今、やっと気が付いた。サンダリアンは申し訳なさそうに言葉を紡ぎ、クリスはうんざりしたかのような声色だった。
「どうなっている……、あっ……!」
二人を自分の下に敷いたまま、唐突に理解した。先程の白い靄空間は恐らく私の夢だ。夢と現実の狭間にいた私は、ずっとこの耳で聞いていたのだ。サンダリアンとクリスの会話を。実際に二人はこの部屋にいてあの会話を繰り広げていた、というわけだ。
「……レイさん、起きてるならっ、はやくっ、どいて下さいっ」
クリスの苦しそうな声が漏れた時、私はまだ寝ぼけ眼だったが、どうにか上半身を起こし、真横にずれ込むように身体を移動させた。そこで見た二人の光景は、なぜか少し鼻血を出し、申し訳なさそうに天井を仰ぐ仰向けサンダリアンに、その真下には木の床に打ち付けられたかのように、つぶれた声を漏らす、うつ伏せ金髪天使クリスがいた。どうやら私はこの二人の真上で寝ていたようだ。いつからかは分からない。
私とサンダリアンに押しつぶされていたクリスが一番辛そうだった。サンドイッチになって三人一緒に仲良くおねんねしていたわけではないことは明らかだ。どう見てもこれは悲惨な状況だ。私が退いた後、二人はやっと牢獄から解き放たれたような罪人のような顔で恐る恐る上半身を起こした。その時クリスの右手に白い紐状の何かが握り締められていることに気が付いた。どうやらメジャーのようだ。
「どうなっている。二人はここで何してたんだ? 説明してくれ」
私は何事かと、頬に逆流していたよだれを袖でぐっと拭きながら言った。今ならあの夢の中で聞いた二人の会話の意味がおおよそ理解出来た。だが、不明な点がいくつかある。一体この二人がここで何をしていたのか、だ。あの会話から二人が私に何かをしていたことだけは分かる。だが、それが何なのかがさっぱり分からない。私が問いかけた瞬間、サンダリアンは鼻血を袖でそっとぬぐいながら頬を赤らめ、クリスも一緒に白い頬を染めた。何か恥ずかしい事でも言っただろうか。
「だんまりしてても分からないんだが? はやく教えてくれ」
急かすように強く尋ねてみた。別に私は怒っているわけではない。ただこの状況をちゃんと説明してほしいだけだ。だが、サンダリアンもクリスも視点が定まらないのか目を泳がせ、ゆでタコのようになったまま床の上で硬直し、黙り込んでいた。一向に口を開かない二人だったが、流石にこのままではまずいと思ったのか、ここは年上の俺が! という雰囲気で、サンダリアンが口をパクパクし始めた。ついに何かを喋り始めるらしい。
「レイさんのっ、そのっ、サイズを、っすね……」
「サイズ? 一体何のサイズだって言うんだ」
私は増々沸騰しているサンダリアンの隣で、クリスが未だにぎゅっと握りしめているメジャーを再度見つめた。なるほど、そのメジャーで何かを計ろうとしていたわけだな。しかも私にこっそりと。クリスは青と赤のコントラストを持ち合わせた
「レイさんのっ、ぶっ、ぶっ……」
「ぶっぶっ?」
沸点を通り越して揚げ物でも作れそうなサンダリアンの顔をまじまじと見つめていたその時だった。観念したのかずっと押し黙っていたクリスが唐突に口を開いた。
「ああああああもう!! ブラジャーですよ!!!!」
清々しすぎるほどの静けさがこの部屋を包んだ。
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