1章 22.彼を信じてみた。

 ついにファミール家の仕事依頼日がやってきた。


 今、私達はそのファミール家の豪邸の目の前にいて、その家の跡取り、アルフェンの出発用意が整うまで外で待機している。そんな私の目の前には銀色の甲冑を身に着け、剣士として武装した仁王立ちをしているサンダリアンが堂々と立っている。肖像画を描く時にも身に着けていた深紅のマントまでなびかせ、その風貌は以前より比べ物にならない程に威勢があった。その横では金髪青眼のクリスが、緊張した様子できょろきょろとしつつ、突っ立っている。私とクリスはサンダリアンの門出を見送りにやってきたのだ。


「ついにこの日がやってきたな」


「ついにやってきたっす! この日に向けて鍛錬した成果を見せるっす!」


 鍛錬を初めて1か月程だろうか。サンダリアンの猫背はかなり改善し、以前より気持ち程度だが、たくましい体つきに成長している気がする。それに身体だけではない。精神が以前よりかなり安定しているようだ。それだけで随分と雰囲気も変わって見えるものだ。『俺なんて』といつも嘆いていたサンダリアンの姿は、今はどこにもない。すると豪邸の2枚扉がゆっくりと開いた。赤毛天使、アルフェンの登場だ。


「ネイチル・サンダリアン様、ご無沙汰しております。ファミール・アルフェンと申します。10年前は命を助けていただきまことにありがとうございます。今のわたくしがこの世に存在しているのはあなたのおかげです」


「い、いえ……、実はファミール様を救ったことをきっかけに俺は剣士の道を選んだんす……。またこうやってファミール様をお守り出来る事、すごく光栄っす」


 サンダリアンはお辞儀をしつつ、気恥ずかしそうに本人へ直接思いを告げた。まさしく感動の再会だ。そんな暖かな空気に包まれていたこののどかな時間を、突然突き破るような声が響いた。


「おい! サンダリアン! いつまでも調子に乗ってんじゃねぇ!」


 ラズユーだ。私達が集まる道の反対側に出で立ち、いつも以上に武装している。しかも既に剣を抜き、握りしめている。


「あいつめ、やはり来たか……」


 私がそう言うと、サンダリアンは無言のまま剣をゆっくりと抜いた。深紅のマントが風に煽られ、豪快に広がった。彼の眼は、今まで見たことのない闘志に燃えている。だが、この瞳の色を実際にどこかで見た気もしていた。


「ま~~、あなたがネイチル・サンダリアン様!?」


 すると、こんな張り詰めた空気をぶち壊すような、気の抜けた甲高い声が背後から響いてきた。


「母上!」


「出遅れて申し訳ないわね、アルフェン。サンダリアン様に今日初めてお会いできるかと思うとつい嬉しくておめかししちゃったわ」


 どうやら彼女がアルフェンの母親であり、ファミール家のドンらしい。なんでも無類の男好きで、離婚歴もかなり多いと街の噂で聞いていた。息子と同じ赤毛で、かなり派手に着飾ったロングカールヘアーなマダムだ。もちろんメイクもばっちりだ。アルフェンの年齢が15歳だから、きっと40代ぐらいだろう。

 

「あらやだ、なんだか肖像画とだいぶ雰囲気が違うわね。あの絵よりかなり弱そう……」


「母上、命の恩人に失礼ですよ」


 不思議そうにサンダリアンの横顔を覗いていた母親に、すかさず突っ込む赤毛天使。息子は母親と違ってかなり常識人に育ったらしい。


「おい、ファミール家! あれだけ忠告してやったのに、お前達はオレを裏切りやがったな!」

 

 ラズユーは剣の矛先を真っすぐにこちらへ突き立て、言い放った。


「あら、ラズユー様、そんな物騒な言葉はやめてちょうだい。アタクシは息子の命の恩人へ恩返しをしただけのこと。それにあなた様とは定期契約を結んでおりませんし、そんな言われの無い事をおしゃらないでくださいな」


「くそっ! 俺を怒らせたらどうなるか分かってんのか……?」


 そんな緊迫感の中、サンダリアンが口を開いた。


「お二人とも、ここは危険だ! すぐ家へ避難を!」


「えっ」


 思わずあの母親と同時に、私の喉からも驚きの声が上がった。サンダリアンはなんとその母親と息子を己の背後に覆い隠し、明らかにカッコよいことを言い放ったのだ。どうしたのサンダリアン。


「おめぇ! さっきから調子いいこと言ってんじゃねぇ! お前の弱さは俺が知っている! お前をコテンパンにしてやったらどうなると思う……?」


「何を考えている…」


「はっ、まだ分かんねぇのか!? お前の真実を明るみにして、みんなが騙されていることを証明しに来てやったんだよっ!!」

 

「以前の俺とは違う……!」


 ちょっと待て、サンダリアンの口調までカッコよくなっているではないか。剣を握り直し、かなりの気迫で目前のラズユーを睨みつけている。


「まーなにこのギャップ……!!」


「母上、落ち着いて下さい!」


 先程から空気が読めないマダム。黄色い声を止めどなく上げている。そしてそれを抑え込む息子。だかそれも仕方ない。なぜならサンダリアンはいつもと様子がかなり違うのだから。肖像画と実物の間に生まれるこのギャップ。まさしくテーマ『光と影』のチラリズム戦法だ。以前リピートし続けた成果が今ここで発揮されようとしている。


「ファミール家は俺が守る……!」


 今決め台詞言った。間違いなく言った。剣を強く握るサンダリアン。すると周囲からも甲高い声援が聞こえてきた。サンダリアン初の護衛仕事の噂を聞き付けてきたのか、いつの間にかギャラリーが集まり始めていたのだ。甘い声を各々に出し、応援する女性達や、図太い声を出す男達など様々だ。サンダリアン、ラズユー共に支援者がいるようだ。


「影がある男性って素敵よね、アルフェン!」


「ええ、まさしくサンダリアン様の素晴らしい一面です」


 そんな中で興奮する母親を抑え込みつつ、しかとサンダリアンの肯定も忘れないアルフェン。突っ込み満載親子だが、嫌いではない。しかもあのマダム、私の気持ちをそのまま代弁してくれているぞ。かなり気が合いそうだ。正直者なだけで、悪い人ではないかもしれない。


「サンダリアンさん、どうしちゃったんですかね……」


「……彼の本領発揮かもしれないぞ、クリス」


 心配そうな表情浮かべ、サンダリアンを見つめるクリスにそう答えた。


「本領発揮、ですか……?」


「ああ、彼がこの1か月の間に、体力、そして精神的にも力をつけ、そしてどん底をも経験した。そこから這い上がった彼が、今、彼のベストなタイミングで力が発揮されようとしている。私達はこの短い期間内で出来る事は全てやったんだ。後は彼の力を信じるのみだ」


 クリスがまたサンダリアン達に再び向き合った時、剣と剣が激しくぶつかった。いまだにラズユーとの体格差は大きい。1か月で細い彼の身体がムキムキマッチョになれるわけがなく、力の差だってまだあるだろう。だが――


「くっ……」


 ラズユーが苦痛な声を漏らした。なんと彼はラズユーの大剣を抑え込んでいるではないか。いや、ヤツを抑え込むどころか、押している感じさえする。これはいけるかもしれない。私は興奮して叫んだ。


「いけっ、サンダリアン……!!」


 金属同士が重たく何度もぶつかる。周囲の観客達は雄たけびを上げながら見守った。目を閉じてしまいそうになる程に激しく重なり続ける剣。やはりラズユーも押されてばかりではない。ヤツの容赦ない攻撃はサンダリアンを少しずつ後退させていた。だがその時――


 弾き飛ばしたのだ、彼が。


「ここまでだ、ラズユー」


 剣をヤツに向け、潔く言った。サンダリアンは一瞬出来たアイツの隙を付いたのだ。


「なぜだ……!? どうしてこんなことが出来る……!?」


 飛んで行った大剣はハデな音をたてながら、すぐ近くの地面に激しく転がった。周囲の観客達も固唾を飲んで見守っている。ラズユーは棒立ちで突っ立ったまま、当惑し、信じられないといった表情でサンダリアンを見つめている。


「俺には守りたい人達がいるからだ」


 そう、その言葉こそが彼の力を真から発揮するものだった。誰かの為に戦う、それが優しさを強く持つ、ネイチル・サンダリアンの性質だったのだ。この1か月で成長した肉体と心が、彼の持つ特性をより強く、強靭に成長させていた。


「もうこのファミール家に顔を見せるな。一歩でも近付けば俺が許さない。今すぐここから出て行け」


 鋭い剣先を突き出したまま、ラズユーに物申す。それは彼が今まで一度も見せたことのない何よりも力強い姿だった。


「ああ、わかった……、もう出ていくさ」


 ラズユーが仕方なしに道端に落ちていた剣を拾い上げ、鞘に納めようとした瞬間だった。


「どこまでもあめぇんだよ、サンダリアンっ!! そこがお前の弱点だ!」


 なんと再び剣を握ったラズユーが走り向かってきたのだ。


「そんなっ……」


「え……」


 だが、その方向はサンダリアンの方向ではなく、私達だった――。


「この二人のせいだ、全てが! サンダリアンがこうなったのも、俺が仕事を失ったのも、全てお前達が元凶だ! この奇怪な女が二人を支援し、この売れない画家が奇妙な肖像画を描いたんだ! お前ら全員この二人に騙されてるんだぁぁぁぁ!!!!」


 ラズユーが勢いよくこちらへ向かってくる。あの大剣が私達の頭上へふりかかる。


「サンダリアーーーーン!!!!」


 私が彼の名を叫んだその時だった。


 歓声さえも静まり返ったその地で、私はその瞬間を間違いなく見た。


 あの深紅のマントをなびかせ、力強く剣を振り上げた彼を。躍動感溢れる姿でラズユーの大剣を弾く、あの肖像画の彼を。


 太陽の逆光を背中に背負い、長髪部分を風になびかせ、そして彼の背後には黒い炎にそっくりな土ぼこりが舞っていた。まさしくクリスが描いたあの肖像画の通りだった。


 その時私は思った。

 

 クリスはサンダリアンの隠された姿を本能のままに感じ取り、色彩を含め、全ての方面から心で描いたのではないかと。


「サンダリアン……」


「サンダリアンさん……」


 呆然としながら、半泣き状態のクリスと彼の名を呼んだ時、静まり返っていた周囲が、急に騒がしくなった。


「おい、貴様ら、一体何をしている!?」


 そこには騒々しく声を荒立てる、銀色の甲冑を身に着けた武装した兵士達がぞろぞろと駆け足で姿を現した。


「来たっすね……、城の兵士達が……。レイさん達が無事で良かっ……」


 いつもの聞きなれた口調が弱々しく聞こえたかと思うと、サンダリアンは豪快に音を立て、その場に勢いよく倒れてしまった。


「おい、サンダリアン!? しっかりしろ!!」


「サンダリアンさん……!!」

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