異世界アーティシズム

凛々サイ

1章 アートの可能性

1章 1.流れ星に願ってみた。

 目覚めると、私の寝床はフカフカのベッドから固い地面へ変わっていた。


「へ……?」


 起き上がり見渡すと、木々に囲まれた深い森の中にいるようだった。

 

 服は、昨日から着ていた水色の水玉パジャマのままだ。だが、枕さえなければ、布団も毛布さえもない。もちろん靴下も靴さえも履いていない。


 こんな奇怪な状況で空を見上げると、木々の隙間から分厚い雨雲がちらりと見えた。そうしている間に、だんだんと天からの雨粒が酷くなり、私の顔上で弾け出した。


「私、ベッドで寝てたはずだよな……?」


 地面から伝わるひやりとした温度も、この身体を冷ましていく。内側だけ赤く染められた長い黒髪は雨を含み、水がしたたり始めた。頭のトップから爪先までごりごりと体温を奪われていく。空気中の気温は今の服装でも過ごせそうだったが、さすがに凍えてきた。けれども何をどうしていいかも分からず、この不可思議すぎる状況にまぶたをただパチパチとさせるだけだった。


 するとすぐ右隣からうめき声が聞こえてきた。いや、違う。寝言を言っているようだ。

 

「ううう……、僕は画家になって有名に……」


 声の方向へ目を向けると、明らかに日本人ではない少年がいた。森にばかり目を奪われ、全く気が付いていなかった。その少年はまだあどけなさが残る顔で、すやすやと幸せそうに眠っている。


「誰……?」


「ふぇ……?」


 私の声に少年は閉じていた目を見開き、金髪まつげなまぶたをばちっと開けた。青く透き通るような美しい瞳を持つ、かわいらしい少年だ。ふぬけた声を発したと思えば、少年は慌てて上半身を起こした。茶色い落ち葉を頭に乗せたまま、辺りをぐるぐる見回したかと思うと突然私の顔を見るなり、次第に顔面蒼白へなっていく。


「まだ死んでない……!!」


 自分の真横で幸せそうに寝ていた、見ず知らずの少年の第一声がこれだ。見た目とは裏腹な日本語を喋る物騒な少年現る。


「何言ってるんだ? てか君、誰?」


「あなたこそどなたですか……? 昨晩からこんな森の奥でそんな軽装でここで寝て、死のうとしてたじゃないですか……。だから僕も一緒に魔物に襲われてあの世へ……」


「私が!? この私が、死のうとしてた!?」


 一体何をどこから突っ込んでいいのかも分からない。


 昨晩からここで寝ていただと? マモノ? とりあえず深呼吸だ。雨足が強くなるのを肌で感じながらも、スーハ―スーハ―してみる。この冷たい空からの水が妙に頭をクリアにもしてくれているようだ。


 まずは自分のことからおさらいしてみよう。そうだ、順番ずつだ。昨晩のことをもう一度思い出すんだ。ここは冷静になるんだ、レイよ。

 

 そう私、星野レイは黒髪に真っ赤なインナーカラーという、いかにも美大生出身らしい姿だ。そのストレートヘアーをなびかせ、登校していた。在学中に描いたある絵が、登竜門的なコンテストで受賞し、一躍有名人となった。そこから画家としての道を走り出し、卒業と同時に独立。家は豪華なマンション住まいだ。夜景の見えるお風呂に入って、真っ白でフワフワなバスローブを着用し、いつものごとくキラリとしたネイルを見つめながらSNSを更新していた。大きな枕が五つも積んであるフワフワなキングベッドに入って寝た。昨晩に限ってイケメンズはベッドにいなかったけれどいつもは数人いる。いわゆる私はインフルエンサーというやつで、アートの仕事も順風満帆。楽しい毎日だった。


 ……というのは全て妄想だ。いつの間にか虚無のファンファーレをやっていた。


 美術の短大なら実際出た。昔から絵を描いたりモノを作るのが好きだったからだ。だからアート作家になりたかった。一応在学中に絵を描いて、とあるコンテストで受賞もした。だが、そこで終わりだ。特に有名にもなれず、卒業してもこれと言った就職先も見つからず、今でもコンビニバイト生活だ。


『アートで飯が食えるのか』


 これが多くのアート作家志望者がぶち当たる現実だった。

 正直言うと、成功して、アート界で有名になって「星野」なんていう自分の名前に負けないような、キラキラしてる人生を送れるものであれば送りたかった。

 

 現実はこうだ、風呂は1畳程のユニットバスだし、パジャマはペラペラコットンだし、爪だって無垢材だ。枕だってお値段以上の店で買った1000円の枕一つだし、シングルベッドもお値段以上の店の中古品だ。母からよく聞かされていたあのヒットソングのようにシングルベッドに二人寝ていたこともない。


 いわゆるフリーターだし、どこにでもいるモブキャラかもしれない。けれど、今の人生に悲観したり、別に生きるのが苦しかったわけじゃない。お金がない一人暮らしはそれなりに大変だったが、自由だったし、気に入ってはいた。

 

 昔から家族との約束で、学校を卒業すれば家を出る事は決まっていたし、どうにかやりくりをしながら暮らしていた。ここまでは前向きに過ごしてきたはずなんだ。

 

 そんな日々の中、毎日、SNSや動画配信などで好きなアート作家の生活や作品を眺めていた。自身とは程遠い存在に憧れつつも、日々投稿される写真や動画を見つめ、様々な情報を吸収していた。そこでアートの知識を更に深め、多様な知識や情報だけは自然と増えていった。

 

 そこでAIが描くアートの事を知った。今日こんにちではAI技術が発達し、下手すれば人間の手よりも繊細に、絵画を描き始めたのだ。実際私もその絵を見たが、とてつもない描写力だった。海外の美術評論会ではAIの作品が受賞までしたらしい。

 

 私はその現実を知って、もしかすると落胆してしまっていたのかもしれない。もう分かっていたのかもしれない。いや、諦めていたのかもしれない。進歩する技術までがライバルとなり、弱気になっていたのかもしれない。アート作家として生業を立てるというあの夢を。だけどまだ何か、何かを、そこに追い求めていた。


 そしてあの夜、ベッドに入る前、窓越しにを見たんだ。


 それは不気味に光る、赤い流れ星。


 その燃え行く星に願った。


 『別世界へ行きたい』と。


 なぜそんなことをふいに願ったのか、自分でも分からない。だが、急に目へ飛び込んできた赤い流れ星に突然そんなことを呟いてしまった。3回は唱えられなかったから1回ぽっきりだ。


 それで目覚めると、この場所だ。


「ちょっと待て、願いが叶ったてこと……?」


 ぼそりとそう呟いた時、近くの悲観的すぎる少年は、ブルブルと震えながら私を見つめていた。

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