1章 8.ぎゃふんと言わせる事に決めてみた。

「見た目っすか……?」


「ああそうだ。この戦士カードで仕事が全て決まってしまう。ということは、これがかなりの要ってわけだ。この戦士カードを見て一番目につく場所はどこだと思う?」


「この画像、ですね」

 

 クリスがすかさず答えてきた。


「そう、この画像に映し出された顔であり姿だ。戦士カードに掲載されている顔以外の全ては文字の集合体であり、こんな多くの小さな文字に一番に目がいく人間はほとんどいないはずだ。多くの人が一番に見る場所、それはこの顔なんだ。そこからまず好印象を残さないと仕事はいつまでたっても回ってはこない」


 サンダリアンの顔を見つめる。大分戸惑っているようだ。


「けど……、生まれ持った顔ってどうにもならないじゃないっすか。好印象を残すとか、俺イケメンとかじゃないし、無理っすよ……」


「いいや、それは違う。人の見た目は少し何かを変えれば雰囲気が変わる。雰囲気が変われば、印象も変わるんだ。サンダリアン、君はその思い込みをまずどうにかしないといけない」


「思い込みっすか……」


「ああ、まずは試しだ。今、請け負い申請をしている仕事はどんなものだ?」


 サンダリアンは少し狼狽えながら記憶石に手をかざし、「登録中の案件を示せ」と唱え、そこにまたホログラムの文字が浮かび上がった。


「今登録してるのはこの3つっすね」


「この案件は誰が依頼したものなのか分かるものなのか?」


「本来なら裏取引防止として分からない決まりなんすけど、これだけは分かるっすね。いつも同じ仕事内容でこの討伐ギルドの常連なんで」


 そこで一つの案件が大きく空間に浮かんだ。文字はなぜか日本語で私でも読めるのが有難い。なぜ私の母国語がこの世界の言語なのか深く考える事は当にやめていた。考えたとしても分からないものは考えない主義だ。


「誰なんだ?」


「ここの近くに住んでるファミール家という貴族の長である婦人っす。情操教育の一環で月1で森を抜けて絵画を学びに行く息子のために、護衛としてこの討伐ギルドでいつも戦士を雇ってるんすよ」


「護衛戦士か……、そのような仕事もあるんだな」


「まぁ、あるんすけど、俺、これダメ元でいつも申請してるんすよね。いつもこの仕事請け負う戦士って決まってるんすよ。ほら、あそこにいる剣士っす」


 サンダリアンの目線の先を見ると、様々な模様が施された立派な甲冑を身に着けている大男がいた。その甲冑の隙間から見える二の腕、たくましいふともも、いかにも強靭な戦士の風貌だ。おまけに顔まで西洋風でかっこよく、クリス程金色ではないが、かなり明るめの栗色単髪ヘアーだ。マッチョと爽やかさを融合したよく洋画とかに出て来る主人公そのものだ。まるでト〇・クルーズ。しかもこちらの目線に気が付いたのか、私を見るなりにかっと白い歯を見せて近寄って来た。


「おい、サンダリアンじゃねぇか。男の格好してる女連れてんのか~? 変わった趣味してんな~。おまけになんだぁ? この細っこい貧乏くさいガキは。お前と一緒じゃねぇか! 剣士ランキング最下位の最弱のお前もついに自分の弱さをそいつらで補おうってか? しかもお前また懲りずにその仕事に登録したのか? 何度やったって同じだよ、あの男好きマダムはオレにゾッコンだからな、ハハッ!」


 こいつ見た目はいいのに性格は最悪だな。筋肉は裏切らないはずなのに。その立派な上腕二頭筋や各部位に謝ってほしい。そんな奴はサンダリアンを見るなり、明らかに喧嘩を売るような態度、そして見下されている。彼は悔しそうにして何かを言いかけたが、口をパクパクさせて閉じてしまった。何も言わないなら私が言ってやる。


「おい、そんな言い方はないだろ? サンダリアンは弱くない。事実さっきは、私達二人をオークから助けてくれた」


「そうですよ! 僕達を森でオークから救ってくれたんです! それに僕はただのほそっこいガキじゃないです、画家です!」


 すると目の前の大男はガハハっと笑い、私達二人を吟味するように切れ長の目で見つめ、口を開いた。


「この記憶石がある便利な時代に画家ぁ? 時代遅れすぎるだろ。どうせその身なりじゃ売れていない画家だろぉ? それにお前ら、オレにそんな口の聞き方していいのかぁ? オレを誰だと思ってる? ここの剣士順位3位のシャンド・ラズユー様だぞ? オーク一頭倒しただけで何になる。そんなの剣士なら朝飯前に誰だって出来る仕事だろ? どうせガクガク震えながら討伐して、その後大喜びでもしたんだろ? 教えてやろうか? 剣士ならオーク討伐ごときで喜んだりしない、本当の剣士ならな!!」


 最悪だ。こいつはランキングが上というだけで、己をおごり、付け上がっている。その体格からもそれなりに体力作りや筋力アップなどの努力はしてきたのだろう。それは認める。だが、かと言って自分より劣っていそうな者達を見下すようなことは決して許されない。


「喜んで何が悪い、人の喜びには計り知れないその人なりの人生がそこにはあるんだ。お前にどうこう言われるようなサンダリアンではない」


「……おい、ねーちゃん。気が強い女は嫌いじゃねぇが、オレを怒らせるとどうなるか分かってんのか?」


 大柄な男の右腕が、私の腕を掴みかかりそうになった時、聞きなれた声が隣から響いた。私の前に出たのはサンダリアン本人だった。


「そうっす! 俺は見た目も軟弱だし、実際弱いのは事実っす! 分かってるんす! だからっ、ラズユーさん、ここは引いてください!」

 

 気が付くと私達の周囲にはちょっとした人だかりが出来ていた。それに気が付いたのか、ラズユーはくるりと大きな背中を向け玄関へ向かいながら言い放った。


「ははっ、サンダリアン。オレにその軟弱な精神も身体をさらすな! 剣士の恥だ! お前ら二人もそんな厄病神、さっさと捨てたほうがいいぞ。ねーちゃん、オレへの奉仕ならいつでも受け入れてやるぜ。いいか、これはオレからの有難い助言だからな」


 そう吐き捨て、ラズユーは外へ続くドアを乱暴に開け、出て行ってしまった。

 辺りがまた日常を取り戻した後、彼へ向かって私は詫びた。


「サンダリアン……、ありがとな……。ついかっとなって言ってしまった、申し訳なかった」


「僕も悔しくて……。すみません」

 

 するとサンダリアンは下を向き、ぼそりと呟いた。


「いいんす、事実を言っただけなんで……。それに俺、言い返すことも出来なかったすから……」


 そう告げるなり、それ以上は何も口を開かなかった。彼は自分より格上の相手に向かって「己は弱い」と言ってしまった。それが例え真実で合っても、私達を助けることに繋がったとしても、それを自分で発言することはかなり辛いはずだ。弱みを自ら認めるという行為は、今のサンダリアンには荷が重すぎる気がした。けれど、彼はまた完全に自分を捨ててはいない。それだけは分かる。


「サンダリアンはまだ自分を信じてるんだろ?」


「え……?」


 サンダリアンはふいに顔を上げた。


「君が請け負えないような仕事にも申請していたということは、そういうことだろ?」


「それはその……、あれっす、少しでも仕事にありつける機会が欲しくて……」


 彼は歯切れ悪く伏し目がちにそう答えた。


「それがまだ捨ててないってことだ、その可能性をな!」


 サンダリアンはありつけない仕事でさえも請け負い申請を出している。それは彼がまだ自分を諦めていないからだ。


「あいつをぎゃふんと言わせるためにも、やるぞ! あいつはサンダリアンの宿敵認定だ!!」


「宿敵!? むむむむむ無理っすよ!! ラズユーは剣士ランキング3位の男っすよ!? 俺なんて最下……」


 サンダリアンは両手をぶんぶん振りながら、青白い顔で拒否反応を酷く示した。


「ダメだ!!」


 思わず大声を張り上げてしまった。彼は私の突然の大声に固まり、その動きをぴたりと止めた。


「俺なんて、は禁止だ! いいか、今から君は自分を貶めることを言っちゃいけない。言葉を発するというのは自身の脳にその言葉が入力されてしまい、自己認識へ繋がる。例えそれが真実だとしても言葉に出してはいけない、どんどん深みにはまってそこから抜け出せなくなるからだ」


 格言をいつも呟いていた刺繍アート作家のインフルエンサーの言葉を思い出しながら、そう告げた。他にも彼女はこう言っていた。『針はたくさん折っても、心は決して折ってはいけない』。なんとも素晴らしい格言ではないか。


「うっす、確かにそうかもっすね……。俺いつも自分で自分をダメにしてたかもしれないっす……、もう今後は言わないよう意識するっす」


 シュンとしながらもサンダリアンはその茶色の瞳には灯が宿ったのが見えた。


「そうだ、剣は折っても心は折れない域だぞ!!」


 クエッションマークが顔に貼りついているサンダリアンを横目に、クリスにも伝えた。


「君もだ、クリス。例え今、絵が売れていないとしても自分を蔑んではいけない。ましてや死のうなんてぜったいに考えるな。サンダリアンもそうだが嫌なことがあれば私がしっかりと聞く。そこでまた悩みながらも解決策を見つけていこう」


「……はい。あの時は何もかも嫌なことが重なってどうかしてました……。応援してくれるばーちゃんのためにも、レイさんのぶ、ブラのためにも……ぼ、僕、頑張ります」


 どうやら私の乳押さえのことはしっかり覚えていたようだ。


「よし、二人ともやるぞ! ここから全ての反撃開始だ!! まずはクリス、君の出番だぞ!!」


「え!? 僕ですか!?」


 クリスが頓狂とんきょうな声を上げ、目を丸くした。


「ああ、腕の見せ所だ! さぁ、忙しくなるぞ、この異世界での仕事がな!!」

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