第47話 警察署にて
前回のあらすじ
圭吾と別れた琴音は、お風呂を浴びた後、圭吾に電話しようとします。その時に鈴木の車が止まる音が聞こえます。鈴木に犯されそうになりますが寸前のところで圭吾が来ます。鈴木がまだ鍵を持ってることが気になったから戻ったら、車が止まっていたそうです。琴音が回復するのを待って、警察と父親に電話をかけます。若い警官はこの事件なら強制性行為未遂になるそうでした。鈴木の家にも別の警官を手配をしたとのことです。
―――――
「琴音は大丈夫か」
「お父さん。お嬢さんは無事です」
琴音のお父さんが、大きく頭を下げた。
「圭吾くん、ありがとう。なんと礼を言えばいいか」
「いえ、僕は琴音のことが大切だから、戻っただけです」
「いや、本当に助かった。琴音は見た目以上に幼いし、あまり知識もない。もし最悪の事態になったら、自分が汚されたことに気に病んで自殺もあり得た」
「わたしの方からも圭吾くん本当にありがとう」
今後の防犯のために、鍵は明日には変えるとのことだった。
「じゃあ、私は先に戻りますので」
若い警察官は頭を下げて警察署に戻った。
わたしは、未だにパジャマだったことを思い出す。
圭吾と父親には下で待っててもらい、普段着に着替えた。モコモコした肌色のワンピースだ。アクセントに胸のところが茶色のリボンになっている。スゥイートリボン切り替えデートワンピースという名前らしいが普段着に使っていた。
「ごめん、これで行くね」
「琴音は何着ても可愛いよ」
圭吾の台詞にお父さんが軽く咳払いをする。娘への愛情表現に少し落ち着かないところがあるのだろう。
わたしと圭吾は父親のBMWに乗り込み、後を追う。
「どうぞ。お入りください」
自動ドアを通ると、深夜だというのに何人もの警察官が働いていた。案内されるままに、刑事課に入る。刑事課と言うとドラマのイメージがあるが、この課では事件にまつわる全てを取り仕切っているところであった。受付の椅子に腰をかけて、口頭で今日あったことを伝えた。警察官は調書をまとめて行く。
「これは私の完全なミスだ。あいつに鍵を渡していたら、こうなる可能性はあったのに、取り返しもしてなかった」
「いいですよ、お父さん。助けられましたし」
「それにしても許せないのは鈴木だ。恩を仇で返しやがって。絶対示談なんか応じないぞ」
「わたしも許せないよ。あんな人が許嫁だったなんて、正直怖い」
「琴音ごめんな。お父さんの見る目がなかった」
「いいよ、圭吾くんのおかげで助かった」
「琴音のお母さんは、見る目があるな。圭吾くんこれからもよろしくな」
「はい、ずっと守っていきます」
調書を書き終えた頃に、鈴木確保の一報が入る。正直、一生会いたくはない。私がそれを伝えると、父親が車で自宅まで送ってくれた。
「西宮に送ろうか」
「いえ、未だに琴音はショックから立ち直ってませんし、できれば今日は一緒にいたいんです」
「あぁ、そうか」
少し複雑な顔をする。仮にも男女。しかも恋人だ。自宅で2人っきりにしたら、間違いがあっても全然おかしくはない。
「えと、な。これは言うことかは分からないけども、今日は琴音を守ってくれるだけにしてくれるとありがたい」
頭を上げて、少し不安そうにしている。私のことを考えてくれている言葉だ。確かにこんな時に関係を持とうとするなんて、凄く軽薄な男のすることだろう。つまりはわたしのことを考えてくれているのだ。
「大丈夫ですよ。今日は琴音さんを見守るだけですから」
「ありがとう」
宝塚の自宅でわたしと圭吾を下ろした。そのまま警察署に戻って行く。
上に行こうよ。階段を数段上がって、圭吾を部屋に誘う。
「ほら、行こうよ、……ね」
「お前、元気じゃねえか」
「あははは、こんな時間に圭吾と一緒だから、嬉しいんだ」
部屋に入るなり琴音が瞳を潤ませながら、聞いてくる。ちょっと今日の琴音は色っぽい。
「そう言えば、圭吾くんここ来るの2回目だね」
「あー、無茶苦茶飲まされたやつ」
「ごめん、もう絶対しないと誓った」
「頼むよ、あれ死にかけたから……」
「そういえば、まだ聞いてなかったけども、あの時の圭吾くん、もしあー言うことがなかったら、わたしを抱いてた?」
「いや、それは……」
「正直もの」
圭吾の顔が至近距離になる。口角を上げてニッコリと笑顔になった。
「あの時、抱かれる気だったのか?」
「それはどうでしょう」
あの時、圭吾が来ると言われた時、本当に嬉しかったのを覚えてる。
その後どうなるかなんてわたしにも分からなかった。
「そう言えばさ、プレゼント交換忘れてるね」
「あんまりにもたくさんのことがあって、本当に忘れてた」
圭吾が自分のカバンから包装された包みを取り出した。
「これ、開けていい?」
「うん、開けて」
「わっ、可愛い」
可愛いハート型のネックレスだった。箱はティファニーブランドだ。
「ごめん、これ高かったでしょ。お金出そうか」
「いや、気にしなくていいから、琴音が出したら意味ないよ」
「そうだね、ありがたくもらっとくね。圭吾くん、つけてくれる?」
「今つけるの?」
「そりゃそうだよ、初めて買ってくれたプレゼントだもん。石のネックレスと同様に大切にしないと」
「そう言えばあの石、まだ持っててくれたんだ」
「うん、ネックレスにしてる。見た目は真珠みたいだから、他所行きにも合うんだよ。わからないしね」
「ありがとう」
「うううん、こちらこそ」
「じゃあ、今度はわたしのプレゼントね」
「はい、どうぞ」
「開けていい?」
「うん」
「腕時計だ」
「そろそろ、大人になるし時計くらい持った方がいいかな、と思って」
「そっかー、ありがとう」
「気になるんだけど、この時計シャネルって……」
「気にしなくて大丈夫よ、引くくらいは高くないから」
「本当に?」
「たぶん……」
額から汗が出た。値段知ったら引かれるくらいは高かった。
「ネットで調べていい?」
「調べなくていい!」
「えー、なんで普通の値段だよね」
「えーと、言った方がいい、かな」
「値段聞くのはおかしいと思うけど、琴音の金銭感覚不安になるから一応、念のため」
「たったの……」
「たったの?」
「86万かな」
あははは、完全に笑って誤魔化すしかない。
「こんなん受け取れないよ。高すぎるでしょう」
「受け取って、わたしも金銭感覚ちょっとはまともになるから。ごめんね、心配させて」
「いいよ、いいよ、それだけ愛してくれてるって言うのは分かるから。でも、二度とこんな無茶苦茶なプレゼント禁止な」
「うん、ごめんね」
「まあ、琴音らしいけどな」
「受け取ってくれてありがとう。じゃあ、本題……」
琴音の顔が目の前まで近づいた。瞳がさらに色っぽい揺らめきを湛えていた。
「ねえ、もう一度抱きついていい?」
「でも、お父さんとの約束」
「あれは、その……さっ、やっちゃいけないと言うことだと思う」
耳朶まで真っ赤だ。
「んっ……」
琴音の身体全体で圭吾を押し倒す格好になる。唇に触れそのままベッドに倒れ込んだ。キスが長い。10秒、20秒、30秒……、60秒。だめだそろそろお花畑が見えてきた。
「……死ぬかと思った」
「ごめん、好きすぎて我慢できなくて」
「いいよ」
今度はゆっくりと抱きつく。圭吾の暖かさを感じた。圭吾の心臓の音と温かさがわたしを安心させる。
「暫くこのまま抱き合っていていい?」
圭吾の方に視線を送る。圭吾はゆっくりとうなづいた。
暫く二人抱き合って、イチャイチャしていた。今日たくさんのことがあって疲れたのだろう。いつの間にか二人とも寝てしまっていた。突然、扉が開いた。
「琴音、お前の意見が……、あっ」
「あっ、これは違うの」
「いや、ごめん。ちょっと、下で待ってるから」
慌ててお父さんは部屋から飛び出した。
「やっちゃった」
思わず顔を隠した。恥ずかし過ぎて顔が真っ赤なのだ。
「でも、抱き合ってただけだろ」
「いや、それでも、そうは捉えてないよ。きっと」
「だろうな」
「下降りるの、凄く億劫だよ」
「そらそうだな。守ると言って連れ帰ったら、抱きあってたら、そりゃ説明に困るわ」
言ってても仕方がないので、一階に降りる。
応接室に座って、何を見るでもなくじっとテレビの前にお父さんはいた。
「えと、ごめんね、お父さん」
「いや、まあいいんだ。あんなこと言った後だから、ちょっと驚いたけれども」
「わたしたち何もないよ。ただ、わたしが怖いと言ったらずっと抱きしめてくれてだけ」
「そうか、そうか……」
あんまり効果があるとは思えなかった。どちらにせよ、男女がベッドで抱き合ってたのには違いない。
「ごめんね」
「いいよ、琴音も年頃だし、圭吾くんとお付き合いしてるんだ。別に後ろめたいことではないよ」
「すみません」
「ただ、琴音とは節度あるお付き合いは、して欲しいかな」
節度あるお付き合い。なんかイメージが湧かない。どう言うことなんだろう。
「まあ、それより伝えたかったのは、鈴木は弁護士を頼んだことだ。もちろんこっちもお抱えの弁護士に連絡をした」
「示談金50万とかふざけたこと言っていた」
「それ、ふざけてる」
「毎月20万ですもんね」
「あっ、それ言っちゃダメ」
お父さんは圭吾を不審そうにじっと見た。
「金目当てじゃないだろうな」
「お父さん!」
「ごめん、ごめんいつもの癖で」
まあ、お父さんの心配するのはわかる。わたしのお金事情は浮世離れしてるのだ。
父親が目の前で琴音を見る。
「一緒に頑張ろうな、琴音。まあお前は証言の日にちょっと自宅からインターネットで証言してくれたらいい。それ以外はお父さんや弁護士の先生に任せておけばいいからな」
「わかった、頑張ろうね」
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