第59話 最終章
自宅に帰った圭吾は、今まで苦しかった分嬉しかった。あの琴音がそこまで想っていてくれたことに感謝をした。もうダメだと思っていた。別れることは自分にとっては確定要素だと信じて疑わなかったのだ。まさか、彼女がそんなサプライズを考えていたなんて。
「頑張らないとな」
彼女の言った通りになれば、琴音の負担は大きすぎる。時間だって編入より三年は遅れる。そんなことは頼めるわけがない
早く終わらせて、こんな馬鹿な家系なんて捨ててしまいたいとさえ、圭吾は感じた。
過去の家柄に囚われているだけなんだ。別に江戸時代以降名前を残したものもいない。そんな家系に縋ることに滑稽ささえ感じた。
今日は11時に琴音の父親が来る。その前に近くの喫茶店で打ち合わせをしたいと言われた。10時5分前に西宮のひばり喫茶店に圭吾は着いた。
となりの駐車スペースに琴音の父親の車があった。琴音と父親が降りてくる。
「お義父さん、ありがとうございます」
圭吾は深々と琴音の父親に頭を下げる。
「頑張ろうね」
琴音も力強く、圭吾の手を握った。
喫茶店では琴音はオレンジジュース、圭吾と父親はコーヒーを頼んだ。すぐに店員が持ってきた。
「今日打ち合わせをしようとしたのは、このことだ」
隣にアタッシュケースがあった。
「これは?」
「中身のことは、今は話さない。ただ、君はわたしが言うたびにここから机に一つずつ取り出してくれればいいだけだ」
「それで全てが変わると?」
「わたしはそう思ってる」
このケースの中には何が入っているのだろうか。アタッシュケースはとても重かった。
「大丈夫、圭吾きっとうまく行くよ」
琴音は嬉しそうに微笑んだ。
圭吾たちは軽く歓談して、圭吾の家に向かった。時間は11時10分前だった。
インターフォンを鳴らすと圭吾の母親が出てきた。心配そうな顔をしている。圭吾が琴音のお義父さんと一緒にいるのを見て緊張を顔に張り付かせた。
「お嬢さんは?」
「琴音は車で待たせてます。女の子ですから、揉め事には顔を出さないほうがいい」
揉め事という言葉に母親の表情が一層暗くなった。
居間に行くと踏ん反り返った恰好をした父親がいた。自分よりもずっと立場が上の人間が来るというのに、あの格好はないだろうと圭吾は思った。だから、こんなつまらないことに拘るのだ。
「すみません、お時間を頂戴いたしまして」
琴音の父親は、礼儀正しく頭を下げた。とても長く感じた。
「息子の話ならこの前全部言ったつもりだが」
父親は話すことなどないという姿勢が態度からも見てとれた。
「はい、だから、今日はお話ではないのです。わたしは事実を告げに来ました」
「なんだと!」
父親が怒気を込めた荒々しい言葉を発する。コーヒーを持ってきた母親の手が緊張で震えていた。
全員分のコーヒーを置いて、母親がキッチンに引っ込んだ。
「では、すみませんが話をする前にこれを」
琴音の父親は圭吾に一つ出してと小さな声で言った。
「なんだ、これは」
目の前に置かれたそれはお金だった。それも帯封で前後左右から10束の100万円が閉じられていた。圭吾は見たことがなかった。1000万円、こんな金を自分のために惜しげもなく出すとは圭吾は驚いたと共にありがたかった。
「お義父さん、これは」
「気にすることはない」
「感傷の中悪いがこんな金は受け取れん」
琴音の父親は金の持つ力に心を動かされながらも、踏みとどまったようだった、
「そうだな、少なすぎた」
また、圭吾にもう一つと小さく話した。
目の前には1000万円の束が二つ並んでいた。
「どんどん出してくれていい。これは君の価値なんだ」
目の前の束が3束、4束、5束。圭吾は震えた。なんか悪い夢を見ているようだった。こんな金を自分のために用意するというのか。
「7束、8束、9束、10束」
目の前のお金がやがて1億円に達した。
「こんな大金、……あんたは圭吾に……」
「これが彼の価値です。安いくらいだ」
圭吾の父親は明らかに動揺していた、1億円を渡すと言ってもこの動揺はなかっただろう。だが、目の前のお金はあまりにも衝撃的だった。お金が人を動かす。この事実を圭吾は今、初めて知った。それと共に琴音の父親が自分にかけてくれてる想いの深さを感じた。
「この金は受け取れん。だが、あんたに聞きたいことがある」
食い入るようにお金を見つめていた父親は、ハッと圭吾と琴音の父親を見た。悪いことをしたような表情でお金から目を逸らして言った。
「なんなりと」
「あんたほどの男でも、この金を払うことは痛くないわけがないだろう。我々庶民には得ようと思ってもまず無理なお金だ。そんなお金をなぜ圭吾のために」
「圭吾くんにとっては、琴音がいなくてもいつか時が来れば誰かと結婚するでしょう。でも、琴音にとっては……」
琴音の父親は、ここで一呼吸を置いた。この一月ばかりの苦しい対立が見てとれた。
「琴音にとっては、圭吾くんしかいないのです。あれは真剣でした。もう死んでしまってもおかしくないくらいに……、だから大学にもう一度入れようと言いました。彼女は快諾しました。でも、それにはあまりにも……」
手に力が入る。額からは汗が流れた。
「それにはあまりにも時間がかかりすぎるんです。お義父さんの気持ちはわかります。でも、それでも琴音の圭吾くんを想う気持ちには勝てない。それを確信したから、ここにいるのです」
長い沈黙が流れた。拒絶と思ったのか、琴音の父親は言葉を繋ぐ。
「足りなければ増やします。わたしだってお金で用意できるのはこのくらいだ。だが、分割にしても言われたお金を渡します。どうか圭吾くんの婿養子を認めてください」
琴音の父親は頭を深く下げた。
「頭を上げてください」
「でも、……」
「お金はいらない、これは圭吾くんと琴音さんのために残してあげてください。わたしもあまりにも無茶なことを言いましたが、あなたの心を知ることができた。そこまでされらば、わたしは何も言えない。圭吾は連れていってくれて結構です」
圭吾の父親は、椅子から離れて、土下座をした。
「圭吾のことよろしく頼みます」
琴音の父親も慌てて土下座をする。
「本当にありがとうございます」
「……おやじ、ありがとう」
「そのかわり、墓守はちゃんとしろよ、そっちは別だからな」
圭吾の父親が、圭吾を睨んだ。
「分かってるよ」
琴音の父親の奇策によって動いた。お金の力を圭吾が感じた瞬間だった。
―――
ここで一応、メインシナリオは終わりです。
ただ、読んでいただきました皆さんにボーナスシナリオとして、一話作成しております。
こちらは顕著な性表現があると感じるため、
注意事項を併せて記載いたします。
またカクヨム様より注意がありましたら即削除致します。よろしくお願いします。
メインシナリオは本日で終了です。
ありがとうございました。
明日からは新ヒロインの話を作成しております。もしよろしければお付き合いくださいませ。
まさか、彼女が(完結しました) 楽園 @rakuen3
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