第21話 ホテルへの道すがら その3
「20分ほどかかるけれど、歩いて行こうか」
三宮駅に着いた圭吾は、横に腕を組んで歩く琴音の方をチラッと見た。
周りから見れば恋人同士にしか見えないだろう。距離が近すぎて、鈴木たちに見られれば、逆に浮気をしていると伝えられても言い返せないかもしれない。
三宮駅よりシャトルバスが運行しているのだが、歩くと花時計やフラワーロードなど、神戸の観光名所を見ることができる。
今日は取り立てて急ぐわけでもないので、歩くのもいいかな、と提案してみた。
「デートコースだねえ」
「いや、だから今は浮気の現場を押さえるために来てるんだよ」
「わかってるよ、……一般論だよ」
全く一般論に見えないが、楽しそうなのでいいかとも思ってしまう。
「ホテルに入ったらメガネをした方がいいと思う」
万が一にも、バッタリと会う可能性もある。ホテルに来ているのを気づかれると、言い訳はできない。察しのいい由美は二人が浮気現場を押さえようと来ていることに気づくだろう。鈴木は、ふたりの関係までは知らない。しかし琴音と鉢合わせすれば、当然に気づく。
「えー、せっかく可愛い服着てきたのにー」
琴音から渡してくれた簡単な変装なのだけれども、琴音の性格上、不服を口にするとはと思っていた。
「まあ、仕方がないよ」
「だねえ♪」
なんか嬉しそうだ。フラワーロードと訳の分からない拍子をつけて歌いながらスキップしてる。そもそもフラワーロードに歌なんかないと思うが。
「駅から南に行けば花時計があるらしい」
南口から出て琴音と歩く。数分も行けば花で彩ったパンダが見えるらしい。季節ごとにキャラクターなども変わるそうだが、今はパンダと事前に確認した情報では書かれていた。
「そっか、パンダか、可愛いかな」
「大丈夫、琴音ならそう言うよ」
「そっかー、だよね」
何が「だよね」か分からないが、にへらという顔を向けてくる。
「あった、あったよ!」
何か財宝でも探し当てたような台詞を言う琴音。そこには、花で出来たこうべ花時計と書かれたモニュメントがあった。パンダを背景に時計がある。秒針がカチカチと音が鳴りそうに動いていた。琴音はそれをみて楽しそうな表情をする。
「ここで写真撮るよ!」
「はい、圭吾くん笑って、笑って」
琴音はスマホを自撮りにして、撮ろうとしている。
「近い、近い……」
ふたりがスマホのレンズに入るには結構大変だ。最新型のスマホなら、広角レンズなど多彩な機能もあるようだけれど、俺たちが買ったスマホは、見た目重視。もちろんシンプルな機能しかついてなかった。
「うまく撮れないよね、そうだ!」
「すみません、撮ってもらっていいですか?」
目の前のおじいさんとおばあさんのカップルに声をかける。圭吾はできればこんな年齢になるまで琴音と仲良く歩けたらいいなあ、と思ってしまう。琴音はパタパタと音がしそうな足取りで戻ってきた。
「撮ってくれるって」
チラッと真横にほぼくっついた琴音を見る。恋人とはどれだけ横顔を見たかで決まると聞いたことがある。
最近、琴音の横顔を見る機会が増えた。俺たちは恋人同士になれるだろうか。琴音は告白したら、付き合えそうな気もするが。
ただし、今は……。
「ありがとうございます」
琴音がぺこりとおじきをした。
「可愛いお嬢さんね、彼氏もあなたにぞっこんかもね」
にこにことおばあさんが琴音に言ってる。微笑ましいカップルという認識なんだろう。
「そんなことないですよ、……おばさんたちも素敵」
「あら、いやだ。私たちはただの散歩。もうデートという年でもないわ」
「そんなことないですよ。おばあさん、おじいさんは私たちの理想です」
ちょっと待って。俺はいつの間に付き合っていた設定になってる。
ふたりはにこにこと笑って行ってしまった。
「いいなあ」
「なにが?」
「あんな風になりたいな」
「でも、俺たち付き合ってないでしょ」
「問題はそこか」
腕を組んで思案の表情をつくる。うんうんと考え込んで、こっちにくるっと振り向いた。だから、そのリアクションはなんなのだ。
「付き合おうか?」
「琴音さん、当初の目的忘れてる」
「あっ」
口を両手で押さえて、驚いた表情をした。悪戯っぽい顔を向けてくる。
「でも、ちょっとときめいた?」
「ならねえよ」
「なんで」
「今はもっと重要なことあるでしょう」
そもそも、琴音は本心をその明るさで隠している。こんな雰囲気でも、告白したらごめんなさいと言われかねない。
昔一度失敗してるしな。俺にとってはつらい過去だ。琴音に告白して見事なまでに散ったのだ。
何度も、失敗した理由を考えたよ。どうしてうまくいかないの、と。冷静になったら、当然わかるはずだった。まるでアイドルのような琴音と平均くらいの普通の顔の圭吾。釣り合いなんて取れるはずもなくて。所詮は友達以上恋人未満なんだ。
10年前からそこは変わってない。
「そっか、確かにそうね」
圭吾を覗き込む笑顔の琴音だった。
「じゃあ、今度はフラワーロード。今日はたくさん撮るぞ」
「いやだから、目的」
「撮影はいいでしょう」
「そりゃいいけど、それ撮ってどうするの」
「インスタにあげてみようか」
そんなことしたら、ここに来てるの丸わかりじゃねえか。今の世の中どこで見られるかも分からないのに。琴音は警戒心が薄すぎると思った。
「嘘、……だよ」
「うそー」
「さすがにそれはヤバいと私も分かるよ。これは大切に残しておくの」
じゃあ行くよ、と琴音は俺の手を取り歩き出した。太陽の光がふたりを照らす。キラキラとした煌めきに圭吾も当初の目的を忘れそうになる。デートであればいいな、と思いながらフラワーロードに向かった。
――
フラワーロードでちょっとなんか起こるのかな。
読んでくれてありがとうございます。
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