第20話 ホテルへの道すがら その2
神戸三宮への電車の中。
通勤時間は外れているが、乗客の肩が当たるくらいには混んでいた。
「こっちへおいで」
必然的に山本が壁に引っ張って、琴音を守るような体制になる。
「壁、ドンみたいだね」
嬉しそうに笑顔で語る琴音。少し距離が近かった。キスまで10センチとちょっと。目の前の唇が艶かしくてドキっとする。髪の毛のシャンプーの匂いが鼻口に入ってきた。
「いい匂いしてるね」
「エッチ、シャンプーの匂いだよ。それになんか近い」
「仕方ないだろ」
「まあ、嫌なわけじゃないんだけれど、この距離で見つめ合うのは初めてだったから」
琴音が視線を逸らす。顔を胸に預けてくる。
「何してるの」
「内緒……」
心臓の鼓動が速くなってくる。俺は子供かよ、圭吾は心の中で呟く。素直すぎる反応、心臓が意思とは無関係に高鳴る。
「心臓の音がドクンドクンって早いよ」
「ちょっと走りすぎたからかな」
「走ってないよ」
「そうだっけ、じゃあれだ、不整脈」
「やめてよ、冗談でも」
そうだった。琴音は親を病気で亡くしてるから、病気ネタは冗談でも辛い。
「ごめん」
「いいよー、圭吾くんは顔色もいいし、病気じゃないことはわかるけど。心配させないでね」
心配そうな顔色をこちらに向けてくる。この目に俺は弱い。
「琴音はどうなんだよ」
「えっ、……どうだろう」
「わからない?」
「わかるけど……聞いて、……みる?」
上目遣いの琴音の目線がそこにはあった。瞳に期待が入り混じってる。
「いや、それは色々とまずいと言うか。人もたくさんいるし」
「大丈夫だよ。混んでるし、ほら」
琴音の両腕が俺の頭に回され胸に押しつけられる。
柔らかい、いやこれは絶対まずいって。
「どう?」
「どうだろう」
「やわらかい?」
「うん、やわらか……」
いや、それはダメでしょう。それじゃあ、俺は変態親父じゃないか。
「圭吾くんのエッチ」
「そうじゃなくて! そうじゃなくてさ、心臓の音……ドキドキしてる」
「そっか、私ドキドキしてるんだ」
心臓のことはどうでもいいのか、目を輝かせてこちらに顔を近づける。
「圭吾くんのエッチ」
「あれは誘導尋問だ」
「引っかかるということは、意識してるってことだよ」
「うるさいなあ」
「まあ、いいけど」
「いいのかよ」
それにしても胸のサイズはどのくらいあるんだろう。昔は子供だったから、当然なかったが。これはかなり大きいと思う。
「Fカップ、……だよ」
俺は胸から顔を離して琴音に視線を移す。顔まで真っ赤な琴音がいた。琴音は着痩せするタイプなのか、思ってたよりかなり大きかった。
「なんでわか……」
心の中を見透かされたようでつい本音が出た。由美にはないものだった。
「やっぱり、考えてたんだ、エッチ」
「いや、そりゃ健全な男子なら……」
「もう、……しーらない」
琴音がプイッと視線を逸らす。耳まで真っ赤だった。可愛いな。由美は積極的でわかりやすかった。こう言う恋に戸惑う少女みたいな姿を見せることもなかったな。
もしかして、なんとなく前から心当たりはあったけれども。
「琴音って、鈴木と関係……」
「それ、今はやめとこうね」
言おうとして、話が切られた。
今する話ではないのかもしれない。
俺は由美とは普通に恋して、キスをして関係を持ったけれど。琴音はどうも違う気がする。もちろん、気のせいかもしれない。俺の願望かも知らないけども。
近くのサラリーマン風の男が、咳払いをした。
「あっ」
「やりすぎたね」
「そうだね。完全にやばいカップルに見えてるかも」
今まで琴音しか見えてなかった。琴音もそうだったらしく、顔が真っ赤だ。コロコロと変わる表情豊かな琴音。その向こうのサラリーマンをチラッと見る。バツが悪そうに目を逸らした。琴音の方に向き直る。さっきより、少し真剣そうな顔をしてた。
「さっきの話、圭吾くん知りたい?」
「そりゃ、まあ男だし」
「そっか、……そっかぁ……」
ふいに言葉が途切れた。喋らないと時間が止まったように感じる。目の前の琴音は何を考えてるんだろう。さっきの話と言うのは、男性経験の話だと思うんだけれども、その後、話が途切れた。あまり話したくない話だったのかな。そんな風には見えなかったけれども。
「それはさておき、わたし明るくなったでしょう」
話が途切れてから3分ちょっと後、琴音は話題を変えた。空白の時間、何を考えてたのかわからないけれど。
確かに琴音はよく喋るようになったな。昔は無口な少女だった。明るい琴音、昔の白石と繋がらないけれども、今の方がずっといい。
「明るくなったな」
「そう、……確かに昔のわたしって、男性不信で誰とも喋らなかったからなあ」
「そうだったの?」
「わたしって自分が言うのも変だけど、ね。ちょっと可愛いでしょ」
「ちょっと、……普通に可愛いと思うよ」
「ありがと、圭吾くんはそう思ってくれてるんだ」
琴音は少し微笑んで話を繋ぐ。
「周りの目が見えてくるわけだ」
「結構見られることは昔から多かったの?」
「大人の男のくせにジロジロみられたりね」
「それは、怖いね」
「でしょう、それが嫌で嫌で仕方なかった。だから、不釣り合いなメガネをかけた」
「あぁ、あのメガネね」
「お母さんの最後のプレゼントになっちゃったけどね」
琴音は視線を少し下げた。悲しい表情をする。
「お母さん、メガネ買う時、なんて言ったと思う」
「なんだろう、可愛くないのに、とか?」
「もちろんそれも言われたけど、あなた目悪くないでしょって」
「でも、買ってくれたんだ」
「うん、お母さんも美人だったから、なんとなくわかったんだよ」
「そういや、お母さん琴音そっくりだったね」
「でしょう……、お母さんそれ買う時に今はそれでいいけど。ちゃんと素顔見せないと人生損するよって言われた」
「そうなんだ」
「死んじゃったら、可愛いも関係ないもんね。だからわたしはこの顔と向き合うことにしたの」
そうか、だからあの日、メガネをやめたんだ。そして明るくなった。
「だから、明るいのか」
「明るい方が、圭吾くんも嬉しくない?」
「うん、今の方がいいよ」
「そっか、そっかー」
明るさを爆発させたような笑顔をする、琴音はこんな表情もできるんだな。大きくなったなあ、と保護者のような気持ちになった。
「ホテル着いたら、案内図を確認しようか」
「そうだね、ちゃんと施設も知らないと。デートできないもんね」
「琴音さん!」
「違う違う、……そうじゃないよね」
顔を左右に振った。ブンブンと音がしそう。
こっちに目を向けてくる。俺が笑ったからむっとした表情だった。
「ちょっと、怒ってるんですけど」
顔を見ればわかる、怒ってはいない。怒っているふりをするんだ。最近の琴音を見ていたら分かる。表情豊かな。豊かすぎる琴音。
母親が亡くなって、ここまで成長したんだな。俺と離れて10年間、白石の時には見せたことない琴音がそこにいた。
――
なんも話進んでませんよね。
こんなことも、あってもいいのではと思いまして。
恋愛話ってこういうのが醍醐味だと考えてます。悲恋ものやよくわかんない終わり方は気になって仕方なくなりますね。
なぜそこで終わるんだろうって。
読んでいただきありがとうございます。
今後ともよろしくお願いします。
次かその次くらいでワンキャラ後輩登場します。
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