第19話 ホテルへの道すがら
目の前の女性が、あの白石だったのか。
ホテルオークラ神戸に向かう駅への途中、横を歩く琴音の顔をじっと見る。
切れ長の二重の瞳と目があった。
アイドルデビューしても充分センターを射止めそうな美しい容姿。年のわりにはあどけない笑顔。昔見たメガネをかけない白石の表情ともだぶる。歩いているだけで男性の注目を浴びる少女。ここに来るまでに最低でも五人の男が琴音にわざわざ目をやっていた。
「いつもこーなのか?」
「どゆこと……」
「いや、男の視線」
「もう慣れたよ、駅なら無害だしね」
「そーとも限らないだろ」
にへらと笑い。腕にしがみつく。
「今日は圭吾くんが守ってくれるでしょ」
俺は照れながら頭をかいた。
よくまあ俺は、この特徴のある顔に今まで気づかなかったものだ。その理由を考えて一つの結論に達する。
「なあ、琴音。母親は物心ついた時には亡くなってたと言ってなかったっけ」
際どい苦笑いをして目を逸らした。明らかに何か隠してる感じがした。完全に目が泳いでいる。
「そんなこと言ったっけ?」
「言ったよ」
今更、何をボケる必要があるんだ。俺は即答をする。琴音は、うーんと伸びをしてこっちに向き直った。
「ごめんなさい、嘘ついてた」
「なんで、そんな嘘を……」
「だって圭吾くん、全く気づかないから、少し意地悪したくなっちゃって」
「でも、それじゃあ、気づかれなかったらどうするつもりだったんだよ」
話しかけて思い返す。そうかこの時期から鈴木の存在があったんだ。
「鈴木がいたからか」
「それもあるかねぇ、でもそれよりも彼女かがいたからかな」
そう言えばそうだった。琴音と出会った時期には由美と付き合っていた。早いタイミングで昔の記憶を思い出していたら、色々とややこしいことになったかもしれない。
「由美のことだな」
「そう、昔は友達だったのに付き合っててビックリした」
「だから、嘘をついたのか」
「うーん、意地悪したくなった」
さっきから手を繋いだり、離したり遊んでるように見える。
「まあ、でもさ、そのくらいの嘘許してよ。わたしにとっては父に決められた鈴木がいたからね」
子供の時のように純粋な付き合いというのは難しいのかもしれない。
話しながら歩いていると宝塚駅のホームが見えてくる。ここから乗り換え2回で神戸元町まで行く。所要時間は46分程度だ。
山本は西宮北口方面の線路の長椅子に腰掛けた。隣に琴音も座る。
子供の時のことも思い出してきた。白石は転校生で無口だった。人見知りが激しいと嫌われて、最悪イジメの対象にもなる。イジメが嫌いな俺は由美に相談した。由美も友達が増えることは喜んでいたので、次の日に声をかけたのだ。
ホームに電車がやってきたので、琴音のことを振り返る。相変わらず、俺の手で遊んでいた。
「何して遊んでるの」
「んー、……男の子の手ゴツゴツしてて触り心地いいから」
よくわからん理由だった。俺はその手を握って、手を引いた。
「ほら、行くぞ」
「あ、うん……、そだね」
目的地に近くなったら、色々と確認しといた方がいいと思う。
車内は特急仕様だった。
ちょうど二人分の座席が空いたので座った。今後の方針を決めるのにちょうどいい。
「ホテルに着いたらロビーで2人が泊まっている部屋を確認しようか」
「それは個人情報になるから無理じゃない」
「それもそうか」
「これは内緒の話なんだけど」
琴音が小さい声でヒソヒソ話をしはじめたので、耳を琴音の口に近づける。薄く塗られたピンクの唇が少し色っぽい。
「わっ!」
「うわー、びっくりした」
「あははは、ねえ、ドキドキした?」
「お前、ふざけるなよ」
邪な考えを思い浮かべていた俺は2倍驚いた。そんなに驚かなくてもいいのに、琴音が笑っている。まさかキスしたいと思っていたなんて言えるわけもない。こんなサプライズは心臓に悪い。
昔の琴音はこんなサプライズしなかったと思うが、最近はたまにこの手の悪戯をしてくる。
「琴音さん、真面目にしてください」
「はあい」
「で、本当に言いたいことは」
「2人の部屋はね、2504号室だよ」
「ホテルの予約を、パソコンでしてたの。パソコンのパスワードは、わたしの誕生日なので、よくわかるのね」
「鈴木は医学部ゼミの卒論発表会で夜遅くなるからと言ってたけど嘘よね」
卒論ゼミ自体は実際に存在したが、恐らく鈴木の言ってる発表会は嘘だろう。
そんなことより、目的の場所は押さえられたことは大きい。闇雲に探しても見つからない。流石に部屋の前で待つわけには行かないが。これでかなり絞れてくる。
「それとね、これ」
琴音がお揃いの伊達メガネを出してきた。意外とこれだけでもパッと見誤魔化せるらしい。ただ、よく見られるとすぐバレるので過信は禁物だ。
ロビー前のラウンジで時間を潰しつつ2504号室からのエレベーターを待つのがいいかもしれない。ざっとした打ち合わせが終わったため、昔のことを考えてみる。
通夜、葬儀から告別式、まで一緒だった。俺は白石が気になる存在になっていった。初めは由美の言うように同情だったと思う。一緒になって話してて気になる存在になっていったことと。メガネを外した顔がとても整っていて驚いたと同時に好きになったんだと思う。
「顔、整ってるよなぁ」
「えっ、あっ、なにそれ……」
まんざらでもない笑顔がある。昔であれば嫌悪感すら視線に感じたかもしれない。
俺が変わったように琴音も10年で大きく成長したんだろう。やはり、鈴木とも未経験なわけないよな。そんな聞けない独り言を心の中に置いた。
「そう言えば、また会った時、なんか話すって言ってなかったっけ?」
「あぁ、その話ね」
遠く窓の方を見る。大きな瞳を数回瞬きをして、振り向いた。
「今、わたし『いちおう鈴木の彼女』になってる」
「俺も今は『いちおう由美の彼氏』になってるぞ」
「だからね、とりあえず置いとこう」
なんか告白のような内容だったのかな。10年前の白石は大きな玉手箱を置いていった。ただ、それを開けるのは今じゃないようだ。
考えていると、やがて西宮北口のホームに入り停車した。
「ここで乗り換えて神戸三宮から歩こう」
俺は琴音の手を引いて電車を降りた。
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