第18話 最終日
最終日、とうとうこの日がやって来た。
なんとか由美の関心を逸らして山本に別れの挨拶をしたい。
昼過ぎには大阪に向けて出発すると父に聞いた。残された時間はあまりに少ない。
今から山本の家に行こうか。考えてみてやめた。今日に限って言えば由美がずっとそばにいる可能性が非常に高い。行ってもいいが会えないなら仕方がない。
「なんだかなぁ」
琴音は椅子から立ち上がりベッドに寝転んだ。目の前の緑の抱き枕を胸に抱いて力を入れる。現状詰んでいる感じがヒシヒシと感じられる。
結局、山本の行動にかけるしかないのか。流石に告白が中途半端で終わってしまっている。山本は今日は何がなんでも来ると思う。思うんだけどな。
「今日13時にはここを出発するぞ」
後ろから父親の声がした。わたしの落ち着きを無くしてるのが気になっているのか。時折わたしの部屋に入って来た。
10回も小出しに話しかけてくるので、相当気になってるんだと思う。
本人はさりげないつもりなのだが、全くそうは見えない。傷心の娘を心配してくれてるのはありがたいんだけれど。
逆じゃないか、とも思う。普通は男が寄ってくるから心配するのであって、別れの挨拶をしに来ないことを心配する親はいない。
もしかしたら、結構子供想いのところもあるのかもね。
昼になる少し前に山本が由美と一緒にやって来た。由美を説得したようだった。ついてくるなよと念押しをしていた。
何度も歩いた海岸、告白もここだった。
山本の横を歩く琴音。こういうことは今後はなくなるのか、と思うと寂しく感じた。
「告白の答え、まだ聞いてない」
ああ、そうだった。わたしも言えなかったのだ。
「だって聞く前に飛び出していっちゃうんだもの」
「そうだったな、悪かった」
「それで、教えてくれないか」
由美のことが頭に浮かんだ。このまま、山本を受け入れて引っ越して行ってもうまく行かない。
結果的にわたしと山本との仲もうまく行かず、由美との仲はその恨みでだめになってしまう。
それでも自分の本音をぶつけるべきなのか。昨日までは、そうしようと思って来た。
でも、そのことによってみんなが不幸になるのであれば、嘘もをつくことも許されるのじゃないかと思う。
だから、答えた。
「ごめん、わたしは付き合えない」
「え、嘘だろ。だってこの前……」
「冗談、上手かったでしょ」
「あれが冗談なんて、それは酷いだろ」
そう、わたしは酷い女。そういうふうに思えばいい。それなら誰も傷つかない。
「なんでだよ、俺お前のことが好きだったのに」
「ごめんなさい」
「眼鏡をかけてるのもそれが理由なのか」
そっか素顔見られてるもんね。
「山本くんは可愛い、わたしが好き?」
「いや、そうじゃないんだ。いつもの白石も好きなんだけれど」
『も』かー、そりゃそうだよね。
嫌な質問しちゃったかな。そりゃ可愛い方がいいよね。ここで本心を出すことは許されない。わたしは気づいてしまった。由美の必死さを。わたしはあそこまで必死にはなれない。
ここはわたしが、引くのが一番いいのだ。
「あっ、この前の猫ちゃん」
いつもここにいるのだろうか。
「こいつな。餌をもらいたくてよくここにいるんだ。飼い猫かは分からないけどね」
「はい、いつもの」
山本が猫缶を置いた。美味しそうに食べる姿を中腰で両頬を手で支える。そのまま座って見る。
「きみはいつも悩み少なくていいね」
頭を撫でてみた。猫撫で声だった。現金な奴め。それにしても……。
猫なら苦労しなかったのかな。山本のそばにいても、警戒されることはなかったのかな。
引っ越しすることもなかったのかな。
由美のことを考えて引こうとか思わなくても良かったのかな。
告白はわたしにしてくれた。でも、あの日後を追いかけたのはわたしじゃなくて由美だった。
山本がわたしのことを好きなのは間違いない。
でも、由美との関係をそれ以上に大事にしてるのだ。
由美の意向を無視して無理矢理行けば、わたしと会うことは可能だった。2週間もあったんだよ。流石に分かる。
山本は由美との友情とわたしへの愛情を天秤にかけたんだ。結果的に友情が勝った。
それを清算する為にここにやって来た。
だから、最後に質問してみる。
「もし、……、わたしと付き合う条件が由美さんと友達付き合いをやめるということだったら受けてくれますか」
最低な条件だった。でもそうじゃないと結局、告白してもしなくてもこの関係はうまく行かない。山本はわたしのことより由美のことを優先する。結果的には今回の告白は受け入れても、入れなくても一緒なんだ。
そこに気づいてしまった。
由美との関係をリセットしない限り、この遠距離恋愛は成立しない。
「それは、……ごめん、できない」
うん、分かってた。山本を好きになったのは友情も恋愛も分け隔てなく重視する優しさだった。
そうだ、最後に可能性を残そう。
「また、会えることがあったら。私から伝えることがあるから」
「伝えること?」
「だから、今回の答え、忘れてください」
「それは、どういう意味」
「それは、秘密だよ」
「分かった、なら聞かない」
「ありがとう、このメガネもういらないかな」
私はメガネを取った。山本の視線がわたしに釘付けになる。
「そんなことしたら、お前すぐ彼氏できるだろ」
心配そうな表情をした。
「大丈夫じゃないかな、そんな軽い女じゃないし」
「本当だな」
「……たぶん……」
「なんだ、その自信のない返事は」
「冗談、こんなへんなメガネ、4年もかけて来たんだ。そんな軽くないよ」
―――
あれから10年か。長かったな、今、目の前に山本がいる。わたしの選択は間違っていた。結局、浮気か。最低の結末だった。
過去に戻れたらきっとわたしは言うだろう。10年前のわたし、由美との友情はやがて終わるから。自分のことを優先して大丈夫だよ、と。
圭吾は覚えてるだろうか。10年前の約束。
ただし、それは今のわたしにとってはとても重い約束だった。簡単に好きとか愛しているとか今は言えない。
形式上はわたしはまだ鈴木の彼女なのだ。これが清算できない限り、それ以降のことは考えてはダメなのだ。でも、このくらいなら言っても良いのかな。
「10年前の約束、覚えてる?」
あとがき
やっと現代に戻ってきました。
ここからは現代のお話が中心です。
今後もよろしくお願いします。
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