第17話 告白

「着きました」


 神戸市立鵯越斎場、東に鈴蘭台、西に芝生広場がある。まわりを森に囲まれた斎場だ。

 出棺のため柩を専用の台車に乗せて、二階の焼き場に向かう。日本は火葬が葬送の様式として一般的だ。


 琴音と父親が母親の遺影を持ち、出棺のために、二階の火葬場に向かう。専用のバスで来ていた親戚と合流した。出棺の柩を火葬場に入れた。


「歓談のために、食事処を用意しています」

 葬儀会社のスタッフは、流れるように進めて行く。琴音は親戚と昔の話などをして過ごした。山本とは父親が言っていた話のせいで、少しギクシャクしていた。


 出棺後のお骨上げ、の時は気分が悪くなり山本に助けてもらうと言うハプニングはあったが式は滞りなく終了した。お骨上げは、故人の骨をすくって骨壷に入れて行くのだが、琴音の感覚だと残酷に思えてしまった。きちんとお母さんの最期を見ないといけない。分かってはいたのだけれど。骨を割るという行為が故人を偲ぶ行為にどうしても繋がらないのだ。


 霊園から自宅への帰り道、父親には山本と話すからと言ってふたりで海沿いを歩く。目の前の海岸は寄せては返す潮の流れが心地よく感じた。夕焼けがゆっくりと水平線に沈んで行くのが見えた。


 走馬灯のような二日間だった。あまりに慌ただしかったので、後半は悲しむ余裕もないほどだった。


 山本の方に向き直る。今日は言わないとならないことがある。そのためにこの時間を取ったのだ。


「ごめんね、山本くん」

「さっきお父さんの言ってた話だな」

「うん、わたし引っ越さないとならないの」

「また、引っ越して行くのか」

「ううん、今回は今までとは違って病院を開業するの。だからこれが恐らく最後の引っ越し」

「神戸で開業するのか?」

「ううん、開業するのは大阪」

「大阪か、行けない距離ではないけど、遠いな」

「仕方がない、わたしのために決めてくれたことだから。2週間後、わたしは引っ越すわ」

「心配する必要ないよ、今はLINEとかあるからな。引っ越しても色々話そうな。お前、人見知り激しいから、相談事もあるだろうし」

「うん、いっぱいお話しようね」

 これから二人の関係が変わるのであれば話すことは山ほどある。


「なら、俺からも言わないと」

 このままの関係が続くのであれば、別に今言わなくていい言葉だったらしい。

 これを言った山本は顔に真剣さが漂っていた。今言おうとしている話は、やはり告白なのか。


「こんな時期に申し訳ないけど、もう時間もないから」

「うん、今聞きたい」

「だな」

「うん!」

「じゃあ、いうぞ玉砕覚悟だ」

「それ言ったらわかっちゃった。大丈夫、圭吾は玉砕なんかしない、あっ」

「おいおい、告白前に答えるなよ」

「だねえ、じゃあ仕切り直し」

「じゃあ今度こそ言うぞ」

「はい!」

「俺と付き合ってくれませんか」

 山本は手を差し出してくる。こんなテレビ番組昔あったな。わたしは少しおかしくなって、手を取ろうと伸ばしかけた。


「圭吾、あなた何を言ってるの!」

 私たちは振り返る。海と逆側、林の方から声がした。ゆっくりと声の主が姿を表す。


「由美なんで、おまえ!」

「圭吾、酷い、わたしの方が幼馴染なのに」

 そのまま逃げて行く。追いかけてくるのを見越した。ゆっくりとした足取りだった。

「待てって」


 ちょっと話をしてくると言って山本は、逃げる由美を追って行ってしまう。話の途中だったが、これは告白を受けたと考えていいのだろうか。全てが中途半端になってしまった。考えうる最悪の事態だった。


 連絡先が交換できても由美がつきっきりの状態では連絡できると思わない。今回の初恋はここで終わりなのだろうか。後2週間しかないのだ。そして、そのタイムリミットは由美も聞いたに違いない。


 ニャーン、人懐っこい猫の声がした。海辺に腰を下ろして、メガネを取る。猫を膝に乗せた。


「お前はいいよね。なんの悩みもなさそうで」

 フニヤーン。言われた言葉がわかるのだろうか。少し不機嫌そうだった。


「不機嫌なの、猫ちゃん、あっ」

 猫は膝から降りてどこかに行ってしまう。 

 今わたしはなにも持ってはいない。何もくれないから不機嫌なのか。そんなことで怒れるなんて、やはり君は幸せもんだよ。バイバイ、猫ちゃん。


「あーあ、思い通りには行かないな」

 本当に思い通りに行かなかった。

 引っ越すまでの2週間、事あるごとに由美の妨害が入った。何としてでもふたり一緒にしたくないようだ。このままでは本当に何もないまま、引っ越してしまう。


 焦ったわたしは別れの日の前日、由美を呼び出した。


「なにか、用?」

 あからさまに敵意剥き出しの顔がそこにはあった。人はここまで人を憎しむことが出来るんだ。


「山本くんのことだけど」

「単刀直入に言うわ。会わないで引っ越してくれる」 

 取り付く島がないとはこのことだ。警戒しすぎている。それもそうか。あの告白を聞いたんだ。無理もないだろう。メガネだけでは、誤魔化せない。


「どうして会ったらいけないの? わたし山本くんの友達なのに」

「泥棒猫、あなたの魂胆は分かってるの。可愛くもないくせに。どうやって取り入ったのか知らないけれど」

 泥棒猫呼ばわりである。容姿のことはバレてはいないようだ。ここで気づかれたら、きっと終わる。わたしが由美の立場なら、一生会わせないようにする可能性すらあるだろう。今は同情で釣ったと思われている節がある。これであれば時間が解決してくれる。


「わたしたち友達じゃないの」

「あなたと友達になった覚えはないわ、山本が情けで会ってたから、わたしも一緒にいただけよ」

 情けか、由美にはそう見えるのだろうな。


「お別れの挨拶もしたらダメなの」

「それにかこつけて、連絡先交換する気でしょ」

 完全に読まれている。同じ男の子に恋するもの同士、相手のことはよくわかる。わかってないのはわたしの容姿くらいか。それが異性にとってはプラスになるが、同性だと最悪マイナス。今回の場合はバレたら即終了レベルだ。何とか突破口を探さないと。


「どんなに言っても無理よ、本当こんな女を好きになるなんて圭吾は見る目がない。そして圭吾の優しさにつけ込む、あなたはもっと最低」

「そんなつもりはないよ。そもそも同情じゃ」

「同情じゃなければ、なんなの。もしかして本当に好かれてると思ってる?」

「うん、思ってる。少なくともあなたより」

 もう破れかぶれだ。言い訳では無理なんだ。腹も立ってきた。


「鏡見たことある? 本当に相応しいと思ってるのなら頭おかしいわよ」

「うん、あなたよりは可愛いとも思ってる。それに山本くんには容姿は重要ではないと思う」

「はあっ! わたしより可愛い? ふざけるのも顔だけにして。もう絶対に会わせない」


 吐き捨てるように行ってしまった。やはり無理なのか。どうにかして由美を説得をしようとしたが逆効果だったようだ。

 むしろ盛大に火をつけてしまった感じすらする。仕方がないのだ。こんな無茶苦茶な敵意我慢できるわけがない。


 しかし、琴音には由美の気持ちもわかる。

 遠距離恋愛を成就するカップルはたくさんいる。ただ、それは恋愛しているふたりだけで成立する話だ。山本をここまで想っている由美を傷つけてまで遠距離恋愛を成立させることが正しいのだろうか。


 とりあえず明日話す機会があるだろう、その時まで自分の考えをまとめておこう。

 琴音は決意を固めた。


――


 過去編すみません、あと一話続きます。


 読んでくれてありがとうございます。

 今後ともよろしくお願いします。

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