第16話 別れの日 3日目
霊柩車に乗って斎場へ向かう。斎場についた時に男手が必要だと聞いて、山本も車に乗り込んだ。前の席に座った父親が時折、後部座席の琴音と山本に視線を投げかけていた。言おうか悩んでいるが言い出せない逡巡が見てとれた。車のサイドテーブルを指で叩き、やがて意を決して振り返った。
「ふたりは、どんな関係なんだ」
やはり、それが言いたかったのだ。あんなに落ち着きのない父親を見るのは珍しかった。本来、父親は極めて論理的で、迷いがない。逡巡など無縁だつた。そういう意味で、今回の悩みの深さが琴音にも理解できた。
「山本くんは友達、だよ」
父親に対する返事は簡素なものだった。琴音と山本の関係に関して言えば、告白もキスもしていない。友達の枠からはみ出ないものであった。
ふたりの関係を友達なのか恋人なのかを理解するには、山本の心の中を知るしか方法がない。恋愛はひとりではできない。今の関係をそのまま言うのならば友達なのだ。
答えを見つけようと山本の方を見る。
山本は先ほどから10分くらいの間、誰に話しかけることもなく、外を見ていた。
なにを考えているのだろうか。普段の山本は話すことが好きなタイプなので理解できていたつもりだったが。
無口になると全く理解ができなくなる。
「そうは見えなかったな」
父親は最初から答えを用意したいのだろう。逡巡していたのは、ふたりの関係を探っていたのではなく。恋人同士のふたりに対して父親から、どう話を切り出すか。そんな悩みだったようだ。
今まで全く娘に関わらなかったのに。母親が亡くなって、琴音に関わりを持ってきたと言うことか。今更じゃないのか、と思う。琴音には父親と遊んだ記憶があまりにも少ない。突然、父親風を吹かされても正直困るのだ。
それに、……と思う。
琴音と山本の関係は、正直今の琴音にもわからなかった。昨日から今日にかけての一連の流れだけ捉えると彼女に該当する。ただし、山本は琴音に付き合うことを匂わしたりはしていない。ふたりの関係をさらに難しくするのは、由美との関係だ。
幼馴染だからと言って少女漫画のように結婚するとは限らない。山本との関係が良好でない可能性もある。そこまで考えて別の不信感が頭にもたげてくる。
由美は山本が行くところには、ずっと着いてきた。寄り添うようにそばにいて、たった数言、言葉を交わす。それだけで充分なはずだった。少なくとも一昨日までは……。
「由美ちゃんは、昨日なぜ来なかったの」
「ああ」
山本が二言だけ言葉にした。答えに一番相応しくない二言だった。
「珍しいね、来ないなんて」
「喧嘩したからな」
驚いて右側の席に座った山本を見る。先ほどの答えが何故二言だけだったのか。外をじっと眺めているのか。なぜ口数が少ないのか。先ほどから山本は由美の拒絶を山本なりに理解しようとしていたのだった。
「山本くんが、怒らせたの?」
「違うよ」
「いや、たぶん、違うと思う」
山本は違うと言う言葉を、少し考えて言い直した。山本の方に非があるのかもしれない。由美は滅多に怒ることがない。少なくとも琴音が登校してから一年半近くの間、一度も喧嘩をしてるのを見たことがなかった。喧嘩をしたことがないのに、喧嘩をするのは何か大きな理由があるのだ。
「心配だから通夜から葬儀まで、白石といると言ったら怒ってきた、訳がわからないだろ」
山本は女の子の気持ちを読むのが苦手なようだった。普段話し上手なために、欠点は目立たない。引っ張っていくタイプなため、気付きにくいのだ。由美が山本を好きであるのならば、それは嫉妬だ、と琴音は思った。
「大丈夫なの?」
「昔からの付き合いだから、二、三日もしたら戻るだろ」
そうなのだろうか。由美は今回あえて来なかったのだろう。片想いの恋の駆け引きと考えれば押してダメなら引いてみろか。由美が余裕があるのは、わたしの容姿を低く見ているからだろう。山本がわたしに示しているのは同情。
今回の騒動が解決すれば、自分の方に振り向いてくれると思っている。わたしが見るかぎりはその想定はかなり甘く感じる。山本はわたしが可愛くなくても気にしないと感じる。そうでなければ、わたしにここまで優しくしないし、そのメリットはないのだ。それに、山本は一度わたしのメガネを取った顔も見ている。チェスで言えばチェックメイトだ。
「山本くんにとって由美さんはどんな人なの?」
核心部分をついてみた。この質問はかなり厳しい。山本が勘の鋭い男の子であれば、わたしの真意に気づく。
「妹みたいなもんかな」
山本はわたしの言った真意に気づくことなくすぐに答えた。恋情や恋心などは一切感じられない。やはり由美の一方的な片想いのようだ。繋いでもう少し深く聞いてみる。
「そうか。由美さんは妹みたいに可愛いもんね」
「そう言う意味の妹じゃねえよ」
「そう?」
「空気みたいなもんだよ」
「そんなもんなのかな」
この片想いはかなり大変そうだ。少なくとも現時点では山本から由美への恋心はない。
では逆に……。
山本はわたしのことをどう考えているのだろう。由美に恋心がないのであれば。確かめてみたい。強く強く感じる。首を左右に振る。いや、そんなこと聞けるわけがない。
「どうしたんだ、おかしいやつだな」
山本はわたしを見て笑った。本心は流石に言えない。母親が昨日亡くなったと言うのにわたしはなにを考えているのだろうか。
ただし、わたしにも焦りがあった。残った時間が僅かしかない。一月も経たないうちにわたしは、引っ越してしまうのだ。それまでにはっきりさせたい。
引っ越しするきっかけにもなった父親の後ろ姿を見た。父親も娘の関係をはっきりさせたいのだろう。三人が三人とも答えが見えない同志になっているのかもしれなかった。
考えを巡らせているわたしに突如最悪な告白が告げられた。
「あと僅かの間だけど、娘と仲良くしてやってくれよ」
「なんのことですか」
「知らなかったのか。てっきり彼氏なら知ってると思ってた」
「いえ、聞いてません」
父親の発言に山本は即答した。ふたりの関係を知るために投げた『彼氏』という台詞にも肯定とも取れる形で返す。
引っ越しを言うタイミングを逸したわたしは、それと同時に山本の本音を知ったかも知れない。隣に座る山本は眉間に皺を寄せてこっちをじっとみた。なんのことだと視線が雄弁に語っていた。
「ごめん、お父さん言わないで。後で言うから」
「今じゃダメか」
「うん、きちんと話さないといけないから」
「ごめんね」
父親はこっちに視線を向けてくる。ふたりの関係は父親の中では彼氏彼女で確定したようだった。
わたしの中では山本の気持ちを知ることができたかもしれないという期待と、これからなにを話そうかと言う不安が入り混じっていた。
あとがき
いつも読んでいただきありがとうございます。
こんな順位にまで来るとは思いもしませんでした。
この順位に見合うクオリティアップとして、
最新話から文体のクオリティアップを図っています。
今後はもしかしたら毎日更新できない可能性も。
それでもクオリティ優先で行きます。
もちろん毎日更新を頑張ります。
今後ともよろしくお願いします。
次回で過去編ラストです。
お待たせしました。
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