第22話フラワーロードで出会ったふたり

 フラワーロード、左右に花の植え込みが広がり、車道の看板にその記載があった。


「綺麗……」

 琴音が発した言葉は陳腐だけれど、見た景色を端的に表していた。南に真っ直ぐ花の植え込みが続いている。まるで、花のパレードだ。花を見ていた圭吾はふと違和感を感じる。少し向こう側に記憶にある後ろ姿があったのだ。


「あのふたりは……」

 隣を歩く琴音も前を歩くふたりに気になっているようだった。歩き方から間違いない。由美と鈴木だ。仲良く由美が鈴木の肩に寄りかかっていた。


 危なかったと圭吾は思った。少し早かったら、ふたりの前を歩いていたのは自分達だった。気づかれていたら、計画が全て瓦解する。いないことが前提だった気持ちを改めないとならない。細心の注意を払うべきだ。


 圭吾はメガネをかけた。隣の琴音も意味が分かったのか、圭吾と少し距離を取ってメガネをかける。


 フラワーロードを歩く前のふたり。周りなど見えていないのか、仲の良いカップルの振る舞いだった。由美がしきりに鈴木に話しかけていた。


「こう言う時はAndroidは便利だな」

 消音モードにして写真を一枚撮った。動かしがたい証拠の一枚だ。目の前から笑い声が聞こえる。由美は俺の何が不満だったのだろうか。圭吾は思う。小さい頃からどこに行くのもずっと一緒だった。琴音が引っ越してきた時も、友人として仲良くして欲しいと思ったから、仲良しになった。子供の時の由美は圭吾とは仲良くするが、他の人とはあまり口を聞かなかったからだ。

 

「あっ、カフェに入るよ」

 フラワーロード横の小さなカフェに入った。見つかる危険性はあるが、まさか来ているとは思ってはいないだろう。少し間を置いてカフェに入った。


「いらっしゃいませ」

 女性店員が近づいてくる。店には客が数人いた。鈴木と由美は左窓際の手前の席だった。圭吾と琴音はすぐ後ろの席につく。音声を録音しようとスマホを録音モードにした。


「今日は11月にしてはいい天気でよかったわね」

「本当だよ、おかげでゆっくり歩くこともできる」

 他愛のない仲の良い恋人同士の会話に聞こえた。浮気をしているなんて誰も思わないだろう。由美は変わってしまった。どちらから声をかけたのかは知らないが、誰がどう考えても浮気だ。メールのデータから予想はしていたが、こんなことになるなんて少し前なら思えなかった。


「涼介は私のこと愛してる?」

「もちろんだよ、……愛してる」

 歯が浮くような台詞に怒りを覚える。浮気をしていると言う意識はないのではなかろうか。


「由美、なかなか会ってくれないじゃないか」

「涼介の方こそ」

 次に出た言葉に違和感を覚えた。目の前で注文を食い入るように見つめる琴音には気づかないと思うが……。ふたりはお互いにパートナーがいることを知らないのではなかろうか。


「ちょっと、ちょっと」

「ん?」

 どうしても小声で話さないと聞こえるので、目の前まで近寄る。


「ちゃんとして」

「わかってる」

 笑顔で誤魔化した。

 全く分かってないようにしか見えない。むしろ、何を頼もうか必死だった。


 ウエイトレスが注文を取りに来た。


「コーヒーで」

「じゃあ、わたしは、これ!」

 さっきから、二人の会話に関心も置かず選んでいたものだろう。何がくるのか気にはなるが、俺の中ではひとつの結論を出した。琴音戦力外。まあ、そんなことはどうでもいいんだけれど、それより……。意識は、後ろのふたりに行く。録音しているとはいっても、うまく音声が拾えるか正直半信半疑だ。この場合、直接聞いた内容の方が重要だ。


「いつも何か用事あるの?」

「そ、そんなことないよ」

「でもさ、俺が連絡してもその日は無理と必ず言うよね」

「わたしも結構付き合いあるのよ」

「付き合いって男?」

「そんなわけないじゃない」

 知らないのでは、という予想が確信に変わる。このふたりは相手がいることを知らないのだ。もし知っているのであれば、このような疑問が湧いてくるとは思えない。


「そんなことよりね、ほらあなたの注文した紅茶ちょっと飲んでもいい?」

「いいよ」

 話をはぐらかそうとしてるのが明らかだが、鈴木はあまり気にした風でもなかった。由美は遊ばれているだけなのか。目の前の琴音を見るとその予想は確信に変わっていくのだった。

 その琴音が、いま猫のように威嚇してるのを感じた。琴音が猫に見えることがあるが、今日のはそのまま猫だ。


「ふぅぅぅぅーっ」

「やめろよ」

「だって」

 ちょっと怒った泣きそうな瞳。鈴木にまだ特別な想いがあるのだろうか。

 琴音の顔がくっつきそうなところにある。この距離なら聞かれることはないだろうが。琴音の息がかかった、いい匂いを運んでくる。琴音が未だに鈴木に好きという気持ちを抱えてるのであれば、残酷な話だと思う。


「わたしだって、コーヒー飲みたかったな」 

「えっ!」

 俺が一気に流し込んだ空のコーヒーに目を向けていた。予想外の答えに圭吾は驚く。


「もしかして、俺のコーヒー」

「うん」

 鈴木を見てもいなかった。今の涙の威嚇は俺に対してだったのか。琴音は鈴木のことはどうでもいいのだろうか。


「鈴木は気にならない?」

 俺は由美に気になっている。少なくとも四年も付き合ったんだ。目の前に琴音がいなければ、もっと苦しんでいただろう。居てくれたおかげで、一歩を踏み出せる。琴音の存在は、今や俺の全てと言ってもいい。


「気にならない」

 全く疑問を挟む余地もなく琴音は言った。終わったと言っても少なくとも未だわだかまりがある圭吾と琴音には気持ちに大きな差がある。


「あいつのこと好きじゃなかった?」

 琴音は大きく頷く。

 目の前には大きめのパフェがあった。

 幸せそうに食べている。その憂いのない表情からは、とても鈴木と付き合っていた彼女には見えない。


「あげませんよー」

 小さい声なので聞こえないが口ぶりから、そう言っていた。舌を出してくる。

 さっきのこと、まだ根に持ってるのか。

 好きじゃなかったと言う答えに圭吾は喜びを感じてしまっていた。圭吾が好きに繋がるわけじゃないが。男というのは勝手なものだ。


 政略結婚だったようだしな。ただ例えそうであっても一緒に居たらお互い意識したりしないものだろうか。女性は関係を持つと意識すると言われている。琴音は恐らく初めてだ。特別な感情があるだろう。疑問の答えとして前から思ってたことが頭に出てくる。琴音は鈴木と関係をもってないのかも知れない。

 

 まさかと思うが、一度その話はしないと言われてるし、流石に二度は聞けない。ひとりの女の子に聞くものでもないだろし。


 それにしても、鈴木は典型的なイケメンだった。切れ長の瞳に整った唇、少し長い髪の毛。ジャニーズからデビューしてても、やさ男で通用するのではなかろうか。圭吾がもし女であったら、本気で惚れていたと思う。だが、琴音は鈴木のことを嫌う。誰から見てもお似合いのカップルは、実際にはかなりすれ違っていたのだ。


「これは……」

 鈴木から目を逸らして、琴音に目をやったすぐ目の前にチラシがあった。


 神戸市主催のクリスマスカップリングコンテストのチラシだ。主催会社の中に琴音の父親の医院の名前があった。琴音の父親は、白石病院から白石クリニックを立ち上げた。自身が発見した再生医療を応用した美容医療が今や女性を中心に爆発的な話題になっていた。なんでも塗るだけで、肌のくすみが取れるそうだ。


 大阪と神戸2拠点に広げて今後は東京にも乗り出そうとしていた。コンテストの協賛に入っているのも恐らく、美容医療と親和性が強いとの判断からだろう。


 神戸ローカルではあるが生放送されるそうだ。


「あれ、それお父さんの会社だねえ」

 こんなのに興味あるのという表情で圭吾を見てくる。このコンテスト、もしかしたら使えるかも知れない。圭吾は思った。琴音は嫌がるかも知れないが、ここでベストカップルに選ばれて、浮気を発表することは、鈴木に取って最大の痛手になる。

 恐らく立ち直ることは不可能だ。


 琴音に伝えてみよう。父親の仕事が絡んでるため、嫌がるかも知れない。吹っ切れたと言っても元恋人を陥れることになる。それも嫌かも知れない。もともとコンテストにも消極的だった。琴音がコンテストに出場していたら、優勝間違いなかった。モデルの仕事もあったかも知れない。目立つのが得意じゃないのだ。否定する理由しかないが、乗ってくる可能性もある。時間があいた時でも伝えてみようと思う。

 圭吾がそう考えていると琴音の声がした。


「行くみたいだよ」

「本当だ」


 少しだけ間をとって俺たちは会計を済まし、店員にチラシをもらい店を出た。


「変な圭吾くん、それどうするの?」

 最後まで不思議そうな琴音の視線があった。


――


読んでくれてありがとう。

ここからは、盛り上げていくよ。


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