第23話 追跡

 フラワーロードを超えて右に曲がると、ホテルオークラ神戸が見えてきた。隣にあるのは神戸ポートタワー。対になるようにそびえ立っている。

 夜景で見ると他に並ぶ建物がないだけに、際立つだろうな、と圭吾は思った。


 目の前を海に囲まれた高層ビルとモニュメント。神戸を代表する建造物だ。この風景がパンフレットの表紙を飾ることもある。印象深い景色から圭吾は目を落とした。


 30メートルくらい先を歩くふたり。鈴木と由美だ。この距離なら声も聞こえない。


「ふたり、仲良さそうだねえ」

「仲が良いと言っても、浮気だろ」

「そうだけどね。わたしたちも端から見たから浮気になるかもね」

「ならねえよ」

「そっかー」

 そっかーの声が沈んで聞こえる。隣を歩く琴音は何を考えているのか捉えられないことがある。声音が浮気に見られたがってるように感じられた。


「浮気がしたいのか?」

「えぇー、それはないよー」

 明らかに不満を口にする。話の流れがよくわからない。いつものことなので、琴音の話は忘れよう。今は目の前のふたりに注目しなければならない。


 鈴木と由美は、先程と同じようにふたり腕を組んで仲が良さそうに歩いていた。歩く距離が遅いので、ひとりで追跡をしていれば、周りからは目立つ。琴音とふたりでいることによってゆっくりでも怪しまれないで済む。


 恐らくホテルオークラ神戸に着いたら二人はチェックインを済ませるために、フロントに行くはずだ。部屋番号はあらかじめ琴音が調べてくれていた。エレベーターが見えるロビーで何か頼んで待つのがいいだろう。


「わたしたちも腕組もうか?」

 声の方を向くと琴音の上目遣いの視線があった。期待に満ちた瞳をしている。メガネ越しでも近距離だと、整った顔立ちは隠せない。可愛さとあどけなさを併せ持った表情に圭吾は思わず視線をそらした。思わず宙をみた格好になる。


「いいんじゃねえかな」

 鈴木と由美は自分達のことでいっぱいで、冷静に追跡者の存在を確認する余裕はない。

 後を付けられているなど、考えてもいないだろう。気づかれれば腕を組んでいようと、組んでなかろうと計画は潰れる。

 この距離なら大丈夫だろうと圭吾は琴音の腕に自分の腕を回した。


 目の前の琴音は視線を絡めてにっこりと笑う。年齢の割には幼く見える表情が人を惹きつけた。好みはあるだろうが、女性は完全に成熟しきってる姿よりも、少し幼さが見える方がより強く引きつけるのだ。恐らく保護欲が満たされるからだろう。生物学的な話はどうでもいいが、そのような話を大学の一般教養で習ったことがあったな、と圭吾は感じた。


「圭吾くんから、組んでくるなんて珍しい」

「そうかな?」

「そう、……だよ」

 頭をかいて思い出す。小さい時に腕を組んだ時、ここ最近の琴音との出来事。振り返ると確かに琴音からのアプローチはあっても自分からしたことがなかった。


「手くらいは握っただろ」

「あれはわたしが手で遊んでたからでしょ」

 恋人同士でも、手を繋いだり、腕を組んだり、キスをするなど事あるごとに相手の気持ちを優先しながらも決断しないといけないことがある。


 友人から恋人へのステップは、迷いの連続だ。迷いの中で間違ったり、正解したりを繰り返し、恋を繋いでいくのだ。そう言えば今まで琴音との関係で迷ったことはなかった。


「そもそも恋人じゃねえじゃん」

「あははは、そうだけどねえ」

 ふたりの関係は端からみれば恋人同士。でも当人達から見れば、浮気への復讐のための一時的なパートナーに過ぎない。過ぎないはずなんだけれども……。


「ねえねえ、あそこ水族館?」

「いや、違う」

 ホテルオークラの隣にある海洋博物館だ。

 名前からすると水族館のイメージだけれども、実際は海、船、港をテーマにする川崎重工が出資している博物館だ。


「あそこは展示物を展示してる博物館だよ」

「なーんだ」

 典型的な女子の琴音にとって、船へのロマンよりも可愛い魚たちが泳ぐ水族館がいいのかも知れない。


「あっ、遊園地」

「観覧車はあるけど、遊園地ではないよ」

「そうなんだー、観覧車一緒に乗ろうよ」

「あそこに行く機会があればな」

「絶対行きたい!」

 正直俺たちの行動は、鈴木と由美次第だ。ただ、ハーバーランドに泊りがけできて、観覧車に乗らないカップルは少なそうだ。


「まあ、乗るんじゃねえの」

「やったー!」

 喜びを全身で表現する琴音。

 前から気になっている事なので、良い機会なのでもう少し踏み込んで聞いてみた。


「デートで来ないの?」

「うーん、デート滅多にしたことないから」

 学内でも有名なカップルは、カップルらしいことすらしてないようだった。付き合っていると言えるのだろうか。気になったので聞いてみる。


「鈴木はデートしたいとか言ってこないの?」

「うざいくらい、言ってくるよ」

「なんでデートしないの?」

 なんで、付き合ってるんだろう。


「だって政略結婚だもん。許嫁みたいなもんでしょ」

「許婚……?」

「親が決めたことで、わたしは関係ない。いつかは結婚するとは思ってたけどね」

 違和感が確信に変わろうとしていた。鈴木は関係を望むが、琴音が拒み続けてるのか。それにしても、いやに紳士的だな、と圭吾は思ってしまう。親が決めたことであっても、無理やり入り込む余地もありそうなのに。


「それで良かったの?」

「仕方がないじゃない。わたしは医学部に入れなかった。父親の期待を裏切ったんだよ」

 悲しそうに俯く。唇をぎゅっと噛み締めた。二つの小さな拳が震えている。


 琴音の父親には、小学生の時に少しだけ見たことがある。子煩悩ないいお父さんに見えたのだが……。


「わたしはお父さんの期待に沿えなかった」

 小さな独白だった。母親を亡くし、父親だけが肉親だった。母方のおばあちゃんやおばさんも広島だ。恐らく全てを絶った琴音の父親は、単身で育ててきたのだろう。琴音には相談できる肉親はいなかった。

 腕で涙を拭った。


「ごめん、しんみりさせちゃって」

「大丈夫か」

「うん、大丈夫だから」

 そこにはいつもの琴音がいた。気づけばホテルオークラ神戸の入口は目の前だ。

 ここから全てが始まる。今日一日で決着をつける。琴音のためにも俺のためにも。


「そうだ」

 入る前に気になることがあったので聞いてみた。


「もう一点だけ質問いい?」

「いいよー」

「なぜ、鈴木のパソコンとか見たりできるの。色々情報もくれてたし」

「あー、なるほど」

 琴音は上を見上げて、そのまま見下ろす。


「さて、なんででしょう」

「質問に質問で答えるの禁止!」

「えぇー、いいじゃん、まあどうでもいい事だけどね」

「わたし、デートとかしないけど、鈴木はうざいくらい家には来るのよ」

「お父さん公認だから拒めなくてね。来客用の部屋勝手に使ってるよ。泊まることもあるのよ、最低でしょ」

 そこには家庭の事情があったらしい。おかげで今回は良いように働いたが。


「行こう」

「うん」

 俺たちは、ホテルの自動ドアをくぐった。


――――

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